Side Yuya
「ユウさん・・・オレ、あゆを1人で行かせちゃったーよ」
跳に事情を聞いた瞬間、目の前がくらくらした。 いつも通りのゆるい口調ながら、電話をかけてきた跳の声も不安そうで。 おまけに跳が歩を1人で行かせたという事実が、事態の緊迫した状況を示唆していた。
置いてあった書類なんか投げ捨てて、白衣も脱いで丸め、すぐに保健室を飛び出す。 廃倉庫……。 ここから、一番遠いじゃねえか。
嫌な予感が頭をよぎる。 思い出すのは、始業式での悪夢。
歩はキレると、本当に手が付けられなくなる。 戦闘力や五感が鋭くなる反面、性格は残虐性が増して、非情になる。 漫画やゲームのような状況なのだが、事実なのだから仕方が無い。
大事なルームメイトが攫われたこの状況。 跳が歩を先に行かせたのは、時間が経てば立つほど飯島が窮地に陥るという理由のほかに、それによって歩がキレてしまうことを避けるためでもあった。 ことに及ぶその前に、犯人の男たちが逃げようとしたなら、歩はそれを止めようとするだけでキレている余裕はないだろう、と。 ……犯人の男たちが、よっぽどのバカじゃなければ。
そして、倉庫のドアを開けた瞬間。 俺は、犯人の男たちがよほどのバカだったことを知った。 目の前にいたのは、顔を真っ青にしてドアに走り寄ってくる2人の男と、明らかにキレた表情で男たちを沈めようとしている歩の姿だった。
キレている歩は、本当に容赦がない。 現に、あっちの男は関節を外されているし、向こうの男は肺を蹴られたんだろう。へたしたら、肋骨にひびが入っているかもしれない。 ……そして歩は、無意識のうちに相手に苦しみを味わわせようと、止めをさして気絶させないんだ。 ま、催涙スプレーとみぞおちの二段構えの挙句、頭を蹴り飛ばす跳には言われたくないと思うがな。 あいつも、歩のことになるとまったく容赦がなくなるから。 歩以外の誰にも興味を持たない男だし。
慌てて倉庫に飛び込んだ俺は、とにかく歩を落ち着かせることを第一に考えた。 おそらく喉元かこめかみに叩き込もうとしていた手刀を止めて、太ももをひざで押さえつけることによって動きを止める。 それから、抱き込んで「大丈夫だから」と声をかける。
怒りで体が震えている。 自分のことは最後に回すくせに、なんで人に危害が与えられるとこんなになるんだよ。 恐らく本当の両親がいなくなってから現れたこの兆候だけは、何度戒めても治らない。 だって、本人も無意識のうちに行われている行動なんだから。
「う、ぇ・・・おに、ちゃ……」
「だーじょうぶだ。ほら、飯島も跳が解放したからな」
そう言った瞬間、歩はびくんと跳ねて、俺の腕の中から飛び出した。 それから、視線を飯島に向けて、急いで駆け寄る。 ボロボロと涙をこぼしながら、歩は飯島のそばに座り込んだ。 跳がロープを切ったことで手足が自由になった飯島は、まだ少しぼんやりしながらも、悪い、と頭を下げる。
「わ、るい・・・オレ、不注意にドアを開けたから……」
「ちがっ、・・・ごめんっ!わたし、昨日まで見張りなの・・・、忘れて……」
「謝るな・・・本当……オレ……」
苦しそうに呟く飯島に、歩は泣きながら抱きついた。 それから、無事でよかったと、何度も呟く。
「……おっそーい」
と。 こんな状況でも、歩が飯島に抱きついているのが気に食わないんだろう。 ほっとしているのか、イライラしているのか読めない表情で歩と飯島を眺めていた跳が、ドアのほうを見て声をあげた。 振り向くと、入り口のところに生徒会副会長の吉池と、庶務の相原が立っていた。 倉庫内の状況に呆気に取られているのか、呆然としながら倉庫を見渡している。
「……三宅先生?」
先に回復した吉池が、俺を見て驚いたように口を開く。 そして、辺りを見回して、いぶかしげな声を上げた。
「これは、どういうことです?」
「……俺がやったっつったら、信じるか?」
「そんなわけ、ないでしょう?先ほど、あなたが保健室を飛び出すのを見ていました。どんなに身体能力が高くても、不可能な時間帯ですよね?」
「カマかけんな、胸糞悪い」
私情だが、この2人は嫌いだ。 片や俺の歩の唇を奪い、片や食堂で歩の首筋を舐め上げたんだからな。
「そもそもあなた、なぜこんなところにいるんですか?」
「保険教諭が、怪我人が出そうな場所に行くのは悪いことか?」
「いえ。……ただ、あなたと歩は兄妹でしょう?」
「分かってるなら聞くな。俺は歩が何より大事なんだ」
いちいちつっかかってくるこの男が憎たらしい。 にらみつけると、吉池は肩をすくめて倒れている生徒に近寄った。
「……処罰の前に、2名は病院に行かなきゃなりませんね。三宅先生、処置をお願いします」
「処置道具、持って来てねえ」
「……あなたよく『怪我人が〜』なんて嘘でも言えますね?」
「まあな」
歩にやられたやつの処置なんてごめんだったが、仮にもここでは養護教諭。 倒れている6人の中でもとくにひどい2人に近づいて、処置を開始する。
「……我が妹ながら、すばらしい関節のはずし方だな・・・」
「ユウさーん、のん気すぎぃ」
「あ、こっちも。……またこんな苦しむ場所に蹴りいれて……。すげえぞ、歩」
「褒めちゃダメでしょー」
怪我人を見ながら感嘆の声を上げると、跳が小さくため息をついた。
|
|