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人生は出来損ないの喜劇


※未成年飲酒描写あります



「はぁ……」

深く重たい溜め息を吐き出し、隣で寝息を立てている彼をそっと見下ろす。ぎゅっと痛いくらい私の腰に纏わりつく艶かしい腕は息を殺しどれだけ力を込めてみても外すことは叶わず、何回目かのチャレンジの後諦めた。

……どうしてこんなことになったんだろう。目覚めてからもう何度この問いを自身にしたか知れない。遠い目をしてみても事態は一向に良くならないけれど現実逃避しなければやってられないのだ。



思えばその日、私はとことんついていなかった。

朝からある会議の為に何度もかけていたはずのアラームはいつの間にか切れていたし、ぎりぎり寝坊は免れたものの会議中に襲った睡魔に抗えずブチギレ上司から大目玉を喰らい。挙句の果てにはキラキラ女子である同僚から押し付けられた仕事が終わらず、ようやく会社を出たのは日付が変わる数分前だった。週の始め、これから約五日間も続くだろう地獄を思うと本気で泣けた。初日からこんなのあんまりじゃないですかね。

明日も朝から仕事がある。とはいえ自宅に直行からの睡眠コースはさすがに悲しすぎて帰り道に寄ったコンビニでお酒と適当なおつまみを買った。

酒を呷りながら家路を辿るという行儀の悪い行いに若干の罪悪感を抱きつつも、大量に買った缶チューハイの三本目を開けた頃にはもうそんなことどうでもよくなっていた。

「ヒメカのやつ…何が、キラキラ女子だバーロー…名前までキラキラしやがってよぉ…ひっく、ふぇぇ、会社やめたいよぉ…」

強いアルコール飲料を立て続けに摂取したせいか足元も情緒もぐらぐらで。自宅まであと数メートルというところまでなんとか転ぶこともせずやってきた時だった。目の前に現れた、行く手を阻むほど高く積み上げられた黒いナニカを見つけたのは。

「…なに?」

千鳥足ながらもそろりと一歩近付けばそれは一つではなく、なんなら重なり合い束と化していた。束というと札を思い起こす人が大半だろうが“これ”はそんな無機物なものではなくニンゲンで……は?人間?

今思えばあり得ない光景…というか、そんなものを素面で見つけた日にはUターンダッシュ一択しかない。怖い、やばすぎる。薄ぼんやりとした街灯のせいで発見が遅れたが、よく見るとその人間の束はボコボコの血だらけで生きているのかさえ怪しい容貌だった。…え、救急車とか呼ぶべき?

一瞬頭を掠めた通報という二文字はけれどすぐに消えてった。何故ならその束の向こう側にぽつんと一人、立ち尽くす少年らしき人影があったからだ。

「…ねぇ、君、大丈夫?」
「…あ?」

おそらく、白、だろうか。膝ほどもあるいかついジャケットをナニカで黒色に染め上げた小柄な男の子は私が掛けた声に不機嫌そうな声を上げて振り向いた。顔に張り付けた血らしきものを拭いもせず、真っ暗な瞳をこちらに向ける。肩にかかる長髪にも所々汚れがついているようだったけれど薄ぼんやりとした街灯でははっきり視認することは出来なかった。

彼はピクリとも表情を変えず、ただ強い拒絶だけを纏って私を見ていた。頬にこびりついた血痕がまるで泣いてるみたいで――…まぁ今思えば何をどう見ればそうなるのかって感じだが。怖いもの知らずにもふらふらと近寄れば案の定「…なに?お前も殺されてーの?」ドスの効いた声が飛んでくる。けれど私は止まらなかった。止まらないどころか。

「どしたの?怪我した?はい、拭く?ここほっぺ血ついてる」
「…は?」
「こんな時間にひとりでいちゃ危ないよ?変な人に襲われたらどうすんの」
「何言ってんのお前」
「お家ちゃんと帰れる?送ろうか?」
「……」
「もう遅いしさ、おねーさん家この近くだから君さえよかったらくる?あ、待って大丈夫、誓って変なことはしません!」

捲し立てるように、呂律の回らない口を動かし誓いを立てた。完全な不審者だった。そんな私をじとりと値踏みするように見つめていた彼は「頭おかしいんじゃねーの」吐き捨てるように言ってからこれでもかと眉を寄せた。はい、ごもっともです。



というわけで冒頭に戻る。…いや分からんて。ズキズキと痛む頭と鈍く痛む下腹部。ベッドの中には一糸纏わぬ男女。……分からん分からん何にも分からん。だらだらと背中を流れる冷や汗はきっと二日酔いのせいだ。そうだ、そうに決まっている。恐る恐る見下ろした先、私に擦り寄るようにしてすこやかに眠り続けている彼はどう見たって成人前だ。なんなら義務教育を終えているかも危ういレベル。………待て待て待て、まずいことになった。これはまずい。

確かに昨日、私は相当酔っていた。酔った勢いで「やめろ」だの「離せ」だのと嫌がる彼を「まぁまぁ遠慮せずに、あ、うちでお風呂入る?服結構汚れてるね?」なんて無理矢理腕を引いて我が家へ拉致し浴室へと突っ込んだ挙句「風呂上がりだし水分補給いるっしょ?」とあろうことか冷蔵庫でキンキンに冷やしていたビールを提供し。

「ひぐっ…うう、私のビールが飲めないっての…?ひどい…」

全てを諦めたような顔で二口だけ含み、途端に苦い表情をした少年から勝手に缶を奪い取り飲み干して。

「あは!楽しー!楽しいねぇまんじろーくん!あ、私もう一本飲もーっと!君も飲む?えいっ!冷たい?ねぇ冷たい?あははは!」

何を思ったか、冷蔵庫から新たなビールを取り出して鬱陶しそうに顔を背ける彼の頬へ冷えた缶を何度も何度も押し付けた。……いや昨日の私マジで頭打ってんな。

二十数年生きてきて自分がこれほどまでにヤバい奴だとは思いもしなかった。初対面の、おまけに未成年を自宅に連れ込み…多分、やっちゃって。それ以降の記憶が微塵もないところを見るに完全にトんでしまったのだろうけど、酒に酔っていたとはいえしっかり理性をコントロール出来なかった自分が恐ろしくてたまらない。

「私これ捕まる…?え、やだ怖どうしよう……」
「ん……おきたの?」
「ヒェッ」

完全に自分の世界に入っていて忘れていた。寝起き特有の掠れ声を出した少年は私の腰に回していた腕をもぞもぞ、動かしたかと思いきや次の瞬間もの凄い力で引き寄せた。あまりの腕力に驚いてバランスを崩し、危うくその上に倒れ込みそうになるのをすんでのところで持ち堪えて。

「ちょ、あぶな…」
「ねぇ」
「え?」
「もう一回しよ」
「は!?ちょ、だ…っ」

まだ完全に目が醒めていないのか、寝ぼけ眼のままそう宣った彼は器用に体勢を変えると私を組み敷き慣れたように唇を奪い取る。決して強い力ではなかったのに抗えず、そのまま流されるようにして身体を許してしまった愚かな私はまたしても一つ罪を重ねてしまうのだった。

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