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終わりなんて気休め


新学期。誰もが浮かれる春に開かれたヒルクライムレース。そこで俺は運命的な出会いをする。

一年の終わりに出場した同様のレースで初優勝を飾り、山神と讃えられたこの俺を知らないオーラゼロの玉虫野郎。

自転車に乗っている人間で全国でも常勝校である箱学の名を知らぬ者はいない。それは個人レースも然りだ。なのにこの男は知らないと言ったのだ。俺のことを。

それこそ総北なんて無名校聞いたこともない。どうせ今回も俺が優勝だと息巻いていたのにそいつと一緒に走った時、度肝を抜かれた。異様な走りと湧き上がるオーラ、プレッシャー。何より山を登る奴の姿はなるほど蜘蛛だと納得させられた。

つまり奴との一回目の勝負には負けてしまったわけだが、次に出場したレースで奴と競り合った時は俺が勝利を収める。そうして何度か大会で出会し競い合う内に俺は奴のことを自身のライバルだと認めるに至った。

それからというもの更に毎日ロードに乗るのが楽しくなった。巻ちゃんと走る日を思い、勝負出来る事が待ち遠しくなった。無理矢理連絡先を交換し、それ以降毎日のように電話を掛けているのだが正直無視される事の方が多いのが現状だ。だが辛くはないぞ。

「今度のヒルクライムでも巻ちゃんとは会うからな!」
「ふーん、よかったね」
「そうだろうそうだろう!そうだ、良ければナマエも見に来るといい!少し距離はあるがバスに乗ればすぐだからな!」
「えー嫌だよバス乗るの面倒くさいし」
「めっ面倒くさいか!?」
「まず外に出たくない」
「室内にばかり引きこもっていると健康に良くないぞナマエ。適度に日を浴び栄養を考えた食事を摂ってだな…」
「はいはい気を付ける気を付ける」
「はいも気を付けるも一回だ。そもそもナマエはいつも…」
「あ、福富くん。これこの間ノート借りたお礼」
「いや、気を遣わせたな。すまない」
「って話を聞け!それからお前たちいつからそんな仲良しになったのだ!?」

進級と同時に行われたクラス替えで新たにクラスメイトとなった、同じ自転車競技部の福富寿一。ナマエと奴の席は確かに近い。物静かな者同士気が合うのか時々二人が会話をしている姿も見かけた。だが物の貸し借りをするほどとは…盲点だった。

ナマエから何かを受け取ったフクが一瞬表情を緩めたのを見て、眼球が飛び出るかと思った。もしここに荒北がいようものなら「鉄仮面笑えんのォ!?」などとフクに詰め寄りそうだ。なんだ!?ナマエから何を貰ったのだフク!?

「小野田、これは…これを、俺が貰ってもいいのか…?」
「うんよかったら貰って。この前好きって言ってたよね?学食のアップルパイ」

待て、待ってくれ…!お前たち、ま、まさか好きなものを教え合う仲にまで発展していたというのか!?というかフク、お前の好物、二年もチームメイトをしているというのに知らなかったぞ俺!どうして教えてくれないんだフク!!

「あ、ああ…!ありがとう!お前は…強い!」
「ちょ、泣かないでよ福富くん。そんなに嬉しかったの?」
「ああ…嬉しい!」

フクはナマエから貰ったアップルパイを両手に収めるといつの間にか元に戻っていたその変わらない表情のまま涙を流した。相当嬉しいということは伝わったが、正直その泣き顔だけは受け入れ難いものがある。なんというか、怖いぞ。

それはナマエも同じだったようで、真顔で泣き続けるフクを困ったように見ていた。だがしばらくすると困惑に染まっていたはずの表情を緩め、喜んでもらえたならよかったよと笑みを浮かべたのだ。信じられなかった。何故ならフクより一年長く一緒にいる俺でさえ未だにナマエに笑いかけてもらったことなどなかったからだ。

「何故だ…何故なんだナマエ!!!」
「うるさ…急に叫ばないでっていつも言ってるじゃん。なに?」
「なにって…」
「む?なんだ東堂、今度は俺のことをじっと見て…ま、まさか!?このアップルパイはやらんぞ!」
「いらんよ!大事そうに隠さずとも取らねーし!あと俺が言いたいのはそういうことではなくてだな」
「お、なんだ集まって楽しそうだな!」
「…新開か」

俺の声を遮って現れたのはフクと同様、部活のチームメイトであり、今年度からクラスメイトとなった新開隼人。女子人気もさることながら実力も兼ねそろえているこの男のことを少し前ではキャラ被りだなとライバル視していたのだが、今は巻ちゃんというライバルがいるため以下略。

