塩って、青春の味でしょ?
うちのクラスは、基本的に女度が高い子が多い。 つか、可愛い子が多い。 あずみとか奈緒とか唯たんとかあずみとか奈緒とか唯たんとか……。
それで、ね。 女子が毎日交代で、家庭科室を使って、学園祭準備期間中は料理を振舞おうってことになった。 喫茶店って銘打ってるし、料理の練習も兼ねて、ってね。
そんでもって、今日はわたしとあずみと奈緒が当番の日。
はいはい、そーですよ。 あずみは料理がうまいですよ。 毎日雪平くんのお弁当作ってるからね。 奈緒も、ふつーに上手ですよ。 最近、篠崎の弁当なんかも作ってるみたいだし。
まがりなりにも『おかん』扱いなのになぁ・・・。
**********
「えーっとですね、今日はバナナマフィンを焼いてみました!」
にっこり笑うあずみと、顔を輝かせるクラスメイト。 うあー、もう・・・!かーわーいーいーっ!! 首傾げんな!襲っちゃうぞ☆
「えーと、一応当日出す予定のシェイク。……たぶん、おいしいと思う」
それから、喫茶店のメニューの一つを練習してみたらしい、奈緒。 うん。彩りもいいし、おいしそうですねー。 あまり見ることのない奈緒の手作り料理に、クラスの男共はそわそわしはじめた。
「んじゃあ、食うかー」
「おい、ちょっと待とうか?」
2人の作品を見て、目を輝かせた委員長の頭を、トレイで叩く。 ……なーにをスルーしてくれとんじゃ、コラ。 睨みつけると、委員長は息を飲みながら、おずおずと口を開いた。
「……おかんは、いったい何を・・・?」
「……ホットケーキ」
「「「…………ほっ」」」
明らかに漂う、「ホットケーキならミックス粉に卵と牛乳入れて焼くだけだし、失敗なんかないよな」とでも言いたげなクラスメイトに、ムッとする。
なんでわたし、こういうキャラになったかなぁ・・・。 ……前に家庭科でへましたのが原因か。 個人的には、失敗したつもりはなかったんだけどね。
「えっと、とにかく食べましょーう!」
「うん。ホットケーキ、冷めるとおいしくないしね」
微妙な空気を振り払うかのように、あずみと奈緒がにっこり笑って言った。 ああ、もう!いい子!! つーか、ホットケーキなんか失敗しないよ!わたしを舐めんなこの野郎!!
**********
「…………うっ・・・」
「・・・げほっ、」
「……水・・・」
切り分けたホットケーキを口に含んだ瞬間、クラスメイトは、揃ってむせた。 それから、奈緒が作ったシェイクやら、あずみがつくったマフィンを口に含む。
「・・・けほっ」
「……ちょ、千夏・・・」
そして、あずみと奈緒の2人も、ホットケーキを口に含んだ瞬間、むせた。 ……ええー。
「マジで?」
味見、したはずなんだけどなー。 そう思いながら、眼前のホットケーキを口に含む。 ……うん。全然食べられるよね?
「これ、どっかおかしい?」
ホットケーキを口にくわえて問いかけると、あずみと千夏は目を丸くした。
「……そうか、千夏って・・・」
「味、濃いものが好きなんだった」
「……しょっぱい、」
……しょっぱい? そういえば、前の調理実習のときも、そんなこと言われたっけ・・・。 しょっぱい、かなあ?これ。 確かに、面白みのない味だったから、ちょっと隠し味で塩とか醤油、加えたんだよね。 でも、本当に微量だし・・・。
「……うーん、しょっぱいかー・・・。……ちょっと、頑張ってみたんだけどな」
「…………!!!」
……ま、かき混ぜて焼いて、調味料加えただけだけどね。
本当に、なんとなーく呟いてみた言葉だった。 それがまさか、1人の男に火をつけることになるなんて、夢にも思わなかったし。
「作りすぎちゃったんだよね。どうしよっかなあ・・・」
「…………っ、!!!」
それから、とりあえずクラス全員分作ったホットケーキに目をやる。 ……みんな、もう食べる気なさそうだしなー。 だって、なんか視界にいれないようにしてるもん。……あずみと奈緒も、目がうつろだし。
「……仕方ない。捨てるか・・・」
「…………っっ、ま、待ったあっ!!!」
と。 わたしがホットケーキを見てため息をついた瞬間、ガタンと音を立てて、1人の男が立ち上がった。
……あ、唯たん。 相変わらずかーわいーなーっ。
「……なに?生田、どうしたの?」
「お、お・・・」
「……お?」
問いかけると、唯たんは目をぎゅっと瞑って、震える唇を開いた。 それから、ちょっと涙目で、わたしを見上げる。
……なにこれ!?誘ってんの!!?? やだっ!お姉さん、こんな可愛い子抱けないっ!!
「お、オレ・・・」
「へ・・・?」
心の中でとんでもないことを考えているわたしを尻目に、唯たんは必死に何かを言おうとする。 ……なんでしょう?
「なに?」
「……オレ、オレ・・・」
唯たんに近づいて、顔を覗き込む。 すると唯たんは目を真っ赤にして、キッとわたしを睨みつけた。 う、おぉ・・・萌える。
「オレ、お腹・・・空いてるから!!」
「ん?……へ?」
突然の空腹発言に、面食らう。 お腹空いてるから……なに?
「しょっぱいのも・・・嫌いじゃないから!そ、それに、お腹空いてるから!!」
「それさっきも聞いたけど・・・」
大事なことなんで2回言ってみたんですね、分かります。
「だ、だから・・・ホットケーキ、食べる!」
「お、おぉ?」
「ホットケーキ食べるから……おかわりっ!!」
「い、生田・・・」
お皿をはいっと突きつけてくる唯たん。 うわあ!抱きしめたい!! 抱きしめて頬ずりして、照れて涙目になったのとか見てみたい!
……という衝動をなんとか堪えて、唯たんに向かってにっこりと笑いかけた。
「よかったー。捨てるの、もったいなかったんだよね」
「うっ・・・」
お腹空いてるって、2回も言ってたし……。 ということで、ホットケーキの塊を、3枚ほど唯たんのお皿に乗せる。
「ほら。牛乳も入れたから、いっぱい食べて大きくなりな」
「う、うるさいっ!……いただきますっ!!」
ホットケーキを持って席に着いた唯たんは、パンッと手を合わせて、「いただきます」と叫んだ。 それから、ホットケーキにかぶりつく。
う、わあっ!本当にお腹空いてたんだね。 っつーか犬みたいでかーわいーっ!
……まあ、時々むせてるのは気になるけど……。
「げほっ・・・うーっ、」
「……生田はいいやつだね。いっぱいあるから、まだまだ食べてね?」
「……!!!お、おかわりっ」
「よかったー、生田がいてくれて。全部捨てることになるところだった」
「…………!お、オレがいて・・・よかった?」
「うん。作ったかいがあるじゃん?よかったよ」
「……お、おかわり・・・」
「おー。すごいね、生田。いっぱい食べる男って、かっこいいよね」
「…………!!ま、まだ食えるから!!」
「本当?生田、すごいなー」
「え、へへっ・・・げほっ、……」
「……生田くん、すごいねー」
「千夏もある意味すごいけどね」
「……青春だよな、唯」
マフィンとシェイクを片手に、あずみと奈緒と的場がこんな会話をしていたとか・・・いなかったとか。
いや、してたみたいだけどね。
|
|