Side Yuya
歩の唇の端についていた血液に、思わず我を失った。 我慢していた思いが、弾けた気分だった。
「やだ、やだっ・・・!」
動かない体を必死に捻る歩に、心の端がちくりと痛む。
閉じこめておきたかった。 危険にさらしたく、なかったんだ。
自分でも、本来妹である歩に、こんな感情を抱くことが間違っていることは、とっくに分かっている。 いつか、歩が俺の腕の中から飛び立ってしまうのも、分かってるんだ。
星としての頭角をあらわしたとき、じいちゃんや親父、俺は愕然とした。歩には、ふつうの道を歩んでほしいという、共通の願いがあったから。 だから、さまざまな理由をつけて、歩の才能の片鱗が、ほかの星にバレないようにしていたんだ。
……でも、歩の望みは星になることだった。三毛家の一員として、役に立ちたいという希望が、歩の中にはあったから。俺たちが「普通の女の子として生活してほしい」と頼んだところで、歩の根底にある「二度と足手まといだなんて思われて、捨てられたくない」という思いが強すぎた。
歩が賭けを持ち出したとき、俺たちはチャンスだと思った。これで、諦めさせることができる、と。歩が諦める、大義名分ができた、と。
……でも。 人知れず体を鍛えていた歩は、俺たちを破り、星になることになった。 約束は約束。それ以上、歩の思いを反対することができなくなってしまったのだ。
だからせめて、そばにいようと思った。危機感のない妹のそばで、少しでも危険がないように、と。
なのに……。 歩は、危険なことに身を投じる。「役に立ちたい」という一心で、何度「やめろ」と言っても、危ない橋を渡ろうとする。
生徒会との接触。二度に渡る強姦未遂。 そして、ほんの少し目を離した隙に唇を奪われたという、この現実。
どうしたって、守れない。 どうやったって、歩に近づく男が減ることはない。
だったら……? だったら、せめて……。
正常な思考であれば行き着かないところに、俺の考えは行ってしまった。 こんなことするべきではないという気持ちを抱えつつも、歩を押さえつけることをやめられない。
「おに、ちゃん・・・! やだっ、だめ!」
「……っ、」
「ん、っあ・・・!」
腹部をなぞりあげると、わずかに色を混ぜた声が歩の口から聞こえる。 やばい、と思う。 これ以上は……。
「待って、お兄ちゃんっ・・・! 兄妹、だよっ!?」
歩の口から紡がれた「兄妹」という単語に、思わず顔が熱くなった。 同時に訪れた、真っ黒な絶望感。
「……ちげえ、だろ」
「……え?」
言っちゃいけないことは、分かってた。 歩がもっとも傷つく言葉だと、分かってたんだ。
「兄妹じゃ、ねえだろ。……血が、繋がってねえんだから」
「……っ、あ・・・」
「本当は……いとこ、なんだから」
「やだっ……お兄ちゃん、違うっ!」
「……家族じゃ、ねえんだから」
そう言った瞬間……歩の大きな目から、ぼろりと涙がこぼれた。 それから、すうっと歩の体から力が抜ける。
……そのときになって。 ようやく俺は歩に、絶対に言ってはいけないことを言ってしまったと、気づいたんだ。
|
|