「ん?どした寿一嬉しそうな顔して。良いことでもあったのか」
「ああ、小野田からアップルパイをもらった」
「そうか、よかったな。ありがとうなナマエ。今度何か奢るよ、寿一が」
「うむ」
「いや何なのそれ…これお礼なんだけど。あーでもまあ、いいか。うん、ありがとう」

そう言って諦めたように息を吐いたナマエを見て頷くフクと新開。俺を放置し何を三人で楽しくお喋りなんかしているのだと嫉妬にまみれていると今度は新開が、そういえばさ、と会話を続けていく。

「この前行ったあのラーメン屋、また新しい種類の餃子出しててさ。今度はフルーツミックス味。女子はこういうの好きなんじゃないか?旨そうだろ?」
「は?ちょっと何言ってるか分からない」
「なんで。なあ寿一、今度部活休みの日に食いに行こ」
「すまん新開、俺は遠慮する」
「じゃあナマエ付き合ってくれ」
「断固拒否」
「なんでだよ、絶対旨いって。チョコバナナ餃子も最高だったし」
「そう思ってるのは新開だけだから。ね、福富くん」
「ああ」

例のおやつと餃子を掛け合わせた未知の食べ物の味を思い出したらしい二人が渋い顔をして断る傍らで新開だけが残念そうな顔をしている。その会話に混じることが出来ず溜まった鬱憤はまたしても発声という手段で解消するしか方法がない。まるで小さい子供である。

「お前たち!!いつの間に!!仲良くなったのだ!!」
「わっ!もーびっくりすんじゃん…耳元でいきなり叫ばないでよ東堂。なんでそんな不機嫌なの?」
「はは、嫉妬か尽八。別に取って食おうってんじゃないんだからさぁ…うわ、顔すご。あ、そうだ尽八フルーツ餃子一緒に食いに行く?」
「いや諦めないな!?というかそれは一体どんな食べ物なのだ!?想像もしたくない!」

ようやく言えたといわんばかりの俺を見て、ナマエが小さく頷いた。そうだろう言ってやったぞ!!

ナマエのその反応だけで満足してしまった俺だったが、どうやら今の一言が新開に火をつけてしまったらしい。奴は自身が思うであろうフルーツ餃子について、次の授業用にフクが机の上に準備していたノートを手に取ると、それをホワイトボードに見立て、さながら会議で行うプレゼンの如く説明を始めた。見た目はこう、味はこうだ等一人で盛り上がる新開をフクもナマエも呆れたように見ているが、ほんの少し表情が柔い。

さすが女子本気度ランキング一位のこの男。少々抜けているところもあるが奴は場の空気を操ることに非常に長けている。先程から遠目でこちらの様子を伺っていたらしいクラスメイトの女子も、普段はそこまで親交のない男子でさえ今はそのプレゼンに夢中になっているのだからさすがだ。

顔は鉄仮面だがロードに乗っている時以外は物静かで穏やかなフクと、同じくロードに乗っている時以外は良い意味で軽薄な新開。俺はそんな二人のことを友人としてリスペクトしているし、同時にとても嫉妬しているのだ。

何故なら奴らと一緒にいる時のナマエはどこか楽しそうで、それこそよく笑みを浮かべている。特に新開のこうしたおふざけに関しては尚のことだった。そのことに気付いてからは何だかとても複雑で、今もこうして新開に対し妙な対抗心を燃やしている。

「新開め…やるな。さすがは俺のライバルの一人」
「新開の方は東堂のライバルになった覚えはないと思うがな」
「私もそう思うよ」
「なぜだ!?」
「なぁ寿一、ナマエ、尽八も聞けって。それでさ、フルーツ餃子の生みの親が…」

去年に比べると随分と騒がしくなってしまった彼女の周りはそれでいて居心地が良い。時々、ナマエ曰く声や存在が目立つ俺や新開に対して鬱陶しそうな目を向けることもあるが、溜め息を吐きつつも側にいることを許容してくれているようだった。

ナマエに俺という人間を知ってもらう。そして、いつかは彼女のことを知ることが出来たら。当初のそんな目的は、やはり俺の一方通行のみで未だ達成出来てはいなかった。

けれどこうして友として、たわいもない話を出来るだけで、ほんの少し満足しているだなんて言えばナマエはどんな顔をするだろうか。きっと例の餃子の時のように渋い表情をして俺のことを見るのだろう。


短い生を終え散った桜の変わりに青葉が芽生える初夏。俺たちはもうすぐ二度目の夏を迎えようとしている。

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