Side Ayumi
お兄ちゃんと、跳がこの学校に来ていた。 最初はすっごく、すーっごくびっくりしたけど、しばらくしたらいろんなこと考えちゃった。
わたし、やっぱり心配されてるんだなーとか。 結局、お兄ちゃんはわたしが任務に行くことに賛成していたわけじゃなかったんだなーとか。
「この仕事に向いてない」ってセリフが、嫌に重くのしかかった。 それは、「三毛家にお前の居場所はない」って言われているみたいなものだったから。
……わたしがここにいるせいで、【猫】で一番の使い手って言われているお兄ちゃんは、しばらく前線に出てこられない。 そんなことばれたらまずいから、たぶんヒデかなんかがお兄ちゃんの変わりに現場に出てるんだろうけど……やっぱり、申し訳ないって気持ちはすごくある。
それに、跳も。 跳……というか、【犬】は、あんまり実戦要因じゃないから、情報を扱うことが多いのね。だから、ここでも任務は受けられるっていう跳の言葉は正しいんだけど……。 でも、跳はこう見えて次の【犬】の筆頭って言われてるほどの実力者だし、やっぱりわたしなんかのためにここにいるのはまずいと思う。
それでも……。
わがままだって分かってても、わたしはこの任務を全うしたい。 そうしないと……わたしは、わたしの存在意義を確認できない気がするの。
「……頑張ってね?」
跳のその言葉が、すっごく嬉しかった。 わたしはこくんって頷いたあと、視界がぐらって歪んだのが分かった。
「あゆー・・・?」
跳が心配そうにわたしの顔を覗き込む。 そして、わたしの目に涙が浮かんでるのを見て、くいっとわたしの手を引っ張った。
夜だし、人気はなかったけど、より人が来なさそうなところに移動した瞬間、わたしの目からはぼろぼろ涙が零れてきて、跳はそんなわたしをぎゅっと抱きしめてくれた。
「あゆ……。あゆは、本当に泣き虫だね」
「うぅー・・・」
うれし涙なのか、なんなのか分からない。 でも、涙は止まんなくて……。 わたしは、嗚咽を漏らしながら、ぐしぐしと泣き続けた。
「……ごめんね?オレもユウさんも……あゆが本当に心配なんだよお?」
「んっ・・・うん、」
分かってるんだ。 心配してくれる人がいるって、本当に嬉しいことだっていうのも。 でもね、でも……
「ごめんね?頑張れって、言ってあげらんなくて……」
「ふえっ・・・」
でもね、頑張ってって、言ってほしかったの。 反対を押し切ってここに来たんだから、そんなの望んじゃいけないことだっていうのは分かってたんだけど……。
「頑張れって、言いたくなかったんだ。オレもユウさんも……あゆに、頑張ってほしくなかったから」
「……っ、」
跳が本当に苦しそうに言うから、わたしは言葉が告げなくなる。
「あゆが頑張りすぎて、危ない目にあうのが嫌だったんだよ?あゆは、自分を大事にできないから……」
「そん、なこと・・・」
「ない、なんて言わせないよ?あゆは、オレを庇って怪我したじゃん」
「で、でも・・・跳は無傷だった!」
「あゆは、背中に大きな傷つくったよね?」
跳の手が、シャツの中に入り込んでくる。 そして、大きな手でわたしの背中をゆるゆるとなぞった。
「でも・・・背中の傷くらいで跳が助かるなら……」
「……オレは、あゆがこんな傷作るくらいなら、自分が怪我したほうがずっとましだった」
跳が、ものすごい力でわたしを抱きしめる。
「くる、し・・・」
「あゆ……お願いだから、1人で突っ走らないで?行動を起こすときは、オレかユウさんに絶対相談すること」
「……んっ、」
と。 跳の腕がゆるんで、一息ついた瞬間だった。 いつの間にか目の前に来ていた跳の顔。 視界が、真っ赤に染まっている。
あれ?と思った頃には、わたしの唇は跳によって塞がれていた。
「んっ・・・?む、ぅ…」
熱い跳の舌が、わたしの唇をべろりと舐めた。 ひくりと震えた瞬間には、跳の唇は離れていたけど……。
「は、はね・・・?」
「しょーどくっ」
跳が、にへらって笑う。 いつもみたいな笑い方だけど……。 眉が下がってて、なんかすごく……悲しそう。
「跳……?」
「あゆ・・・。あのね、キスされたら、抵抗しなきゃダメ」
「……え?」
跳が、わたしの頬を両手で包み込んで、言った。
「さっき、ユウさんにピンクの箱、渡されてたね?」
「あ、……うん」
そういえば。 さっき、わたしはお兄ちゃんに“ピル”というお薬を貰った。 ちゃんと飲むと、性行為をしても妊娠しなくなるんだって。 お兄ちゃんは、『最後の防衛手段だ』って言ってた。
「最後の、防衛手段って……」
「そう。それは、あくまで最後の防衛策なんだよ?」
跳が、今まで見たことないくらい真剣な顔でわたしを覗き込んでいた。 いつも、へらへらしてるから……幼馴染とはいえ、こんな顔は始めて見る。
「もしかしたら誰かに聞いたかもしれないけど……ここはね、初等部から男子校だから、男でもイケるって人が多いんだって」
「え、えっと・・・ゲイとかってやつ?」
「うん。そう」
そ、そっか。 松尾先生が言ってたのは、そういうことを意味する言葉だったんだね。
「だから、あゆが頑張って男のふりしてても、あゆのことを好きになる人はいると思う」
「う、うん……。でも、それって……」
「……あゆ?好きの意味が違う。友達として好きなんじゃない。あゆに、恋愛感情を持つの」
「れん、あい・・・?」
恋愛は……したことがないから、どういう感情なのか分からない。
「中には、力づくでもあゆを自分のモノにしようとする人がいると思う」
「……う、うん」
「そういう人はね、あゆの服を剥いで、強引にエッチしようとすんの」
「…………うん」
さっき、お兄ちゃんに言われた。 そうしたら絶対に女だってばれちゃうし、そのまま性行為をすることになるって。 で、ゴムを持ってない男の人が多いから……最悪、妊娠しちゃうかもしれないんだって。
「キスとか、さっきあゆが副会長にされた耳を舐めるっていうのは、行為の前段階なんだよ?だから、キスされてぼーとしてちゃダメ。耳を舐められて、変な声が出たからってびっくりしてちゃダメなんだ」
「う、うん……」
「ピルはね、最後の防衛手段。あゆが男の人に組み敷かれて、服を脱がされて、セックスを最後までされちゃったときに、妊娠しないようにするための、最後の防衛手段なんだよ」
「……うん」
「ね、だから……」
『何かされそうになったら、何よりも先に必ず自分の身を守って』
そう続けた跳の声は、少し震えていた。泣きそうな声で、わたしの耳元で囁く。
「分かった・・・」
跳を安心させたい。お兄ちゃんを……安心させたい。 そういう気持ちで、わたしはこくんって頷いた。
「……あゆはまず、知識を増やさないとね」
その後、顔を上げた跳は、いつもみたいに、にへらって笑った。
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