Side boy
「もう、太陽さん急になんですかぁー?『一生のお願いだから、シフト変わってくれ』なんて」
「悪かったって! 今度、なんかおごるからさ!」
「……そーいえば、わたし今日、英子ちゃんとシフト代わったな〜♪」
18時半、急遽代わってもらった後輩が、じとっとした目で俺を見る。 ……ま、半ば無理やり代わってもらったし、な。こいつに睨まれるのはまあ仕方ない。 それより、腹立たしいのはにやにや笑いの水田だ。
「え? 先輩、え?」
「…………、」
案の定、それに反応した後輩が、俺をチラチラと見てくる。 それに腹がたった俺はえいや、と後輩の頭にチョップをくらわせた。
「あいたっ!」
「頼んだぞー」
「ちょっと、太陽さん、ひどいっすよぉー!!」
ぶーっと膨れる後輩に、へらっと笑いかける。
「じゃあ、よろしくな。水田と仲良くしろよー」
「言われなくても、いちゃいちゃしますよー」
「ふざけんな。……っていうか、敬語使えやコラ」
「やだね。オレー、瑞江ちゃんのこと先輩だと思ってないもん」
「こ、の・・・!」
去り際に、水田と後輩のやり取りを横目で見る。……うん、まぁ・・・仲良くやってほしいな。
すぐに着替えて、急いで約束場所のファミレスに向かった。 英子ちゃんのこと、すでに30分は待たせてるし、な。水田や後輩と遊んでる場合じゃなかった。
「いらっしゃいませー」
「あ、先にツレが入っているんで」
ファミレスの自動ドアを抜け、笑顔で迎えてくれた店員さんに片手をあげてから、ファミレスに足を踏み入れた。 えー、と・・・英子ちゃんは、どこかなーっと。
「……あれ?」
窓際の一番端の席。ベストポジションのその席に、英子ちゃんはいた。 けど……机に突っ伏すようにして……寝て、る?
ゆっくり、ゆっくり近づく。 あ、やっぱり英子ちゃん、寝ちゃってるや。
すー、すーと寝息を立てる英子ちゃんの寝顔を、つい見てしまう。……かわ、いい・・・なぁ。 昨日、相当がんばったんだろうな。今日も、あくびした自分を極端に責めていたし。
「……うー、ん・・・」
起こそうか起こすまいか、迷う。 勉強やばそうだし、起こしたほうがいいんだろうけど……。でも、こんなに気持ちよさそうに寝ていると、起こすのがはばかれる。
「え、いこ・・・ちゃん?」
「ん、ぅ・・・」
一度だけ小さい声で呼びかけてみる。すると、英子ちゃんはむにゃむにゃと寝言のようなものを口にした。 ……くそ。ほぼ徹夜明けとはいえ、ファミレスで寝るなよ。誰が見てるかわかんないんだから。
「えいこ、ちゃん?」
「・・・あさ、くらさん……」
俺の声に反応してか、英子ちゃんが寝起き特有の甘ったるい声を出す。 ……ちょっと・・・待て。
「…………、」
つい、英子ちゃんに手を伸ばす。髪をすくようにしてなでると、英子ちゃんは「んっ」なんて声をあげて、俺の手に擦り寄ってきた。 やばい、サラサラだ。
「……、あー。マジで、やばい」
やばい、とか、思ってる自分が、一番やばい。起こせばいいだろ。つか、起こせよ、俺。 そんなに大きくないはずの英子ちゃんの寝息が、なぜか耳を侵食する。普段、一生懸命コンビニでの仕事をこなそうとしている英子ちゃんとは、また違った無防備さ。年甲斐にも泣くどきどきして……初恋の中学生か、俺は。
するっと、指を下におろす。 なんとなく、「寝息やめて」って気分で、唇に触れてみた。 ……うん、触れちゃダメだな。なにやってるんだろうね、俺。
「……はぁ、」
起こそう、やっぱり。 このままだと、俺はどんどん変な気分になるし、こんな気分でいるのは英子ちゃんにも申し訳ない。 それに、起こさないと……その、英子ちゃんのノートに書かれている英語のレベルだと、英子ちゃんは大変な点数を取りそうだ。
「……一個、ご褒美もらおっかな」
さっきから、俺独り言多すぎだろ……なんて思いながら、眼下の英子ちゃんに笑いかける。 先ほどのように、髪に触れて、そのまま唇を近づけた。
「……ごめんね?」
音を立てないように、そっと髪にキスを落とす。 秘密、ね。お隣の席でこっちをガン見しているお兄さん。 役得だから。狼にならずに、ちゃんと勉強教えるから。
なんとなく自分に言い訳をしてから、俺はパチンと手を叩いた。その瞬間、英子ちゃんのからだがびくっと震える。
「はい、英子ちゃん。起きて」
「ぅ・・・あ、しゃくらしゃん?」
「はい、あしゃくらしゃんですよ。明日のテスト、やばいんでしょ?」
「……………や、やばいですっ!」
寝ぼけ眼の英子ちゃんに笑いかけると、しばらくの沈黙の後、英子ちゃんはハッと目を覚ました。 「やばいですー!」なんて、間違いだらけのノートを見て、泣きそうな顔をしている。
「はい。まずは範囲教えてね」
「さ、早速ですか!? 朝倉さん、お仕事終わったばかりでお疲れじゃ……。ドリンクバーなど頼みませんか!? わたし、奢っちゃいますよ!」
「大丈夫だから。英子ちゃんが問題解いてるときに飲むからね。範囲は?」
「えっと…ここから、ここです!」
「…………マジで?」
「ま、マジです……」
予想以上に、ちょっと…な事態だ。 でも、先にご褒美もらったからには、やらなきゃいけないよな。
「じゃあ、まずここ解いてごらん」
「え、えっと…………」
「えーっと、これはね、関係代名詞の『that』があるだろ? だから、こっちを前に持ってくると、訳しやすいんだ」
「あ! そっか! えっと、関係代名詞は……」
「『that』の用法から勉強しようか。えーと……」
英子ちゃんは素直だから、しっかり教えればちゃんと吸収してくれる。 「英語は呪文」なんていうおかしな意識さえ取り除けば、点数もとれると思うんだよね。
「……あの、朝倉さん!」
「んー?」
ノートを見ていた英子ちゃんが、急にバッと視線を上げる。 その勢いに驚いていると、英子ちゃんはなんだか必死の眼差しで俺を見上げた。
「テストが終わったらお礼させてくださいっ!」
「あー、大丈夫だよ?」
「じゃあ、せめてお夕飯代だけでもおごらせてください・・・」
「年下の女の子に払わせないよ。本当に、気にしないで?」
笑いかけると、英子ちゃんはまだ納得していないような顔をしながら、ちょっとだけ頷いた。 本当に、気にしなくていいのに。俺にとっては、この状況がすでにご褒美なんだし。 それに、ちょっとだけ……本当にかわいいものだとは思うけど、いたずらもしちゃったし、さ。
眠る君に秘密の愛を
お礼なら、とっくにもらってるよ。
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