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欠落


現代で万次郎に撃たれ過去に戻ってきたというタケミッチ。千冬くんが言うにはどうやら彼は今、結婚式を目前にして死んでしまったことに対しての謝罪をしにヒナちゃんの元を訪れているとのことだった。

終わり次第、ここへ来るようにメッセージを入れたと宣った千冬くんはそれからタケミッチが来るまでの間、おそらく彼も今日聞いたばかりだろう、私がいなくなった後の現代で起こった出来事と何故またタケミッチがタイムリープするに至ったかを詳しく話して聞かせてくれた。


私が死んだ次の日。一虎が調べてきたという梵天のアジトで万次郎を出せと騒いだものの成果を得ることの出来なかったタケミッチは、かつて梵天が溜まり場にしていたという廃ビル内のボーリング場でようやく万次郎と会うことが出来た。

しかし12年越しに再会した彼は変わり果ててしまっていた。その手から無情にも放たれた弾丸に貫かれ地に伏せたタケミッチ。致命傷を負い呼吸もままならない中、去っていく万次郎の後を追うことは叶わなかったけれどただならぬ気配と階下から聞こえたざわつきに胸騒ぎを感じて。

なんとか剥き出しの鉄骨に這い寄ってすぐ、屋上から降ってきたその腕を咄嗟に握って。絶対に助けるのだと、助けてやると笑って見せた自分に涙を浮かべて助けを求めた万次郎と手を握り合って…気付いたら10年前に来ていたと。

「ってことみたいっすけど……なまえさん?」
「あ、うん…ごめん」

ことの顛末を聞き終えてしばらく、私は言葉を失っていた。口にする言葉を持ち合わせていなかった。ただただ押し寄せてくる後悔に胸が張り裂けてしまいそうだった。どうしてあの時、無理な笑顔を貼り付け去っていった彼のことを引き留めなかったのか。

気付いてたのに。無理して笑ってたこと。知っていたのに。目の下に深く棲みついてしまった隈や浮き上がったあばら、一人で何もかも背負ってしまって壊れた心と身体を。だから約束した。一緒だって、一人にしないって…なのに、結局何一つ守れなかった。私はまた万次郎を一人にしてしまったんだ。

「…ねぇ千冬くん」
「ん?」
「私…」

そう言いかけた時だった。テーブルの上で震えた携帯を手に「あ、タケミッチ着いたんかな…ちょっと出迎えてきます」と店の外に向かった千冬くん。行き場のない自身への憤りを持て余し、彼の背中を見送った後で油を吸って僅かにくたびれたポテトの空包をくしゃり握りつぶした。



「え!?なまえさん!?」
「ん、この間ぶりだねタケミッチ」
「この間ぶりって…まさか」

千冬くんに連れられ席までやって来たタケミッチはそこに座る私を見るなり驚いたように声を上げると向けられた言葉の意図に気付いて瞳いっぱいに涙を溜め、なんとも言えない複雑な表情を浮かべた。そして一歩、二歩、こちらに近付き手を伸ばしかけて…躊躇うようにぎゅっとその場で震える拳を握り込む。

「俺っ…すみませ…また、助けられなかった…っ」

溢れ出した涙をそのままに目の前で腰を折った彼を見て咄嗟に席を立った私。勢いよく立ち上がったせいかバランスを崩し傾いた椅子が床を打ち付け酷く耳障りな音を響かせる。

「あ…千冬くんごめん」
「いいえ」

その音にハッと我に帰り、何も言わずさっと倒れた椅子を引き起こしてくれた彼へと頭を下げてから俯いたまましゃくりあげるタケミッチの強く握り締められた拳に触れる。…違うよ、きみのせいなんかじゃない。こうなったのは全部全部私のせいだよ。

「ねぇ、タケミッチ」
「…っはい」
「私ね……死ぬちょっと前まで万次郎と会ってたんだ」
「え…」
「時々家に来てたの。黙っててごめんね…だから知ってる。万次郎が所属してた組織のことも、そこがどんなところかも…私を巻き込まない為にタケミッチが一人で頑張ってくれてたことも、全部知ってるよ」
「!」
「だから謝るのは私の方」

何度も何度もやり直して、せっかく彼女に会えたのに。ヒナちゃんと幸せになるはずだったのに。君はまた誰かを救う為に自分のことを投げ打ってここへやって来たんでしょう。

「なまえさん…?」
「ごめん、ごめんねタケミッチ…痛かったでしょ…辛かったでしょ」
「っ!」
「私、またちゃんと出来なかった…決めたのに。守るって、最期まで一緒にいるって」

タケミッチの拳を包む手と声が震える。こちらを窺うように顔を上げた彼はその大きな瞳からぼろぼろと大粒の涙を落としながらも徐々に手の力を緩めるとそろり、私の手を握り返した。

「ねぇ、タケミッチ」
「はい…」
「万次郎を助けてくれて、ありがとう」
「…俺、なにも…」
「ううん…君がいてくれて、よかった」
「!」

弱いくせになんでも背負うあの人を、無敵なんかじゃないただの佐野万次郎を、君だけはずっとまっすぐ見ていてくれた。君と万次郎が出会ってなかったら、私が君と出会ってなかったら…私は、私たちはきっと永遠に交わることはなかったと思う。幼馴染みという垣根を越えて、特別で大切な唯一の存在になることもなかったと思う。

だから自分を責めないで。気付いて。私も万次郎も君にはもう何度だって救けてもらってるよ。

「ありがとう…それから、ごめんね」
「…っなまえさん!」

たくさん傷付いただろう君に、今も必死になって救おうとしてくれている君に…こんなちっぽけな言葉しか掛けられない駄目な私をどうか許して。

ゆらゆらと瞳の中で泳ぐ涙をそのままにぎゅっと強く握られた手を取り頷けば、タケミッチはとうとう耐えきれないとばかりに声を上げて泣き出した。途端に自身の涙腺の出口がきゅっと閉まる。うわ、どうしよう私泣かせた…!?

