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佐野エマの回帰


※9話 エマ回想
※後半関東事変前の時間軸
※少しは平和な時間があったことを願って



私には本当の姉のように慕う、大好きな幼馴染みがいる。みょうじなまえ。母に連れられやって来た、祖父だという人の家で出会った彼女は初めての環境や人に囲まれ落ち着かない私にたくさん声を掛けてくれた。最初はそのあまりの真直さに正直鬱陶しくて粗雑な態度も取ったけど、それでも笑顔を浮かべ手を差し伸べてくれたなまえにいつしか心を許している自分がいた。

真兄とマイキーとおじいちゃん。半分だけ血の繋がった新しい私の家族。時が経つにつれ何よりも大切な存在となった彼らの中にはなまえもいた。血の繋がりはないけれど、家族ではないけれど、なまえは私にとって大好きなお姉ちゃんで、けれど時々妹で、大大大親友で。いつだって一緒、それこそ姉妹のように育った。

そんな彼女と最後に会ったのは小6の夏。夏なのに少し肌寒い、自身の長兄の葬儀の日。棺の中、いつもと変わらない顔でただ眠っているかのように目を閉じる彼の前でぼろぼろ涙を溢す私とは対照的になまえはぼうっとここではないどこかを見つめていた。あんなに泣き虫だったのに最後まで表情を崩すことのなかった彼女はそれからぱたりと私たちの前から姿を消した。


真兄のことが大好きだったなまえ。そんななまえのことが大好きだったマイキー。真兄がいなくなって、なまえもいなくなって…マイキーは変わってしまった。いつの間にか無邪気なあの笑顔は消えて、年を追うごとに時々仄暗い瞳を覗かせるようになった。

「…ねぇ、マイキー」
「ん?」
「なまえと、さ…なんかあったの?」

彼女が姿を見せなくなって数ヶ月が経ち、以前よりも近付き難い雰囲気を纏うようになった兄にした問い掛けの返事は「別に何もないよ」それだけだった。そんな分かりやすい嘘を吐いて無理矢理な笑顔を作って。私にもおじいちゃんにも誰にも、決して弱みを見せようとはしない彼が昔から意地っ張りで頑固なことは確かに知っていたけれど。

「…そっか」

それでも真兄がいなくなってしまった今、彼の弱さを知っているのはきっと私ひとりだけだ。いろんなものを抱え込んで背負って、潰れてしまいそうな心を細い細い糸で繋ぎ留めている…どこにでもいるフツーの男の子。大好きなエマのお兄ちゃん。

ねぇ、マイキー。二人に何があったかは分からないけどさ…またあの頃みたいにくだらないことで言い合って喧嘩して、だけど最後には全部忘れて笑っちゃう仲の良い二人が見られるのをエマ、ずっと、ずっと待ってるんだよ。



「エマー!濡れた!タオル2枚持ってきて!」

それは真兄がいなくなって三回目の11月の初め、予報通り降り出した雨を窓越しに眺めながら夕飯の準備に取り掛かった時のことだった。玄関から飛んできたその声に「もーだから雨降るって言ったじゃん」ブツブツ不満を漏らしながらも言われた通り2枚、タオルを持って向かえば目の前には思いがけない光景が広がっていて。

「はいタオ…えっ!?なまえ!?」

私を呼んだ彼と並び立ち、同じく頭から爪先まで全身びしょ濡れだったのはよく見知った彼女だった。久しぶりに見る幼馴染みの姿をまじまじと見て、あれ?そういえばなんで二人は一緒にいるんだろう…多分会ったの2年振りだよね?よく分かんないけど、ようやく仲直りしたとか?そもそも喧嘩してたのかさえ知らないけど。

疑問ばかりが浮かぶ中、ふとマイキーの隣、玄関収納棚にひっそり飾られたあの写真が目に入る。

つい最近になってどこのアルバムから引っ張りだしてきたのか「エマ、これ玄関に飾っといて」わざわざフレームにまで入れて渡してきた懐かしいその写真。高校生の真兄とまだ小学生のマイキーと私と、それからなまえが笑顔を浮かべ4人でくっついて撮った思い出の一枚。

急にこんなの引っ張り出してくるなんて珍しいな、そう思いながらも言われた通り玄関にその写真を飾った私。マイキーは飾られた写真を見ても特に何か言うことはなかったけど、きっと真兄に、なまえに、会いたかったんだと思う。……私と同じで。



