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2005年9月中旬


夏休みも明け、新学期が始まって数週間。毎日なんとか昔の記憶を呼び起こしながら授業を受けているものの、さすがに13年というブランクは思った以上に手強い。ついていくので必死だ。…はぁ、まさかもう一度中学の勉強をするとは思わなかったなぁ。

「なまえちゃーんお昼食べよー。今日は私のクラスでいい?」
「あ、やっちゃん。うんいいよーすぐそっち行くね。…あ、ごめん先に飲み物買いに行ってきてもいい?」
「あ、私も買いたいからついてくー」

四限終了の鐘が鳴って数分後、お昼ご飯のお誘いに隣のクラスからやって来た彼女とは私が一年の終わりに転校してきた時からの仲である。三年に進級しクラスは分かれてしまったけど、昼食の時間は自然とお互いどちらかのクラスに集まり、二人で食べるのがお決まりになっていた。

校内に併設された自動販売機の前に立ち、さて何にするかと悩む私を他所に、最初から決めていたのかと思うほどスムーズに飲み物を購入したやっちゃんが近付いてくる。

「なまえちゃんまだ悩んでるの?」
「やっちゃん決めるの早いね。うーん、紅茶にするかコーヒーにするかで悩んでる。お昼から絶対眠くなるからさ」
「そっか…んーじゃあ間を取ってカフェオレでどう?」
「よしそれ採用」
「ふふ、あんなに悩んでたのに」

なまえちゃん、優柔不断だからなぁと笑う彼女を見て、ああ、やっちゃんのこういうところ好きだったなぁ…と三年にも満たない彼女と過ごした中学生活と、その出会いを思い出す。



「ねぇ、私と一緒にお昼ご飯食べようよ」

15年前、真ちゃんの死からまだまだ抜け出せず誰も近付くなオーラ全開だったあの頃。転校してきて数日経ったのに、誰とも馴染まず孤立していた私の目の前にやって来て、そう声を掛けてくれたのが彼女だった。パッチワークが施された可愛いお弁当袋を持って、顔を上げた私を見るなり笑ったその顔がとても眩しかったのを覚えている。

それからというもの頻繁に私の元へやって来ては、やれ同じ部活の不良が優秀だの、次の部長には彼を推すだの自分の話をつらつらしていく彼女のことを気付いたら好きになっていて。

「あのさ…やっちゃんって呼んでもいい?」
「!うん!なまえちゃん!」

そうして二年の夏、彼女は私の親友となったのだ。社会人になってからも時々連絡を取り合っていたし、何なら私がこっちに来る前にもやっちゃんとは割と会っていた。2018年のやっちゃん、どうしてるかなぁ。確か最後に彼女と会ったのは去年の11月前だったから…

一人ぼんやりとそんなことを考えていたせいか、気付くとカフェオレのボタンはやっちゃんが押してくれていて、取り出し口から拾い上げたのも彼女であった。ほら教室帰るよーと先を歩き始めていたやっちゃんの後を条件反射で追い掛ければ、まったくなまえちゃん最近ぼーっとしすぎ!夏バテ?と冗談半分にからかわれる。

やっちゃんよ…28歳で中学生なんて、夏バテにでもなんなきゃやってらんないんだよ。そんな言葉は胸の内にしまい込み、バテてるから教室まで連れてってとわざと彼女に凭れ掛かれば「もー重いよなまえちゃん」と困った顔で振り向いたやっちゃんが楽しそうに笑った。

教室に着くなりお弁当を広げた私たちはお腹を満たしつつ会話を楽しむ。そして今日も、彼女の話題の中心は同じ手芸部の不良部長のことだ。部長になるくらいなので部員に慕われているのは勿論だが、その見た目に反して手先が器用で、彼が作る作品はとても繊細なんだそうだ。そんな部長にちょっかいをかけに時々家庭科室を訪れる不良生徒のことが気に入らないらしいやっちゃんは、先程までの恍惚とした表情を一気に引き締め「あの不良め…部長をたぶらかして」と愚痴をこぼす。ははあ、なるほどこれは。

