この間のことが、頭ん中ぐるぐるする。
奈緒の中で、一生一緒にいたいと思ってるのは、オレだけ? 点数なんかつけてるの、オレだけ?
奈緒のファーストキスは……オレだった?
ワケ、わかんない。 どうしよう、どうしよう……。
だって、奈緒は……。
今日は、月曜日。 金曜日に奈緒と飲んで……びっくりするようなこと、言われた。 あのあと、奈緒が起きる気配は全然なくて……。 ちょっと悪いなとは思ったんだけど、オレ、自宅に帰って……。
土曜日は、奈緒あずみちゃんと遊ぶって行ってたから、会ってない。 日曜日も……会わなかった。
で、今朝ひさびさに会った瞬間、奈緒が申し訳なさそうに言ったんだ。 「ごめん。あたし、酔っちゃった?お酒飲み始めてからの記憶が全然なくて……」
本当、ばかみたいなんだけど、その言葉にほっとした。
それで、いつもみたいに会話しながら登校して……今に至る。 現在、昼休み。
教室でお弁当を食べていると、教室がざわりと揺れた。 ……なに?
と、隣の椅子が音を立てる。 ……んん?
立ち上がった紳くんは、つかつかと教室の入り口のほうへ……って、あずみちゃんじゃん!
珍しい……。 紳くんが行くことはあっても、このクラスにあずみちゃんが来ることはあんまりないんだ。 つか、紳くんが、「あずみを好奇の目に晒したくない」とかなんとかって理由で、あんまり来ないようにって言ってるんだ。
ぼーっと教室の入り口を見ていると、あずみちゃんの後ろからサラサラの黒髪が……奈緒っ!!
オレも慌てて立ち上がって、紳くんの後を追う。 急いでいたら、がしっと誰かに腕を掴まれた。
「いっ!?」
勢いがついていたせいか、肩が外れるんじゃないかってほどの衝撃。 何かと思って振り向くと、そこにいたのは……シュンヤ。
「あ、わり・・・」
「いーえー。……どしたの?」
問いかけると、シュンヤは恍惚としたまなざしで入り口のほうを見た。
「マドンナ、お前に会いに来たの?」
「……え?」
「だーかーらー!!天使が雪平くんに会いに来たのは分かるんだけど、マドンナはお前に会いに来たのかって!」
「な、なんで・・・?」
それが、そんなに喚くほどのこと? 質問には答えずに、問い返す。すると、シュンヤははあっと息をついた。
「あのなぁ、 五大美女の2人はすでに野郎もち。女帝のレイカ様はそういう感じじゃねえし、おかんの笹川は他校人気のが高いだろ?今、学園の一番人気はマドンナなんだよ」
「は、はい……?」
シュンヤが言ってることの、意味が分からない。 えーと……五大美女の2人……あずみちゃんと女王か。その2人は彼氏持ち。つまり、紳くんと譲のこと、か。 んで、女帝……現生徒会長の白鳥レイカは、そういう感じじゃない。……確かに、あの子すげー怖いもんね。 で、おかん・・・ま、『お姉様』らしいけど……。確かに、おかんは他校人気が非常に高い。すげー美人なんだけど、おせっかいだし、意外と間口が広くて、ほかの五大美女ほど敷居が高くないんだよね。結構男とっかえひっかえしてるから……。だから、学園での人気は5番手なんだ。
で……。 残るのが、マドンナの奈緒。 ……確かに、「遊んでるらしい」って噂はあるものの、だれかが名乗りを上げたわけじゃないし……。 だから、1番人気?
「そのマドンナがさー、遊び人で有名なお前と、最近よく一緒にいるって噂になってんだよー。そういう関係なのかなーって思ってさ」
「ち、ちが・・・」
違う、のかな? ヤることはやってるけど……でも…………。
「いーなー。マドンナと幼馴染で」
「そ、・・・」
シュンヤが、奈緒とあずみちゃんと紳くんがいる、クラスの入り口を見た。
オレも、つられて入り口に目をやる。 すると、きょとんとして此方を見ている奈緒と目が合った。
「………ちが、う・・・」
違う。 奈緒は……そういうんじゃない。
怖いんだ。 奈緒を“彼女”にするなんて、考えたこともない。 もし、そんなことしたら……オレ、奈緒のこと、壊しちゃう。 閉じ込めて、支配しちゃう。 そんなの……絶対に、嫌だ!
奈緒を誰にも取られたくない気持ちと、奈緒をオレのものにはできないって気持ちが、ぐちゃぐちゃする。
「お、おい・・・シノ?」
奈緒から目を逸らして、シュンヤのほうを向いた。
「違う。奈緒は……そういうんじゃ、ないんだ」
「シ、シノ・・・?」
びっくりしたようにオレを見るシュンヤに、にこって笑いかける。 そして、奈緒に背を向けて、譲と弁当が置いてある窓際の席に戻る。
「……壱?マドンナさん、いいのか・・・?」
席に戻ると、譲が不思議そうに声をかけてきた。 オレは、譲に向かって笑いかける。
「うん。奈緒は、あずみちゃんの付き添いだもん。別に、オレに会いに来たわけじゃないしねー」
へらっと言って、再度お弁当に手を伸ばした。 譲は、不思議そうにオレを見ていたけど、オレがそれ以上話す気がないのを悟ると、中断していたパンを食べる作業を再開した。 ……あ、譲って独り暮らしらしくて、お弁当じゃなくて購買のパンなんだ。ちなみに紳くんは愛妻……あずみちゃんの、手作り弁当。オレは、普通に母ちゃんの弁当。
「おい、」
ぺち、
頭に手を乗せられて振り向くと、紳くんが立っていた。 お、おぉ・・・。手に、手作りらしきタルトを持ってる。 たぶん、調理実習かなんかで作ったんだろーなー。 それを持ってきたのかー。可愛いなー。
そんなことを考えていたら、とん・・・と目の前に同じような包みが置かれた。 ……ん?
「大澤からだ」
「奈緒、から・・・?」
名前を聞いた瞬間、心臓がズキンと音を立てた。 ……奈緒、オレに会いに来てたってこと・・・?
「なんでお前、来なかったんだ?」
「だ、って・・・奈緒は、あずみちゃんの……付き添いで……」
「アホか」
紳くんははあっとため息をつくと、哀れんだような目で、オレの顔を見た。
「……鈍すぎると、取り返しのつかないことになるぞ」
「……え?・・・なに、言って……」
「俺も、危なかったんだ。……あのとき、あずみが言ってくれなかったら……」
目を細めて、紳くんが低い声で言った。 ……紳、くん?
「……まあ、いい。大澤から伝言だ。『今日は、あずみと千夏と遊ぶから、一緒に帰れない』」
「あ・・・う、うん」
いつものような口調に戻った紳くんが、淡々と奈緒の言葉を口にした。 オレは、その言葉にこくんと頷く。
紳くんの言葉の意味を……。 たかが数時間後に、嫌って言うほど理解するだなんて、思ってなかった。
ごめんね、奈緒。
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