とはいえ慰めるにしても何と言葉を掛けていいのか分からず、焦るだけで何も出来ない私と身体を丸め肩を震わせるタケミッチの腕を引き颯爽と出入り口に向かったのはずっと側で私たちのやり取りを見守ってくれていた千冬くんだった。有能すぎる彼はいつの間にかテーブルの上のゴミを片し私の荷物まで手にしていて「とりあえず出ましょっか」そう言うとほんの少しだけ困ったように笑んだ。


店を出た後、すぐ目の前に見えた小さな公園のベンチに腰掛けてとりあえずこれからどうしようかという話へと移行した。まだ赤い目ながらもなんとか泣き止んだタケミッチは「俺、マイキーくんをぶっ飛ばす!」急に突拍子もないことを言い出すので千冬くんから「は?」絶対零度の眼差しを向けられてしゅるしゅると小さくなる。まぁまぁ。

「タケミッチはさ、万次郎をぶっ飛ばしてどうするの?言うこと聞かせるとか?」
「え、なまえさん?なに本気にしてんすか…つーか言うこと聞かせるって…目的ふわふわしすぎでしょ。さすがにこいつもちゃんと考えて…」
「そうっすね…どうしよう…闇堕ちすんなって言ったら聞いてくれっかな」
「いや何言ってんのお前」

真面目な顔で思案し始めた彼に呆れきった表情を向け長い長い溜め息を吐いてから「まずは仲間集めじゃね?」そう溢して千冬くんは尚も続ける。

「マイキーくんの関東卍會に対抗する戦力が必要だろ?」
「まぁ…」
「…関東卍會?」

ようやく進み始めた話を途中で遮り申し訳ないとは思いつつ首を傾げる。関東卍會って?東京卍會じゃなく?…あれ、でもそういえば現代で千冬くんは東卍は今から2年前に解散したって言ってたような。

「あ、なまえさんにはまだ話してなかったっすね。マイキーくんが今率いてるのは関東卍會っつーチームなんですけど…あ、ちなみになんとなく名前似てますけど東卍とはまったく関係ないです。解散してるし」
「うん」
「関東卍會は東卍解散後にマイキーくんが作ったチームで今の東京を代表するチームの内の一つっす。もし本当にタケミッチがマイキーくんとやり合うなら東卍はもうないし、それに対抗できる力…つまり仲間が必要かなって」
「…そっか」

やはり聞いていた通り東卍は解散、現在新たに出来たチームのトップに万次郎は君臨しているらしかった。おそらく彼はこのままいけば10年後、再びあの未来を辿るのだろう。犯罪組織を率い、いろんな悪事に手を染めて。そして最期…自身の手で何もかもを終わらせてしまう。

「なるほど、さすが千冬」

うんうん、わざとらしいほど深く頷いて「さすが俺の相棒」そう言ったタケミッチを「…お前ほんとに分かってんの?」じとり、横目で見やった千冬くん。今日だけで何度その呆れ顔を拝んだかしれないが、この空気がとても彼ららしくてほっとする。

このコンビはいつどこで会っても変わらないな。表情を緩め遠慮のない二人のやり取りを見ていた私に気付いたタケミッチが「あ、その、一つだけ伝えたいことがあるんですけど…」言いにくそうに、けれど妙に真剣な顔をして語ったのはあの日、屋上から身を投げる前に万次郎が彼に残した、俄かには信じがたい言葉で。

「…本当に万次郎がそう言ったの?」
「…はい」

私からそっと目を逸らし決まり悪そうに俯いた彼はややあってもう一度今の言葉を反覆する。

「俺を撃った後でマイキーくん、確かに言ってました…“俺がなまえを殺した”んだって」

廃ビル内のボーリング場で。万次郎に撃たれ倒れたタケミッチは去っていこうとするその背中に向けて、私が死んだこと、おそらく何者かに殺されたことを訴えたらしい。けれど万次郎はタケミッチを振り返ることもしないまま「俺がなまえを殺した」そう冷たく言い放ち、その場を後にしたと。

「…そっか」

私の最期の記憶は曖昧だ。覚えていることといえば自身を線路に突き落とした相手は男で、口元に傷があるということくらい。

もしかしたらあの男は万次郎の仲間…いや、部下かあるいは同業者だったのかもしれない。すべてを終わらせようとした彼が差し向けた始末屋的な何かとか…はは、何それ、まるで映画みたい。

「…なまえさん」

地面へ這わせていた視線を持ち上げさせたのは私を呼ぶ千冬くんの声だった。「なあに?」返事をしても何も答えない彼は何故か酷く傷付いたような表情をたたえていて。

「…どうしたの、そんな顔して」
「だって、なんか、あんまりじゃないっすか」

なまえさんはマイキーくんのこと、こんなに想ってんのに。少しだけ震えた声で今にも泣き出してしまいそうな顔で言うから。

「千冬くんは優しいね」

私よりも高い位置にあるその頭を何度も何度も撫でつけて「ほら泣かないで」ついつい子供扱いしてしまって。彼から「子供扱いすんのやめて」なんて不機嫌そうに突っぱねられるまであと少し。



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