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¶ 新開とクラスメイト


最近、どうも視線が気になる。それは前からだったり後ろからだったり、はたまた斜め前からだったり。とにかく角度や場所関係なく、ただじっとひたすら浴びせられるのだ。私が一体何をしたというの…居心地悪い事この上ない。だけれど、

「?ナマエ、どうかした?」
「い、や、うん、何でもない」

相手が誰か、それが分かっているからこそ何も出来ない。ましてや目を合わせることすら出来ない。だって相手は…

「新開」
「ん?なんだ寿一」
「このアップルパイ、本当に俺が貰ってもいいのか。お前のだろう」
「ああいいよ。購買のおばちゃんがオマケしてくれたんだ、寿一にやるよ」

そう言って福富くん相手に人の良さそうな笑顔を向ける、あの新開くんだから。



事の始まりは、そう…一週間程前だったろうか。あの日は部活が長引いたせいで、真っ暗な校舎を半ば飛び出すように出た。運動神経も並な、おまけに重たい鞄を抱えてのダッシュはただの小走り程度にしかならなかったけど。

それでも必死になって走っていたら、静かな闇に溶け込みそうな程小さな車輪の音と共に前から自転車部らしき人影が現れる。小さなライト一つで果たして前が見えるのか…多分視界はあまり良くないに決まっている。そんな中でよくもまぁ毎日遅くまで練習するなぁ、なんて関心しちゃって。

その影がいよいよ私の横を通り過ぎようとした瞬間に、

「毎日お疲れさま」

と声を掛けたのだ。そう、相手が誰かも分からない、その人物に。だけど私はそれだけで満足してしまっていた。自分の気持ちも伝えられたし、よし私も今の人を見習ってもっと頑張らなきゃ!なんて勝手に意気込んでいたのだ。

だから、知らなかったのだ。というより聞いていなかったという方が正しい。私が声を掛けたその自転車部の誰かが、すれ違った後に背後で何かを言っていたのを。

そして明くる翌日、気分良く登校した私を待っていたのはこうして所構わず向けられる彼からの視線だったというわけ。

どうして彼からこんな熱い視線を向けられているのか、一週間が経った今も理由は全く分からずじまい。何度かその視線を辿って彼と目を合わせてみようと試みた。試みたのだが、いつもその合うか合わないかの微妙な瞬間を捉えて新開くんは私から目を逸らすのだからどうにも腑に落ちない。

なんで彼のような人気者が、通行人A程度の私なんかをこうもじっと見ているのか。もしかしたら自分でも気付かない内に何か原因となる事をしでかしてしまったのだろうか?けれど、うんうん唸って頭を悩ませてみるものの、答えは全く出てこなかった。

それから3日。とにかく毎日新開くんについていろいろ考えてみたけれど変わらず何にも出てこない。それどころか考えれば考える程もやもやしてきちゃって。新開くんからは一週間と3日経っても変わらず突き刺さるほどの視線を与えられ続けているし。実はそろそろ限界が近い。

この際、私なんかしましたっけ?とストレートに彼に聞ければ一番いい。けれど彼にとってただのモブでしかない自分が新開くんに話し掛けるだなんて烏滸がましいことは絶対に出来ない。ましてや、貴方私のことばっかり見てません?なんてセリフを誰かに聞かれた日には、テメ!モブのくせに!こうしてやる!と某人気バトル漫画でよく見る敵からの理不尽な攻撃でやられる通行人のように一瞬で消されるに違いない。ああなんて恐ろしい

そうしてガタガタと震えていたからか。む、寒いのかミョウジ?と背後から声を掛けられる。あ、だいじょ…と言いかけて振り向いた先。そこにはクラスで一番新開くんと仲良しの福富くんが立っていて。も、もしかして私なんか喋ってた…!?背筋が凍るとはまさにこの事だろう。どどどどうしよう私消されちゃう!?

ハラハラと長身の彼を見上げて、ごめんなさいモブのくせに自意識過剰でごめんなさい消さないでェェェ!!と頭にある陳腐なセリフをひたすら復唱していたらスッと目の前に差し出されたもの。へ?唖然とそれを見る私に有無を言わさず、これをやろうだなんて彼の手と共に渡ったその温かいものは。

「へ、え?カイロ?」
「大したものではないがな」

それで少しは温まるだろうなんて表情も変えずに言った福富くんに危うく惚れるとこだった。う、おおおなんという菩薩の心の持ち主だ。話したことすらないただのモブにここまで優しくしてくれるなんて。きっとヒーローだ。彼こそヒーローに違いない。でも別に寒くて震えてたわけじゃないんだよ福富くんごめんねでも凄くありがとう。

ほわんと手のひらから伝わる温もりに身体まで包まれたかのような錯覚を覚える。ああ、あったかいんだからぁってあのギャグこそこういう時にピッタリだ。ようやく使いどころが分かった気がする。

そうして自分の席に座り、早くから次の授業の準備を始める福富くんにじいっと尊敬の眼差しを向けていたら。

「…おめさん、まさか寿一が好きなのか?」

と、背後から声がして。え?まさか違うよ私はただ…と言いかけて振り向けばそこにはまさかのカイロを貰うきっかけ、というか元凶の彼が立っていて。垂れ目がちなその青い瞳をこれでもかとかっ開いて私を見ているではないか。あ、初めて話しかけられたという感想はこの際彼方に葬り去ろう。

「えーと、あの…」

それよりも私は彼になんと声を掛けたら良いのだ。福富くん同様一応クラスメイトとはいえ初対面のようなものであるし、まして新開くんは最近の私の悩みの種でもある。ていうか新開くんなんて呼ぶのすら私には図々しいのでは?え?だったらなんて呼んだらいい?貴方とか?君とか?それともお前?…いやいやいやそれはないだろうそれこそ消されるだろう怖い。

「あの、ね…」

びくびくと何故かまた消されることを考えていたモブAの私。そんなことばかり考えているからお前はモブなのだ、なんて誰かのセリフが頭に浮かぶ。そうだよね…ここは平和な国、日本。消されるなんてあり得ないよねそうだよね。

「…あのさ、ミョウジさん」
「へあっ?」
「この間、その、ありがとな。声掛けてくれて…嬉しかったんだ」

この間、とは?それを聞こうと口を開くも彼は私が言葉を放つ前にへらりと照れ臭そうな笑顔を残して教室から出ていった。どことなく、その笑顔が寂しげに見えたのは気のせいだったのだろうか。ぽつんと一人取り残されたようにその場に立ち尽くしていたら背後から聞こえた福富くんの声。

…ああ、そっか、そうだったんだ。なるほど、これで全てのピースが繋がった。あれだけ居心地の悪かった彼からの視線も理由が分かってしまえば何て事はない。なんだ、そうだったの。だったらさ。

「ししし新開くん!待って!」

今度こそちゃんと貴方の目を見てお疲れさまって言うからさ。だから、もう一度聞かせてよ。

(っあ、ありがとう!ミョウジもいつも頑張ってるな!)

あの時、貴方がくれたエール。

end

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