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¶ 素直じゃない


「あのさあ、裕ちゃん」
「はあ?急になんショ」

未だかつて、誰もそんな可愛いあだ名で彼を呼ぶ者はいなかったろうと思う。だけどそれを敢えて踏まえて呼んだのだ、私は。だって何でも好きな人の特別でありたいじゃない。

だというのに、そんな小さな乙女心なんて露ほども分かっちゃいないこの鈍感男は思いきり眉間に皺を刻んで振り返った挙げ句、熱でもあんのかァ?なんて言う。いろんな意味で辛辣すぎる。

だけど私はへこたれない。こんなことでへこたれていたら、この巻島裕介なる男との間に愛なんて育めないと思うのだ。ん?別に?ただ呼んでみたかっただけ〜と適当な言い訳を頭の中から引っ張り出せばどうだろう。奴はなんと、きもちわるいからヤメロなんて完全に退いた目で私を見てくるではないか。ガーン!ナマエの精神に80のダメージ!

「それはいくらなんでも酷いと思うの」

彼女に言うセリフじゃないと思うの、とも言ってみる。細くて骨ばった裕介の背中にべたーっと縋りつきながら、すりすりと額を擦り付ければ。おいヤメロ鬱陶しいとオマケのように舌打ちまでされた。うむ、だけど私は諦めないぞ。だってなんだかんだ彼は優しい。口ではこうして拒絶するくせに、結局いつも諦めたように溜め息を吐いて私を受け入れてくれる。…あれ?もしかして妥協されてる?まあいいかそれは今は忘れよう。

「ねえねえ裕介、私海行きたいな」
「はあ?なんで海?まだ寒いっショ」
「今年新しい水着買おうと思ってるんだ〜!セクシーなやつ!裕介を誘惑するよ!どう!」
「ああ?イキナリなんだそりゃ…ビキニだろうな」
「おう、ギリッギリの際どいビキニ買ったるで」
「よし夏になったら行くか」

でもやっぱ際どいやつはナシな、とそう言いながら私の肩に腕を回す裕介にふふふと笑う。今の似非関西弁についてはツッコミなしなんだな〜なんて思いながら笑顔を絶やさないでいると。おい何笑ってるんショ、とニヤニヤ笑う裕介の顔が近付いてくるから。

「秘密っショ」

なんて言いながら目の前まで迫ったその顔から逃げるように胸の中に突っ込んだ。余計な肉も筋肉もない薄い胸板が好きだ。ぎゅうと手を伸ばせば簡単に回ってしまうその細い身体を抱き締めれば頭上から、おえっと蛙が潰れたような裕介の声が聞こえてまた笑ってしまう。

おまえなァ、と呆れた声が聞こえたので上目遣いで見上げてみればその隙を狙ったかのように荒々しいキスが降ってきた。ああ、やっぱり裕介の全てが大好きで堪らないらしい私は今日も彼の特別であろうと奮闘するのである。東堂くんなんてくそくらえだ!私の裕介は渡さないぞ!

end

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