Side girl
Side Girl
「……どう、しましょう・・・」
「どったの? 英子ちゃん」
ほうきを片手にはあっとため息を吐いた瞬間、所在なさげに雑誌コーナーを見ていた瑞江さんが話しかけてくださいました。 瑞江さん・・・瑞江さん、きれいですよね。
「……瑞江さんは、とてもモテるのでしょうね」
「えー? モテない、モテない。つい最近、振られたばっかりだよー」
あはは、と笑う瑞江さん。 わたしは、びっくりしてほうきを床に落としてしまいました。
「だ、誰ですか!? 瑞江さんを振るなんて、とんでもない狼藉を働いた輩は!?」
「優しくて気の遣えるフツメンよ」
ふ、フツメンさんめ! 瑞江さんに告白されたら、わたし即OKしますよ!? 女性同士でも、なんとかがんばりますから!!
「で、英子ちゃんはどうしたの? ここ2〜3日、ため息多くない?」
「う、ぅ・・・。ちょっと、悩み中なのです・・・」
「なになに? 勉強が難しいとか? わたし、その相談には乗れないかもだけど・・・」
「違うのです。勉強は、……朝倉さんのおかげ、で・・・できました」
「ほーぉ。朝倉ねー」
どちらか、というとですね。 勉強よりも・・・勉強を教えてくださった方に、心を揺らされていると言いますか……。 瑞江さんがにやにやと笑っていることには気づかずに、わたしはまたもやため息をつきました。
「……男の人は、どんな服が好きなのでしょう?」
「えぇ? 突然すぎる質問だねー?」
「いつもは制服かバイトの服なので・・・、どうしましょう・・・」
「……それは、デートのときの服装ってこと?」
「デートなんて、大それたものじゃないんです! お礼なんですっ!!」
「……へーぇ」
慌てる私を横目に、瑞江さんは、一層にやにや笑いを濃くすると、おもむろに雑誌のラックに手を伸ばしました。 そして、かわいいモデルさんが載っている雑誌を手に取ると、パラパラとめくり始めます。
「英子ちゃんは、こんなのとか似合うんじゃない?」
「え?」
瑞江さんが手を止めたページのモデルさんを、じいっと見ます。 白地に、ドット柄の水玉ワンピースに、デニムのショートパンツ。カラフルなスニーカーとリュックに、ハットの組み合わせでした。 シンプルだけど・・・かわいい、ですね。
「ほら。このリュック、英子ちゃんが学校に持っていってるリュックに似てない?」
「あ、ほんとですね!」
言われてみると・・・。リュックと、それからスニーカーは、わたしが学校で使っているものに似ている気がします。 それから、ショートパンツも似たようなものを持ってます!
「ハットはうちに近いのがあるなー。つーか、近くのセレクトショップでこんなワンピース見た気がするな」
「瑞江さん・・・?」
「……ね、英子ちゃん。2500円払う気ない?」
「えっと、何かあるんですか・・・?」
「英子ちゃんに似合いそうなワンピース、この間ショップで見つけたのよ」
にっこりと笑う瑞江さん。 2500円って、安いですし・・・瑞江さんのセンスなら、きっと間違いはないですよね!
「ほ、ほしいです!」
「ほんと!? やったね。じゃあ、バイト上がったら一緒に行こうよ。朝倉とのデート、いつ?」
「えーっと、明後日です」
「そっかそっか。じゃあ、今日わたしの家にもおいでー。ハット貸してあげる」
「本当ですか!?」
「コーディネートしようねー。朝倉にかわいいと思われたいもんね」
「お、お願いしますっ!」
「ふ、あははっ。やー、かわいいなー」
瑞江さんは、にこにこと笑うと、わたしの頭をぐりぐりと撫でてくださいました。 瑞江さんは、とってもいい人です!
…………、って!
「ち、違います! デートじゃなくて、お礼なんですっ! かわいい、と思われたい・・・とかじゃないんですっ!」
「ツッコミが遅いよー。かわいいなぁ、もうっ」
にやにや笑う瑞江さん。なんだか、全部見透かされてるみたいで・・・は、恥ずかしいですっ!
「違うんです!」
「遊園地だっけ? いいデートスポットだねー」
「デート、なんて、朝倉さんに失礼ですーっ!」
「失礼じゃない、失礼じゃない」
ふぁあっ! 誰か、瑞江さんのにやにやを止めてくださいーっ!!!
