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三途春千夜と親友


※梵天軸春千夜と親友の一般人のお話
※短い上に会話もほぼない




自分で言うのもなんだが、私はとりわけ特徴もない平凡な人間だ。毎日決まった時間に起きて職場へ赴き、誰がやっても大して変わらない仕事をこなし、たまに就業時間内で収まりきらなかった業務をだらだら片付けて家に帰る。毎日毎日同じことの繰り返し。いい加減飽き飽きする。

けれど平凡な私にもたった一つだけ自慢出来ることがある。

「…春ちゃん、次はいつ会えるかなあ」

春ちゃんこと、三途春千代。私の親友。彼は私にとってこの世で唯一非凡な存在だ。はっきり本人の口から聞いたわけではないけれどおそらくアンダーグラウンドな世界で生きている彼は平凡な私の人生にぱっと色をつけてくれる特別な人。

春ちゃんと出会ったのは随分と昔、お互いに学生だった頃のことだと記憶している。とはいえ十年以上も前のことなので正直詳しいことはあまり覚えていない。ただあの頃の春ちゃんは女の子と見紛うほどに可愛くて綺麗だった。背中にさらりと流れるプラチナブロンドヘアには憧れを通り越して嫉妬したくらいだ。

現在襟足だけを残して切り落とされてしまったあの美しい髪がとても惜しく感じる。さすがに今の蛍光色はえげつない。とはいえ彼ほどともなるとどんな色でも似合ってしまうのだからさすがだと思う。

人目を惹く容姿も普通ではない生き方も彼を取り巻くすべてが私にとっては非日常、かけがえのない存在だ。最近は月に一、二回会うか会わないかなので少し寂しい。寒くなってきたから春ちゃん用に新しく毛布も買ったのに。洗濯して天日干しまでしたのに。

しかも写真付きで『お気に入りの柔軟剤を入れお日様を浴びた柔らかい毛布です、よければお使いください』なんて数回使ったことのある化粧品会社から突然よく分からないサンプルが送られてくるくらいサプライズに富んだメッセージを送ったのだがいつものように既読だけしてスルーされた。悲しい。

なので今日も私はひとり仕事の愚痴を肴にビールを呷る。……あ、つまみ買い忘れた。あーあ。

なんか、一人で飲んでもつまんないなぁ。春ちゃんと一緒に飲みたい。どういう情緒かは分からないけど偶にめちゃくちゃなテンションで絡み酒してくる春ちゃんが面白くて大好きだ。随分前に撮ったあの動画でも観ながら会った気になろうかな。……いや、逆に寂しくなりそうだしやめよう。

春ちゃん…最後に会ったの、いつだったっけ。



「…ん」

一人黙々と酒を口にしていたせいか、だらりとソファーに埋もれたままいつの間にか寝落ちしていたらしい私。電気やテレビを消した記憶はないのに真っ暗で静かなリビングに寝起き特有の掠れた声が響く。

酷く重い頭。同様に身動ぎしようとしても動かない鉛のような身体に疑問が浮かぶ。確かに空腹な胃に酒を流し込んだ。その弊害がこの頭痛だということは分かっているけれど身体が重くて動かせないなんてこと今まであっただろうか。…もしかして空腹に飲酒って続けるとまずいの?身体に出るとか?うそ大丈夫か、私の胃よ。そう思いながら腹に手を伸ばしたところでぴたり、動きを止める。

……ん?なにこれ、布団?布団なんか掛けてたっけ?

毛布とはまた違う不思議な手触りのそれをひたすらまさぐりながら、いや違う…これ布団じゃないわ…と朧げな頭で思い至った時、それは小さく身じろいだ。

「…うっぜぇ、なに?」
「え?春ちゃん?」

聞こえた不機嫌な声と払われた手、暗闇にようやく慣れてきた私の目に映る見慣れたシルエット。腹の上に乗っているのが毛布ではなく、親友の彼の頭部であると判断したポンコツな自身の脳はこれでもかとドーパミンを出しまくる。春ちゃんだ。春ちゃんだ…!

「春ちゃん!」
「うるっせんだよ…頭に響くだろうが」
「なに、もしかして春ちゃんも飲んでんの?もー言ってよお酒ならまだあるよ」
「いらねーわ…接待で死ぬほど飲んできた」
「そう?あ、電気消してくれたの春ちゃん?ありがとう」
「んー」
「ねぇ久しぶりだね、元気してた?私が送ったメッセージ見た?ねぇねぇ」
「…見た、邪魔」

私の腹の上でそのまま眠りに就こうとしている彼の肩を揺すれば短い返事と共に鬱陶しそうに手を払われた。次いで「ねみぃんだよ」不機嫌な声で言い私の腰を引き寄せ顔を埋めた春ちゃんに、こっちはもう目が覚めたし久しぶりに会ったんだから構ってくれても良くない?と言わんばかりに擦り寄る。寂しかったんだぞ。

「なにさ、久しぶりに会ったのに」
「…つかさみぃ。俺の毛布どこ」
「寝室の押し入れの中」

重そうな瞼をかろうじて開いた彼は私の返事を聞くなり徐に立ち上がるとよたよたと寝室の方へ向かう。その後を追いかけつつ「眠いの?」問えば「かなり」と短い返答が。どうやらアングラなお仕事の方が相当忙しかったようだ。接待で飲んできたその足で我が家にやって来たということはもしかするとひと段落ついたのかもしれない。ふらふらと目の前を覚束ない足取りで進む春ちゃんを見て一息吐いた。君は今一体何徹目なの。

寝室に入り数歩、置かれているシングルベッドに倒れ込むように横になった春ちゃんは「ナマエ、毛布」私の枕に顔を埋めたまま掠れた声でそう言った。これは即寝パターンだなと久しぶりに会えた嬉しさに舞い上がったテンションを仕方なく鎮めて押し入れから引っ張り出してきた真新しい毛布を彼の身体へと掛けてやる。

「おやすみ、春ちゃん」

蛍光色に染まったその頭をひと撫で、ふた撫でしてしばらく。聞こえてきた規則的な寝息に浮かぶ笑み。

春ちゃんは非凡だ。見た目も中身も、全てが平凡な私とは正反対な世界で生きている特別な人。

けれど寝ている時だけは彼もただの人に成り下がる。あどけない寝顔を晒す、大好きで唯一の私の親友。

彼の目が覚めたら誘ってみよう。一緒に朝ご飯でも食べようかって。


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