「おい、エマ?」

一瞬だけ過去に飛んでいた意識を呼び戻したのは訝しむようなマイキーの声だった。はっとして濡れ鼠二人に視線を戻し「風邪引くよ!とりあえずお風呂!」そう言えば私と目が合うなり居た堪れないといったように視線を下げた彼女。らしくないその顔を見て、もやもやと胸に広がる変な感情。…ああ、なんか、気に食わないなぁ。

気付いたら勢いに任せ、指先まで冷え切ったなまえの手を取り引いていた。「え?」驚いたように瞬いた大きな瞳が私を映す。

「お風呂、先になまえでいい?マイキー」
「ん、いいよ」
「え、いや私は…」
「いいから!」

ごにょごにょ何か言っていたけれど全部無視して風呂場へと連行する。途中、昼間取り込んだまま籠の中に入れっぱなしだった自身の服を引っ掴み、どすどす、音を立てながら廊下を歩く私は別に怒ってなどいないのだ。

「あの、エマ…?」

窺うように掛けられたその声に返事をしないのも、ぎゅっと力を込めて彼女の細い腕を握るのも。……いや、やっぱりほんのちょっとだけ私は怒っているのかもしれなかった。

「久しぶりなまえ!はいこれ着替え!お風呂の使い方は分かるよね?」
「あ、うん」
「じゃあ上がったらキッチンにきて?待ってるから」
「…うん」

戸惑ったように私を見たなまえに最後笑いかければ、今にも泣き出してしまいそうな顔で頷き笑う。相変わらず泣き虫だなぁ。2年経ち随分と大人びたように見えたけれどどうやら彼女はあの頃と何も変わっていないらしい。それに気付いた瞬間、心に黒く纏わりついていた靄は消えていた。…仕方ない、許してやるか。



なまえと共に夕飯の準備をして、4人で食卓を囲んで、片付けまで終えた後、雨を理由に帰ろうとしていた彼女を無理矢理引き止めたのには理由があった。もちろんまだまだ話し足りないと思ったのも事実だけれど、それ以上にマイキーとなまえをどうにかしたかったのだ。

マイキーに謝りたいと言ったなまえ。何も言わないけどいつでも写真の向こう側、笑顔をたたえる彼女をじっと見ているマイキー。どこかでボタンを掛け間違えてしまったのだろう二人を今日和解させる!…なんて私の企みは結局、なまえと話すこともないままさっさと自室に引きあげていったマイキーと、そんなマイキーに窺うような視線だけ飛ばして諦めたなまえのお陰でおじゃんとなった。


けれど誰もが寝静まった深夜のこと。襖の閉まる音にふと目を覚ますと静かに遠ざかっていく足音と気配。…なまえ?隣にいた筈の彼女の姿が見えないことにのろりと布団から這い出して距離を保ったまま後を追う。…トイレかな。

気配を悟られないようにそろそろと廊下を進み、見えた目的の人。なまえはトイレとは逆方向、縁側に続く掃き出し窓からぼんやりと夜空を見上げていた。柱の影に隠れたままの私からでは彼女がどんな顔をしているかまでは見えないけど、なんだか泣いているような気がして。声を掛けようか、どうしようか悩んでいたらぺたぺたと足音を響かせて現れたマイキー。

しん、静まり返った廊下にぼそぼそと二人分の話し声が落ちる。距離があるせいか会話の内容までは聞こえないけれど、なんとなく穏やかではない雰囲気に息を呑む。…どうしよう、間に入るべき?逡巡する私をよそにマイキーは手前の掃き出し窓を開けると続く縁側に腰を下ろした。

座り込んだマイキーと立ち尽くしたままのなまえ。顔を合わせないまま、また何か話をしていた二人だったけど不意に見慣れたその肩が小さく震えていることに気が付いた。マイキーが……泣いてる?

いつもは大きなあの背中が酷く小さく見えた気がした。知っていた…あの人がいつも強がっていること。本当は繊細で弱い、ただの男の子だってこと。なまえの両手が項垂れる兄の頭に伸ばされる。膝をついて掻き抱くように胸に閉じ込めて、それから少し、自身の肩も震わせて。…ああ、なまえも泣いてるんだってそう思ったら何故か私まで涙が溢れて止まらなくなる。

よかった。マイキーが弱音を吐ける場所があってよかった。暴走族の総長でも無敵のマイキーでもない、ただの男の子の万次郎でいられる場所…それがなまえのところだったらいい。ずっとずっと大好きだった、なまえのところだったらいい。

寄り添う二人の元をそっと離れ自室に戻った私は、欠伸を一つ漏らした後なんだか幸せな心地で布団に潜り目を閉じた。なまえとマイキー。きっとこれから二人は上手くいく。それは確かな予感だった。ね、そうだよね?真兄。