**********
「待ったかい?」 「ううん、全然♪」
……なんて、とっても憧れのシチュエーションですよね。 でもこれは、わたしが先に着いていることが大前提です。それは、もはや叶わないのです……。
――デート、当日。 わたくし、秋川英子は……寝坊をしました。 昨日、そわそわが大爆発して眠れなかったことなんて言い訳になりませんよね・・・。 いろいろと考えてしまって、気がついたら空が明るくなり始めていて。 人生初の完徹ですか!? と思っていたことまでは覚えているのですが、いつの間にか熟睡。 起きたとき、時計は9時を指していました。
「うわぁん。瑞江さん、ごめんなさいぃーっ」
瑞江さんにお借りしたハットを手で押さえながら、路上を全力疾走します。 おととい、瑞江さんのアドバイスどおりに購入した水玉のワンピースがひらひらと揺れているのがわかります。スニーカー、リュックも、前日に枕元に置いておいたため、予定通りのものが着られているのです、が。 ひとつ、寝坊のせいで瑞江さんに渡されたものを、活かすことができなかったのです。
化粧をしたほうがいいですよね!? 大人の男の人とでかけるんだから! そう言ったわたしに、瑞江さんは首を横に振りました。「ナチュラルなのが、英子ちゃんの魅力」って、言ってくださったんです。 それでもと、ひとつだけ、ラメが弱めのリップグロスをプレゼントしてくださったんです。 でも、わたしの寝坊のせいで、リップグロスをつける時間がなくて……。 慌ててリュックの外ポケットに入れはしましたが、無駄になってしまいました・・・。
「っ、はぁ・・・あ、さくらさんっ!!!」
駅まで全力疾走。時計は、9時35分を指していました。 朝倉さんは、時計台近くのオブジェ?に寄りかかっていましたが、わたしが声をかけた瞬間ふっと顔を上げます。
「おはよ・・・、って! 英子ちゃん、大丈夫!?」
「ふあっ! ご、ごめんなさいっ!! 遅刻しちゃいましたーっ!!!」
「5分くらい、大丈夫だよ。……走ったの? 大丈夫?」
「大丈夫、ですっ! けほっ。ほんと、すみません! もう、行けます、からっ!」
「無理しないで!? ちょ、ちょっと待ってて?」
お待たせしてしまった挙句、ねぼすけなわたしを気遣っていただくなんて! 申し訳なくて、「大丈夫ですから行きましょう!」という思いを込めて朝倉さんの服の裾を引っ張りましたが、朝倉さんは手を横に振りました。それから、わたしに待つように言って、どこかに走って行ってしまいます。
……ど、どうしましょう!! 呆れられてしまったのでしょうか!? それで、帰ってしまうのですか!? わたしは、なんということをしたのでしょう!
「……さ、最悪です・・・」
「お待たせ! ……何が最悪なの?」
「あ、さくらさんっ!」
ずぅーんと沈みかけた瞬間、戻ってきた朝倉さんに声をかけられました。 ハッと顔を上げると、朝倉さんが心配そうにわたしを見ています。 手には緑茶のペットボトルが握られていました。
「はい。ゆっくり飲んで、落ち着いたら出発しようね」
「あ、すみませんっ! お金・・・」
「いらない、いらない。……最初に言っておくけど、英子ちゃんのタダ券で遊ぶんだから、今日のお金は俺が全部持つからね」
「えぇっ!? だ、だめですよ! わたしもお支払いしま、」
「だーめ。それ納得してくれなきゃ、今日俺は一歩も動かないから」
にっこりと笑った朝倉さんは、蓋を開けたペットボトルをわたしに差し出します。 慌てて受け取ってから、朝倉さんを見ると、「どうするの? 絶叫、制覇できないよー」なんて笑っていました。 う、あー。朝倉さん、ずるいですっ!
「……ずるい、ですよっ」
「うん。俺ずるいんだよねー」
にこにこと笑いながら、朝倉さんが言います。 ……うー。
「……じゃ、じゃあ・・・次もしこういう機会があったら、全部わたしが払いますっ」
「…………、」
「・・・えと、どうしたんですか?」
交換条件です! とばかりにどや顔で言い切ったのですが、朝倉さんは何故か固まっていました。 わたし、何か失礼なことを言ってしまったんでしょうか?
「あ、あの・・・」
「……嬉しいな」
「え?」
「また、ふたりで遊んでくれるんだ?」
「え、あ!」
そ、そういえば! お約束もしていないのに、わたしってば何て大胆なことを!
「あ、あぅ・・・あの・・・っ!」
「じゃあ、次は英子ちゃん・・・に、払わせるかどうかは別として」
「な、なんですかー、それ!」
「今度は水族館に行こう?」
「・・・は、いっ!」
「ん。じゃあ、そろそろ出発しようか」
言いながら、にっこり。 ……うわぁ。本当に、もう。だめ、なんですっ! 朝倉さんの笑顔は、心がざわざわーってなるんですよっ!!!
失敗も、ありつつですが・・・。 こうして、わたしと朝倉さんのデート?は、はじまりました。
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