オレは、はじめてシた子の顔も覚えていない。 確か、友達に誘われて行った合コンで、お酒飲んで……。 その場のノリで、シた。 正直、記憶もほとんどない。
でも、1度ヤったら貞操観念がガクンって落っこちた。 誘われたら、「別にいいかなー」でヤりまくってた。
それをすぐそばで見ていた奈緒が、何を思っていたのかも知らないで……。
ヘラヘラして、女の子を抱いた。 確か、奈緒と同じクラスだった子にも手を出したと思う。 ……今なら・・・。今なら、絶対にそんなことしないのに……。
オレは、奈緒が教生に腕捕まれてたってだけで、イライラした。 奈緒を誘うなって、ぶん殴ってやりたくなった。 ……最悪だ。 奈緒は、その何倍も、いやな思いをしていたのに。
「あたしは……」
思考に入っていたオレは、奈緒の言葉でハッと我に返った。 目の前の奈緒は、相変わらずちょっと寂しそうに笑っていて……。 なんだか、遠くに言ってしまうような気がして、泣きたくなった。
「はじめて、壱が……女の子と遊びまわってるって聞いたとき……ショックだった」
「ご、め・・・」
謝ると、奈緒はぶんっと首を横に振った。
「壱は悪くない。あたしたちは、恋人同士でも、なんでもないんだから・・・」
「……う、・・・」
でも、と、奈緒は言葉を続ける。
「壱の気持ちは、分からない。でも、幼馴染として、大事に思ってくれてることは分かる。……さっきの“好き”も・・・。壱が、あたしを嫌いだなんて、万に一つも思いたくない。あたしも、壱が大好きだよ」
“好き”の意味が違う。 オレの“好き”は……。
「いっそのこと、嫌いになれたら楽なのかな?・・・でも、あたしは壱のこと、絶対に嫌いにはならない」
オレの目をまっすぐに見て、奈緒が言い切った。
「“採点”」
それから、と一呼吸ついて、奈緒が言葉を発した。 ……“採点”。 オレと奈緒がしている採点ゲームは……ある意味、すべての始まりだった。
肌を重ねることの重要性が分かった。 奈緒が、女の子だったんだってことに気がついた。 オレの、黒い感情が・・・浮き彫りになった。
「“採点”・・・ね。あたし、壱との賭けに出たの」
「賭け・・・?」
泣きそうになりながら問い返すと、奈緒はこくんと頷いた。
「……ごめんね。壱のこと、50点なんて言って。あれ・・・正確に言うと、違うんだ」
謝りながら、奈緒が頭を下げる。 オレは、首をかしげた。
「壱が50点なんじゃないの。あたしと・・・壱の関係なの」
「かん、けい?」
「うん。……あたしはね、壱。壱との今の関係を、壊そうとした。壊して……新しいものに、変えようとした」
「こわ、す?新しい・・・?」
「新しい、関係。今の、ぬるま湯みたいな幼馴染って関係を、壊そうとした。……もちろん、今の関係も、あたしは大好きだよ。隣の家に壱がいて、窓伝いに部屋を行き来して……。ゲームをしたり、漫画を交換したり、テスト前に2人で焦りまくったりって関係も・・・大好きだったよ」
ふにゃり、と奈緒が笑った。 ……たぶん、17年間を、振り返ってるんだと思う。 オレも……そうだから。
「でも・・・でも、ね。それが、辛かった。部活をしていない壱が、夜遅く帰ってくるのも、女物の香水のにおいをまとってくるのも……、涙出てくるくらい、辛くて……」
「ごめ、・・・ごめん……」
きゅっと唇を噛んで、涙を堪えているであろう奈緒の手を、ぎゅっと握る。 ……ごめんなさい、ごめん。 許されないと思う。奈緒の気持ち、考えてなかった。 昔のオレ、ぶっとばしてやりたい。目を覚ませって、蹴り飛ばしたい。
「だから・・・壱が冗談半分であたしを抱こうとしたとき、チャンスだと思った」
「……う、」
あぁ、最悪だ。 なんでオレは……あのとき、あんな軽く奈緒を誘ったんだろう。 あれじゃあ、ただの遊び相手みたいじゃんか。 ……誘われるんじゃなくて、誘ったのは・・・そういえばはじめてだったけど・・・。 そんなの、言い訳にもならない。
「このまま・・・壱があたしだけを見てくれたら……もう一度、壱だけを信じられるようになったら、勝ち」
「・・・そ、れが……100点?」
「うん」
泣きそうな顔をしながら、奈緒は無理やり口角を上げて、笑ってるみたいな顔をした。
「……で、ね。壱が・・・それでも、ほかの子に手を出したら……負け」
「……0点」
「・・・ん。結局……あたしは、負けたんだよ」
二の句が告げなくなっているオレを見て、奈緒は言葉を続ける。
「負けたら・・・。0点になったら、終わりにしようと思ってた。もともと、壱との幼なじみの関係には戻らないつもりで採点をもちかけた。……ごめんね、壱。あたしは勝手に、壱との関係を精算しようと思った」
「ごめ、・・・なさい……」
「謝らないで・・・。謝るのは、あたしのほうだよ。壱は、このままの幼馴染の関係を望んでたんだもん。勝手に、それを壊したのはあたし。この結果も、自分が招いたことだと思ってる」
「違う・・・オレ……ごめん、」
「……謝るなっ。一応、このやろう、くらいには思ってるんだからね!!」
ふふっと奈緒が笑う。
「でもね、千夏に言われて、思った。……壱に、なにも言わないまま関係をなくすのは、間違ってるって。17年間、楽しいこと、たくさんあった。・・・勝手にさよならするのは、間違いだよね」
ふう、と息を吐いて、奈緒がオレを見た。 奈緒の目には、涙がたまっていて……。 なんで、オレは奈緒を泣かせちゃうんだろう。 幸せにしたいって……幸せに、なってほしいって思ってるのに……。
「ごめん、ね・・・壱。あたしは……一旦、終わらせたい」
「…………っ、」
奈緒の目から、とうとう涙がこぼれた。 でも、奈緒は空いている手で、すぐにその涙を拭う。
「終わらせて……別の世界を歩きたい。それで……これはあたしの我がままなんだけど、」
奈緒の目からは、涙がぼろぼろこぼれていた。 拭っても拭ってもこぼれる涙に、奈緒は苦笑いをして見せた。
「我がままなんだけど……もし、壱があたしを好いてくれているなら……将来、また茶飲み友達にでもなろう?」
茶飲み・・・?
「お互い、好きな人ができて……あたしの感情が、幼馴染として壱を見られるくらいまで落ち着いたら……そしたら、お茶でもしようよ。お互いの相手の愚痴とか、子どもの愚痴とか言ったり……」
お互い、好きな人・・・? 幼馴染・・・。 お互いの、相手・・・? 子どもの……。
奈緒が発する言葉を聞いて、目の前が真っ暗になった。 それから、また心が黒く歪む。
お互いの、子ども? それは……奈緒が、ほかに好きな人を作って、セックスして、オレとのじゃない子どもを産むってこと? それで、奈緒の旦那の愚痴を、オレが聞くってこと……?
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