「エマ、後生!この通り!」

再会したあの日からなまえとは頻繁に連絡を取り合い、ご飯だったり買い物だったり、よく会うようになった。時々マイキーから「エマだけずるい」なんて恨めしげな視線と言葉が飛んでくるけれど私はいつも、マイキーも誘えばいーんじゃない?と冷たく一蹴してやる。

2月、受験生であるなまえの推薦入試が終わった頃合いを見計らい連絡を入れると「ちょうどエマにお願いしたいことがある」と呼び出された近くのカフェ。待ち合わせて店内へ入り、頼んだ飲み物を手に席についたタイミングで彼女は突然私に頭を下げるという奇行に走るので危うく飲んでいたカフェオレが気管に入るところだった。てか、後生ってなに。

「っごほ!な、なに急に?どしたの?」
「今度ちょっと早い卒業旅行的な感じで、その…万次郎と遊園地行くことになったんだけど…私まともな冬服持ってなくてさ…エマに選んでほしいなーって」

照れ臭そうに笑って両手を合わせたなまえに「デート?」にやけ面を隠すことなく言えば「違うし」なんて隠しきれていない赤い顔で咄嗟に否定する素直じゃない幼馴染みと、あの頃に比べたらちょっとは大人になったであろう十数年越しの片想いをようやく実らせにかかっている自身の兄。

確実に好き同士なのにくっつかないもどかしい二人を見ているのもどこぞの恋愛漫画のようで楽しかったけれど、こうも停滞したままだとさすがにやきもきしかしない。こうなったらエマがどうにかするしかないよね。

「分かった、いいよ!選んだげる!とびっきり攻めたやつ!」
「え?普通でいいって、普通で」
「よーし!じゃあヒナも誘って3人でショッピングしようよ!ヒナ、なまえに会いたがってたし」
「うん、私もヒナちゃんに会いたい」
「てかもうすぐバレンタインじゃん!ね、その日材料とかも見ようよ!なまえ手作りする?マイキーにあげる?」
「なんでエマがワクワクしてんの」
「へへへ」

そんなこんなでもう一人の親友、橘日向にメールを入れた私はすぐに決まった約束の日が待ち遠しくて堪らず、まるで遠足を楽しみにする子供のような心持ちで当日を迎えたのだった。



2月10日の昼下がり、大型商業施設の前に集まった私となまえ。約束の時間よりも少しだけ早くたどり着いたそこで二人、ホットココアを飲みながらもう一人のメンバーが来るのを待っていると僅かな時間差で現れたヒナは気付いて手を振ったなまえを見るなり嬉しそうに顔を綻ばせ駆け寄ってくる。

「なまえさん、お久しぶりです!初詣で会って以来ですね!」
「うん、ヒナちゃん久しぶり!元気だった?タケミッチとは仲良くしてる?」
「はい!」

手を取り合い再会を喜ぶ二人の間に「エマのことも忘れないでよねー」頬を膨らませ無理矢理入り込めば「はいはい」呆れながらも私の頭を撫でたなまえと「忘れてないよ」と肩に優しく触れたヒナ。これじゃまるでワガママな子供とそれをあやす大人みたいだ。

エマもう子供じゃないもん。むっとした反面、相手にされた嬉しさで顔が綻んでしまう辺りそうとも言い切れないかもしれないけど。

「子供だなぁ、エマは」そんな私に目敏く気付いたらしいなまえから呆れたような笑みが向けられる。頭の上でゆるやかに滑るその手を甘んじて受けていると「ふふ、エマちゃん嬉しそう」なんて穏やかに笑ったヒナが目にかかった前髪をどかしてくれる。

もうこの際なんでもいい。存分に甘やかしてくれる二人のことが私は大好きだ。



なまえのデート服(エマとヒナで選んだ)、バレンタインの買い出しを全て終えた帰り道。どうせなら夕飯も食べて帰ろうということになり寄ったファミレスでまさかの人たちと遭遇する。

「ドラケン!?」
「よぉ、エマ」
「ヒナ!三人で遊んでたの?」
「タケミチくん!うんそうだよ、買い物してきたの」
「万次郎、それなに食べてんの?」
「ドリア。うまいよ食う?」
「んー私今、和食の気分」

店員に案内された席の隣、ちょうど食事の最中だったらしい見知った彼らとそれぞれ会話をしながら着席する。お腹すいたね、何食べる?ヒナとなまえと言い合いながらメニュー表を開いたところで「よかったなぁ、エマ」どこか楽しそうなドラケンの声が飛んできて。

「うん!」

満面の笑みとピースサインを返した、どこか胸踊る2月のこと。



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