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青き影は死んだのだ


高校に入学してから半年が経って、ある程度クラスにも部活にも慣れてきた頃。同じクラスだというのに一度も、挨拶すら交わしたことのない女生徒がいる。

それがナマエだった。と、いうのに気が付いたのは、たまたまその日週番だった生徒が一名欠席したことで順番がずれ、お前とペアになったことが始まりだったな。

今思えばその欠席した誰かのお陰でナマエの存在を知った訳だが。そう、そんなきっかけがなければ知ることもなかった。それ程までにナマエは影が薄かった。

当初の印象はあまり喋らない大人しい女生徒。ただそれだけだった。高校入学当初に必ず話題に上るだろう出身中学がどこだとか部活は何をするだとか、コミュニケーションを図るに当たって必要だろう情報は何一つ持ってなくて。

「あー…小野田さん、だったな。俺は東堂尽八だ!一週間よろしく頼むよ!」
「あ、うん。小野田ナマエです。こちらこそよろしく」

とりあえず交わした当たり障りのないこの会話と下手くそな笑顔こそが記念すべき俺達の第一回目の会合だった。

けれど俺には確かな自信があった。どんな相手だろうとこの東堂尽八の手に掛かればあっという間に会話に華が咲くだろうと。なんてったって俺だからな。うん、そうに違いない。



「……」
「……」
「……」
「あっ…お、小野田さん!昨日は任せてしまったからな!今日は俺が日誌を出しに行くぞ!」
「えっ…あー…うん、じゃあお願い」
「う、うむ」

なんて、そんな自信は彼方に消えた…。

誰でもいい。そう思っていた一週間前の俺にどうか一発入れてほしい。顔以外で。

そうだ、一週間だ。今日で丸々一週間が経った。放課後、こうして二人で日誌を囲むのも今日で7日目。つまり最後だ。だというのに間にあるのは重すぎる沈黙だけなんて一体誰が想像しただろうか。


彼女、小野田ナマエは物静かな女子だった。教室では基本、いつも一人で窓の外をぼんやりと眺めているような…俺のような人間からしてみれば一体何を考えているのか分からないタイプであった。

ただ、言い訳をさせて貰えるならば…あの頃の俺は彼女に対して無知だった。だから一人で、外を眺めているナマエが、"何を"見ているかなんて…まあ、知ろうともしなかったわけだが。

そんな訳で新たに一週間の目標を立てた。

せっかく同じ学年の、同じ学級の仲間になったのだ。これをきっかけに小野田ナマエという人間を知り、仲良くなれたら!と妙に俺は意気込んでいた。のだが、そんな目標はすぐにぶっ壊れることとなる。

納得いかない最初の挨拶(もっとスマートに出来ただろう東堂尽八!)を払拭すべく俺はひたすらに彼女に話し掛けた。今思えば、まあ…うざいと言われても仕方がない程度にはしつこく話し掛けた記憶がある。

が、いくら彼女に会話を振ってもその話題たちが発展することは一切なかった。

ただちゃんと返事は返ってくる。だがそれのみだ。放課後、毎日顔を突き合わせているというのに、彼女から俺に話し掛けてくることは皆無であった。

最初は俺もそこそこ頑張っていた。何も知らない彼女に対する質問(のような話題)を毎日帰寮後考えてはまとめ、それを抱えて登校していた。が、そんな一方通行な話題をいくら出したところで発展は見込めなかった。つまり3日で話すネタは尽きたのである。

これじゃ一人芝居もいいところだ。

結局まともな会話も、共通の話題も見つからないまま一週間が経った。これ以上彼女との間に流れる重苦しい沈黙を打破する方法が見つからない。思わず途方に暮れた。

まさか、一週間がこんなに長いだなんて思わなかったよ…。

会話をする、という行為がどれ程尊いかということを改めて知ったような気がする。喋れないって辛い。

彼女に見えないように小さく息を吐いて手渡された日誌を脇に挟む。それも今日で終わりだ。明日からはまた、いつもの東堂尽八が待っている。

それじゃ、と声を掛けようとしたその時初めて真正面から彼女を見た。それは相手も同じだったようで、ぱちくりと大きな目を瞬いて見せる。…そういえば、今まで一度もこうしてちゃんと目が合ったことはなかったかもしれない。

「…あ、」
「あー…東堂くん。一週間、ごめんね。日誌提出よろしく」

だのに、何故だ。

すっと逸らされた目が俺を写さなくなった瞬間に、このままでいいのか?と誰かの声がした。

それじゃ、と席を立った小野田。隣を通り過ぎた彼女の、伏し目がちなその視線の先が気になった。彼女は何を見ているんだろう?その「ごめん」の意味は?申し訳なさそうに下がった眉は、一体なにを俺に伝えたかったのか。

ずっと、彼女が俺に訴えていたこととは?

もしかしたら俺は、ずっと、ちゃんと、"小野田"を見ていなかったのかもしれない。

そう思ったら、急に気持ちが変わったのだ。今までずっと、息苦しくて堪らなかった彼女との時間がやっと終わる。解放されるとそればかりだった癖に。

「っ待て!小野田!」
「わっ!?びっくりした…な、なに?」
「やっぱり、一緒に来てくれないか」
「え?」

日誌、出しに職員室まで。

東堂尽八。これが生まれて初めて女子に対する誘い文句であった。

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