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松野千冬は彼女が尊い


こういう言い方をすると語弊があるかもしれないが、俺は女の子が好きだ。男の自分とは違う骨張っていない身体も、香水をつけているわけでもないのに側にいると香る甘い匂いも、全てが特別だと思う。そう、息をしているだけもう尊い存在だ。

そんな思想に導いたのは言わずもがな自身の母親で、小さな頃から繰り返し、女の子は尊い、優しくしろとそれこそ刷り込みのように言われてきた。しかし好きな子がいる場合は別だ。上記で述べたその全ては、その子にのみ当て嵌まる。つまりは、今の彼女のことなのだけれど。

「は?千冬きもい」

女子がさー耳に髪かけるあれ、イイよな。ふと漏れたそんな一言に対する返事がそれである。目の前でドン引きしている人生初の彼女、ミョウジナマエ。タケミッチの彼女である橘日向経由で知り合い、つい最近お互いの気持ちが通じてこうして付き合うに至った彼女は時々、こうして華麗に俺の心に右ストレートを決めてくる。

普段は俺にべったりで甘えたな性格をしているこいつだが、一旦スイッチが入るとこうだ。嘘を吐くことと変に気を遣うのが苦手で辛辣な言葉をつらつらとぶつけてくるものだから、俺もつい反射的に言い返してしまうわけで。

「お前、顔は可愛いのに口悪いよなぁ」
「はぁ?どういう意味?」
「べつにーそういう意味ー」
「何それ…むかつく」
「ちょっとしたことですぐ怒るし」
「それは千冬が…もういい」
「ほらなーペケ、ナマエはすーぐ怒んだよ。困るよなー」

やばい、このままではまた喧嘩に発展してしまう。そんなの最初から分かり切っているくせに言い返してしまう俺も俺だ。まだまだガキである。

ただ最近多い彼女との衝突は言い合いよりも剣呑なこの雰囲気の方がよっぽど精神力を削られる。まだ男同士で殴り合いの喧嘩をする方がましだと思う。どうにか空気を変えようと足元に寝転がっていたペケJを膝に抱えれば、喧嘩の仲裁の為に無理矢理起こされたそいつは抗議の声を上げるように一声鳴くと、痴話喧嘩に巻き込むんじゃねーとばかりに俺の部屋を出て行った。…まずい、この空気どうすればいい?

だがそう思ったのはどうやら俺だけではなかったらしい。普段なら絶対先に折れないナマエが、去っていったペケJから俺に視線を移すと困ったように笑った。

「…ペケちゃん、なんて言ってた?」
「あー…喧嘩すんな、仲良くしろってさ」
「そう」
「…ごめん、むかつく言い方した」
「いや、うん…私こそすぐ怒ってごめん」
「ん」

よかった、どうやら今回は大丈夫そうだ。ナマエの表情が緩んだのを確認し大事に至らなかったとほっと一息ついていると「でも、一つだけ言いたいことがある」と少し硬い声がして一瞬で背筋が伸びた。

なんだ、これは今までにないパターンだ。真剣な顔でじっとこちらを見ている彼女からは先程のような怒りの感情は窺えないが、逆に何を考えているのか分からず不安になる。一体何を言われるんだろう。ま、まさか別れたいなんて言わないよな…!?え、俺別れたくねーんだけど!

「あのね、千冬…最近ずっと思ってたんだけど、」
「待ってくれナマエ、俺お前と別れるのは…」
「女子って括られると私以外の子のこと褒めてるみたいで…その、嫌だから…やめてほしい」
「へ…?」
「…これでも私、嫉妬深いんだよ。知らないの?」

そう言って拗ねたような表情で俺を見上げ、そっと手を重ねてきたナマエはさっきまでと打って変わってとても煽情的で、口内に溜まり始めた唾液を慌てて飲み干す。

「…知ってる。ごめん、もう言わない」
「うーん…それじゃ不安だな。ね、千冬は、私のこと好き?」
「な、わ…っ好きに決まってんじゃん」
「いちばん?」
「っ当たり前!」
「よし」

じゃあ許してあげる。口角を上げて満足そうに笑みを浮かべたナマエは、次は許さないからなんて爆弾を落としつつも俺に向かって腕を伸ばして。

「ねえ千冬、仲直りにぎゅーして」
「…ん」

誰よりも愛しい顔で甘えてくるから、学ばない俺は今日もそんな彼女を見て、ああやっぱりナマエが一番尊いなぁなんて呑気なことを思うのだ。俺とは違う柔らかくて甘い匂いのする彼女の身体を壊れないようにそっと抱きしめて、酔いしれるように目を閉じたある日のこと。

数分後また別の言い合いが勃発し、またやってしまったと内心後悔している俺の元に呆れた顔で戻ってきたペケJに救われるまであと少し。


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