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¶ ずっと見てたんだ


青八木一くん。去年、一昨年と同じクラスだった彼とはまともに話した記憶がない。教室ではいつも一人、静かに本を読んでいるイメージだ。たまに隣のクラスの手嶋くんが遊びに来ては一緒に雑誌を読むところを見かけたりもしたけれど、それでも青八木くんから何かを発信するなんて二年間一切見たことがなかった。

そして三年に進級して少し経ったある日のことだ。

「ミョウジさん、悪いが数学の教科書を貸してもらえないか」

トントンと背後から肩を叩かれて何の気なしに振り向いて驚いた。そこに居たのが進級と同時にクラスが分かれた青八木くんだったからだ。彼とは確かに二年間同じ教室で過ごしたけれど、それでも交わした会話といえば手嶋くんと一緒にいる時にたまたますれ違って言われた「おはよう」くらいのものだったかと思う。

つまりは、一瞬喋ったのが別の誰かと勘違いしてしまいそうな程には彼の声を聞いた覚えがないということだ。軽く混乱している。何故わたし?

「ええっと…はい、数学だよね。Bで良かった?」
「うん、悪いな助かる」

終わったらすぐに返しに来るから。はきはきとそう告げて去っていった青八木くん。あまりにもあっさりとしている。…一体なんだったの。呆然とさっきまで青八木くんがいた場所を見つめていたら隣の席の男子に「え?なに付き合ってんの?」と勘違いされた。いやぶっちゃけ、そういや挨拶以外に話したことあったっけ?…いや、ないなってくらいには面識ないです。ちょっと混乱続いてるみたいごめん。



そして休み時間が突入。青八木くんは約束通り教科書を返しにやって来た。しかも片手に自販機で買ったらしいストレートティーを持って。お礼だそうだ。しかも自分のおすすめだとそう言って微笑む。なんて律儀な人なんだ。ていうか笑うんだ初めて見た。…いいや待て、いよいよ謎になってきた。私は彼のなんなんだ。元クラスメイト?それとも友達という認識でいいの?合ってる?

ペットボトルのそれを受け取って、それからおずおずと口を開いた。こんなに会話を続けること自体、初めてである。

「ありがとう。あの…青八木くんさ」
「ん?」
「髪の毛染めたんだね、今更だけど」

似合ってるね、と。それは、本当に何の気なしに放った言葉であることは確か。別に持ち上げようとかそういうつもりもなく、思ったことを言っただけ。なのだけど、正直なめていたことは認める。必要最低限(というより本当に無口、無口という印象しかない位には)喋らない上に今までずっと手嶋くんの影に隠れていたからだ。

だからまさか、失礼な話ではあるけれど。イメチェンという名のマジックに掛かった彼がこんなにイケメンだなんて知らなかったのだ。こうしてまじまじと見るとなんていうか…マジでイケメンである。それ以外の言葉が出てこない。自分の語弊力の無さを恨む。

しかしおかしい、彼から返事がない。あまり表情に変化がないのは以前と変わらず、無表情(に見える)で私を見下ろす青八木くんは屍ではないはずだ。どうしたんだろう?え?もしかして私変なこと言った?それとも褒めたつもりが却って彼の癪に触ったのかもしれない。あの、なんかすみません。

「青八木くん?あの…嫌な気持ちにさせたならごめんね。つい思ってること口に出しちゃうの私、悪い癖でさ」

だから怒んないで〜…と続けたかったのだけれども。その無表情が途端に赤く染まり、思いきり背中を向けられては続けたくとも続けられなかった。…そ、そんなに!?頭に血が昇るほど腹が立ってた!?

どうしたらいい。こういう時になんて言葉をかけたら。いや、もうやめといた方がいいかもしれない。これ以上怒らせたらどうする。今後一切話し掛けて貰えないかもしれない。それは困る。

「…あの、別に嫌な気はしてないから」
「えっ?」
「ちょっと、いや…かなり、褒められるのに慣れてないんだ俺」

目も合わせずに、ほんの少し振り向いた青八木くんの顔は…なるほど照れからの赤面だったようだ。こんな顔もするんだ、と。今まで知ることもなかった彼の一面を見た嬉しさから私はまたしても口を滑らせる。

「青八木くんってば可愛いなあ」
「!!??」
「あ、ごめんつい…えっ?帰るの?青八木くん?ちょっ青八木くん!?お願い教科書は置いてって!」

次数学なの!そう叫んでも足が止まることはなかった。…ふむ、彼はどうも照れ性のようだ。え?普通あんなこと言われたら誰でも照れる?隣から青八木くんに同情したらしいさっきの男子の声がする。だからって君まで照れることないと思うの。

しょうがなく私は鞄に手を突っ込む。休み時間は残り数分。授業中にお腹が空いたときの為に入れていたお菓子の箱を取り出して、それを手に教室を飛び出した。なんとしても数Bを取り戻さなくてはならない。

三つ、同じようなドアを見送って。その向こうにある彼のクラスに足を踏み入れる。どうしてわざわざこんな中途半端に距離のある私のところまで教科書を借りに来たのか。青八木くんの真意は定かではないけれど。

声を掛けようと近付く私の気配を悟ったか、こちらを振り向き驚いたように手を上げた手嶋くんの後ろで「なんで…」なんて震えた彼の声がする。それからすぐに自分の手の中にある教科書を見てハッとして、途端に申し訳なさそうな顔をするから。

「そんな顔よりも、さっきの可愛い顔が見たいなあ」

そんな意地悪を言って、お菓子の箱と教科書を交換して。私も今度、教科書借りに来てもいいかな?なんて。そう言えば目を逸らすタイミングを失ったらしい青八木くんの真っ赤な顔が上下に激しく揺れる。やっぱり可愛い。イケメンは何をしても許されるというのは本当なんだな。

和んだ所で次の始業のチャイムが鳴る。手を振りながら慌てて青八木くんのクラスから走り出た私の背後で慣れたように手を振り返してくれた手嶋くんの笑い声がした。

「だからほら、勇気出して良かったろ?」

チャイムの音が響いていても、こちらに聞こえるように紡がれたその言葉。その言わんとする意味を理解できない程、私は鈍感じゃないけれど…果たしてそれはどっちに向けて放たれたものなのだろうか。

どうやらあの手嶋くんの噂は本当のようだ。わざとだ。それを悟らせない人当たりの良さがまた恐ろしい。そしてどこまでも観察力に優れた人だ。手嶋くんのモノマネが得意という噂は有名だけれど、その原点はまさにそこだと窺えるような発言だった。

気付かれてたのかなあ…分かりやすいもんな、私。

実はずっと、青八木くんのこと見てました。

それを伝えるのは、今度私が教科書を借りた時にしよう。そう心に決めて、鳴り終わるチャイムと同時に自分の席についた。これはそんな彼との始まりの出来事。

end

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