Side Haneru
「えっとね・・・学校に着いてすぐ……あの……テトを見つけちゃって……で、あの……いろいろあって」
「あの・・・瀬奈…じゃなくて、生徒会庶務に、案内してもらって、あの……いろいろあって」
「みんなと食堂に言ったら、副会長と会計と瀬奈が来て、で・・・あの、親衛隊みたいに喋ってみたんだけど・・・その……いろいろあって」
おーい、あゆさん。 “いろいろあって”が一番肝心なんだけどなあ?
そう思ってあゆをじとっと見ていると、あゆはびくりと震えた。 かーわいー!
……とか言ってる場合じゃないんだよ。
「歩……いろいろって、何だ?」
「ふ・・・うぅ……」
きつい口調で問いただしたユウさんに身じろいで、真っ赤になって俯いてしまったあゆ。 かわー……いくないっ!
「……あの、」
と、オレたちの様子を見ていた颯斗くんが声を出した。
「歩が言いにくいなら……生徒会のくだりだけでも、オレから話しましょうか?」
ちょっと癪だけど、仕方ないかなあ? そう思ってうなずこうとしたら、あゆが颯斗くんの腕をがしっと掴んだ。
「だめ・・・っ、」
そして、小さい声で呟いて、ふるふると首を振る。 ……あ、ダメだな。 オレもこれされたら、たぶん口開かなくなる。
案の定颯斗くんは押し黙ってしまった。 ……あー、もう。
「歩……」
と、横から低い声。 その瞬間、空気がピリッとするのが分かる。
……ユウさんだ。
あゆも、ひくりと震えてユウさんを見た。 たぶん、家でユウさんがこういう雰囲気をまとうことはないだろうから……あゆも、そう見たことのないユウさんなんだと思う。
「はい・・・」
唇をぎゅっと噛んで、あゆがユウさんを見た。
「“報告”と言っただろう?これは、俺と歩の会話じゃない。仕事上で、知っておくべき“情報”だ」
「……はい」
「場合によっては、対策が必要になる可能性もある。……責めねえから、言え?」
「……めん、なさい・・・」
目に涙を浮かべながら、あゆはぎゅっと目を瞑った。 ……たぶん、泣かないようにって、必死なんだろうな。
「ん。生徒会との接触は、聞いた限り回避できなかっただろうからな。気負うな。……話してみ?」
「分かった・・・」
と、ユウさんがちょいちょいってあゆを呼ぶ。 あゆは導かれるようにユウさんの元へ歩いていった。 そして、ユウさんに言われるままに、ユウさんの足の間に座る。 ユウさんは、あゆに腕を回した。
……こういうとき、兄妹なのはずるいと思う。 だって、あゆはユウさんには甘えるもん。
「あのね、」
あゆは、生徒会庶務との接触、そして、食堂での一連のできごとについてぽつりぽつりと話しはじめた。
「え、えっと・・・で、理緒に……唇食べられて」
「…………」
食べられた? なに、それ。 つか、その理緒とかいうやつ、意味分かんねえ言い訳してんなよ。
「んで・・・あの、瀬奈に、職員室の前で……キ、キスされて、舌がにゅるっと……」
「…………」
はい? マジで庶務つぶすぞ。ざけんな。 キスしただけでもぶっ殺しもんなのに、ベロちゅー?
「え、えっと・・・あの……副会長さんに、耳の裏?を、舐められて……変な声でちゃって……」
はーい。 もうダメだね、副会長。 ありえないから。ありえないよね?
「……あの、ごめんなさい……。せっかく任せてもらえたのに、こんなことになっちゃって……。続行、不可能……かな?」
「…………」
「…………」
押し黙ったオレとユウさんを変わりばんこ見て、あゆが俯いた。 あゆが、今日の報告をしたがらなかった理由は、生徒会との接触によって、任務終了を告げられるんじゃないかって思ってるからだ。
……はあ。 告げられるものなら、告げたいよ。
「で?颯斗くんには……言ったのぉ?」
「え?……あ、うん。携帯の情報からばれちゃって、“学校生活調査”のこと話した」
うんうん。 ユウさんが考えそうな嘘だなー。
「……分かった」
一通り聞いたユウさんは、はあっと息を吐きながらあゆを見た。
「……あの、」
「歩。……俺は、いまだにお前がこの仕事に向いているなんて思ってない」
何かを言いかけたあゆをまっすぐ見て、ユウさんが言った。 ……オレも、そう思う。
「……なん、で・・・?わたし、体力値も頭脳値も・・・クリアしてるし……。やっぱり、」
「性格が優しすぎるんだよ。能力とか血は、関係ない」
ぎゅっと唇を噛んで俯いてしまったあゆ。 青い目はゆらって揺れて、今にも涙が零れそうになっていた。
「それでも、お前はじいちゃんとの賭けに勝ったんだし、お前の意思は尊重してやりたいと思ってる」
「……うん、」
「……たぶん、まだ続行で行けるだろ」
息をついて言ったユウさん。 あゆが、ぱああっと表情を輝かせた。
「あ、ありがとう・・・!」
「…………、」
と、ユウさんがあゆの顔をじいっと見た。 苦々しげな顔をして、それからぎゅっと目を瞑った。
「歩……本当は、渡したくなかったんだけど……」
本当に辛そうな顔をしながら、がさごそとバッグの中を漁ったユウさんは、ピンク色の箱を取り出した。 そして、腕の中にいたあゆに、その箱を握らせる。
……あ、
あゆの手に握らせたピンク色の箱……経口避妊薬。通称、ピル。 あゆの手の上に自分の手のひらを重ねて、ユウさんは辛そうにあゆに何か囁いた。
……たぶん、颯斗くんはよく分かってないんだろう。 ぼーっとその成り行きを見ている。
あゆは、ユウさんの発言を聞いた瞬間、驚いたような目でユウさんを見た。 そして、それが冗談じゃないことが分かると、ユウさんの腕の中でかたりと震えた。
そして、目を閉じて、あゆの手を握りながら、懇願するように顔をしかめるユウさんに、あゆはふわっと笑いかけたんだ。
……その笑顔は、『ピルを飲まざるを得ない状況でも、わたしはここで作戦を続けます』の意。
……あゆ、あゆ? あゆはなんでそうなのかな? なんで、辛いほうに行こうとするのかな? なんで……自分を大切に出来ないかな?
でも、それが分かってるから……。 一度動き出したあゆは、もう止まらないって分かってるから。
オレは、あゆを追ってここに来たんだ。 少しでも、あゆを守りたくてここに来たんだ……。
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