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場地の元カノと佐野万次郎


※単行本14巻 時間軸
※とある動画を見て滾った産物
※死ネタ





中学時代大好きだった人。成績も出席日数も足りなくて異例の留年をした彼とはたった一年しか同じ教室で過ごすことは叶わなかったけれど、勇気を出して想いを伝えた私に「あー俺も」そう言って照れ臭そうに笑った顔を見た時はきっとここで一生分の幸せを使ってしまったに違いないと思った。

そこから始まった淡い日々は今でも私の中でかけがえのない宝物だった。たっぷりと背中まである黒髪を靡かせ無茶ばかりするその人は私のことをとても大事にしてくれた。口癖のように「ケッコンすっか」と犬歯を覗かせ笑う顔が何よりも好きだった。人生で初めて付き合った私のとても大切な人、場地圭介。

圭ちゃん。そう呼べば「んだよナマエ」って目を細めて私の名前を呼ぶ彼はもうこの世のどこにもいない。




「…ナマエ?そんなとこで何してんの?」
「…ううん、何もないよマイキーくん」
「そう」

それから私は壊れてしまった。真面目に通っていた学校もまっとうに生きていた筈の人生も気付いたら壊れて消えていた。彼が、圭ちゃんがいなくなったその日から何も感じなくなってしまったようだった。

落ちて、落ちて、落ちた先にマイキーくんがいた。暗闇に染まってしまった瞳をたずさえ何も感じていないような表情で「俺と一緒にいく?」そう言った彼に気付いたら私は頷いていた。もう何もかもどうでもよかった。

部屋に入ってきたマイキーくんは圭ちゃんを彷彿とさせるような長い黒髪を揺らし、微かな硝煙と血のにおいを漂わせてこちらへとやって来た。深く息を吐き手に持っていた拳銃を握りしめると窓辺に寄りかかっていた私の肩に顔を埋める。

お互いの空洞を埋めるように彼と身体を重ねたのはいつが始まりだったっけ。なんの感情も待ち合わせないただの解消行為をふと思い出してまぁそんな些末なことどうでもいっかと自己完結した。それももう今日が最後なのだから。

「全部終わったよ…これで、あとは俺たちだけ」
「そっか…ようやく終わるんだね」
「そうだよ、ようやく全部終わるよ」
「うれしいね」
「うん、うれしい」

うれしいと口々に言って渇いた笑みを浮かべた私たちに果たしてそんな感情は残っているのだろうか。否、そんなものとっくの昔に磨り減って消えていった。自分以外の誰かを殺すたび、目の前でまた一つ命が消えていくのを見るたびに私は圭ちゃんのことを思い出す。圭ちゃんの色も温度も何もかもをなくしたあの死に顔を思い出して、興味も何もない殺した相手に向けて涙を流す。

痛かったね、苦しかったね。私が変わってあげられればよかったのに。変わってあげたかったのに。どうして一人で逝っちゃったの。どうせなら私も一緒に連れてって。

物言わぬ屍と化した誰かにそんなこと言ってみても叶えてくれるはずもないのに、狂ったように繰り返す私をマイキーくんだけが止めてくれる。それは場地じゃないよって至極当然のことを言って。

「マイキーくんは髪、切らないの?」
「…なんで?」
「向こうに行った時、真似すんなって圭ちゃん怒りそうじゃない?」
「どうかな…怒ると思う?」
「ん…どうだろ…なんか自信なくなってきた」
「ハハ、多分当たってる。場地すぐキレっから」

そう言って笑みを浮かべた後、懐かしい思い出に浸るようにマイキーくんは目を閉じた。圭ちゃんの話をする時、私はちゃんと息をすることが出来る。色のない世界に色と音と匂いがついて、圭ちゃんのいないつまらないこの世界を唯一惜しみたくなる。

もう何度したか覚えてないくらい同じ話を繰り返し語り合う私たちは、どこにもいかずにいつまでも同じ場所を歩き続けている。思い出だけを寄せ集めて僅かな酸素だけで息をしている。…ああ、でもそれもようやく終わるんだね。

「マイキーくん、お願いしてもいい?」
「…ああ」
「でも、きみはどうするの?」
「俺は大丈夫…当てがあるんだ」
「そう、分かった」
「…準備できた?」

自分で引き金を引くのは怖い。もし圭ちゃんと同じ場所に逝けなかった時、きっと私はこれ以上ないくらいに壊れてしまう。それならいっそ、人を殺すことが上手なマイキーくんにお願いしたい。そう言った時、彼は普段と変わらない無表情を貼り付けて「いいよ」と言った。

無敵のマイキー。あの頃圭ちゃんがいたチームで一番の実力を持っていた、最強なこの人にすべてを預けるなら安心だと静かに息を吐く。けれど私は知っている。無敵じゃないマイキーくんのことを。大事なものを失う恐怖からぜんぶぜんぶ自分で壊してしまった…酷く傷付きやすくて、誰かに縋ることを躊躇う弱くてとても優しいひと。

彼は私とは違う。かつての仲間を手にかけたマイキーくんは何も感じていないふりをしていつも一人で何もかもを背負う。ねえ私、知ってるんだよ。マイキーくんがたまに一人で涙を流していること。

「ねえ、最後にいいかな」
「ん?」
「はい」
「…は?」
「おいで、マイキーくん」

冷たい銃口を額に当てられたまま両腕を広げた私を見てマイキーくんが訝し気な顔をする。今まさに引こうとしていたトリガーを躊躇したように離した彼の方へ身を寄せ細いその腰へと腕を回すと頭上から戸惑ったような声が降ってきた。

「ナマエ?何を…」
「私たち、よく頑張ったよね」
「え…?」
「疲れちゃったね、マイキーくん…もうくたくただね」
「うん…くたくただ」
「やっと休めるね…大丈夫だよ、あとちょっとで楽になれるからね。もう少しの辛抱だからね」
「…ん」

そう言った私を包み込むように強く抱き返したマイキーくんは小さく声と身体を震わせ頷いた。…泣いている。そう思ったら唐突に彼の顔が見たくなってもぞもぞと腕の中で身じろいだ。顔を上げれば思った以上に近い距離で私を見下ろしていたマイキーくん。彼の瞳から一粒こぼれた雫はまるで晴れた日に降る通り雨のようで血色の悪い私の肌を潤すようになめらかに滑り落ちていく。

最初で最後、初めて見た彼の涙はとても神秘的だった。ただただ綺麗だった。無意識の内に溢れていた、きれいだなぁという吐息混じりの私の声にマイキーくんは何かを堪えるように渋い顔をした後でまどろみの中にいるようなうすぼんやりとした笑顔を浮かべた。その笑顔に何故か、すべてを赦されたような…そんな気がして。

「笑うと可愛いんだね、マイキーくん」
「ナマエうるさい」
「ふふ…ね、向こうできみのこと待っててもいい?」
「…やだよ、場地にキレられんの俺だろ」
「大丈夫だよ、圭ちゃんは心が広いからきっと分かってくれる」

抱き合って秘密を教え合うみたいに小さく笑い合えばなくしたはずの、忘れていた何かが胸に灯る。…これは、なんだっけ。

「…お前も」
「え?」
「お前も笑った方がいいね」

瞳の端っこに僅かに涙を残したままマイキーくんがそう言った。…誰かに褒められたのはいつぶりだろう。

『歩くのおせぇなぁナマエは…ん、手』

いつか聞いた大好きな人の声が頭の奥でリフレインする。圭ちゃんが振り返って私の手を引く。大事なものを守るみたいに酷く優しく、私のよりも大きな骨ばって傷だらけのその手に包まれるといつもふわふわと浮いたような心地がする。

…ああ、そうか、そうだった。嬉しいってこういう時に使うんだ。

「…マイキーくん」
「ん」
「ありがとう」
「…うん」
「またね」
「っ!」

私のこめかみに優しく当てられた冷たい銃口。トリガーに手をかけたマイキーくんの手に自分の手を重ねて出来る限りの笑顔を浮かべる。彼は泣いていた。瞳いっぱいに溜めた涙を溢れさせて「バイバイ」そう言った。私はバイバイとは言わなかった。だってこれは決して別れなんかじゃない。

彼とはきっとまた会える。何故かそんな確信があった。私の息の根を止めてくれる冷たくて硬いそれに擦り寄れば次の瞬間目の前で火花が散った。上手なマイキーくんのお陰で痛みも感覚もないままゆっくりと意識が消えていく。

「また会おうね」

その声は言葉として成立していただろうか。彼にちゃんと届いたろうか。

ねぇマイキーくん。私たちは最後まで上手には生きられなかったね。大切なものを失って、壊れて、狂って、いろんなものを壊して。辛かったね…とても苦しかったよね。だけどね、今になって思うんだ。マイキーくんがいてくれたから私、圭ちゃんがいないがらんどうな世界でも息が出来たよ。

マイキーくんも同じかなぁ…同じだったら、嬉しいなぁ。


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