「へぇ」
「え、な、なに?にやにやして…感じ悪い、なまえちゃん」
「やっちゃん、その部長のこと好きなんだ?」
「えっ!?」

そう聞けば一瞬瞠目した彼女は耳の先を朱に染め上げて顔を覆った。手の隙間から、絶対誰にも秘密だよとくぐもった声が聞こえる。…可愛いなぁ。青春だなぁ。

他人にバレてしまったことが恥ずかしいのか、耳から顔まで伝染した火照りを隠し続けるやっちゃん。可愛いけれどさすがにこのままなのは可哀想だと話題を変えれば、次第に落ち着いたらしい。いつもの快活な彼女が戻ってくる。そしてまた尽きない話題を楽しみ、昼休み終了の鐘を合図に立ち上がった私に向かってやっちゃんが言う。

「あのさ、なまえちゃん…また、聞いてくれる?」

少し恥ずかしそうに微笑むその表情で全て理解してしまう辺り、やはり私は彼女のことが大好きなのだ。それが2005年だろうと、2018年だろうと。彼女が私にとって、とても大切な友人であることに変わりはないから。

「当たり前じゃん、また聞かせて」

そして午後からの授業を受ける為、自分の教室に戻った私はまた13年というブランクに頭を痛めることになるのだった。


「はぁ…やっと終わった」

そしてようやく今日も勉強漬けの長い一日が終わりを告げる。ホームルームを終え、さっさと教室を出て行った担任を見送り、疲労を抑えきれず机に項垂れる。社会人になり働くことを覚えると、この硬い椅子に一時間近くも座って過ごすことの方が辛いなと切に思う。

若いはずの身体でも肩って凝るんだなぁなんて思いながら腕を回していると後ろの席からくぐもった笑い声が聞こえた。あれ、そういえば後ろって誰だったっけ。

顔だけ振り向けば口元を押さえたその人と目が合った。まず思ったのは、こんな人クラスにいたっけ、だ。中学時代のクラスメイトの記憶なんて確かに朧げだが、周りから浮いているその髪色を見るに彼はきっとあの頃も目立っていたはずだ。不良という分類で。しかし記憶にない。それよりも、その綺麗な銀髪にする為に一体何回ブリーチしたのかな。まだ若いから大丈夫だろうけど、それ13年後にしたら確実に毛根が死ぬと思うな。

「えーっと、何か面白いことでもあった?」

振り向いておいて、何事もなかったように元に戻るのは些か勇気がいった。ので、当たり障りのない話題を提供する。すると彼は少し驚いた顔をして、それから人好きのする笑顔を私に向ける。

「いや、うん、みょうじが面白かったから」
「え?私?」
「そう、肩凝ってんの?」
「あーうん、ずっと机に座ってたせいかな。え、逆に凝らない?」
「うーん、俺は凝らないなー」
「そっかー」

間延びした声でそう答えた彼は穏やかなその表情からもこの年代の男子にしてはとても落ち着いているように見えた。さっきはつい見た目で不良だなんて判断してしまったけれど、彼はきっといい不良だ。…あれ、それじゃ何も変わってない?

「おーい三ツ谷ぁ」
「ん?おー、すぐ行く。じゃーねみょうじ、また明日」
「あ、はいまた明日」

友達らしき不良少年のお迎えで強制終了した会話だったが、律儀に私へ挨拶をしてから去っていった銀髪の彼こと三ツ谷くんの印象は今や爆上がりであった。明日から君はとてもいい不良に格上げだ。…ん?そういえば、三ツ谷ってどっかで聞いたことある気がするなぁ。まぁいっか。



下校するなり訪れたいつもの場所。つまり圭介の実家に私たちは誘い合わせるでもなく集まって、それぞれの時間を過ごす。自室であるベッドを占領している圭介と、畳に胡座をかいて座る千冬くんは何やら同じシリーズものの漫画を順番に読んでいて、私は私でやっちゃんから借りた恋愛漫画をぼんやりとした気持ちで眺めていた。

時々聞こえる、紙を捲る音や静かな息遣いはどうしてか眠気を誘う。途中で読むのを諦めたそれを鞄に仕舞い、さぁ寝るぞとその辺のクッションを手繰り寄せていると目敏く気付いた圭介に「寝るなら帰れよ」と言われてしまう。だがしかし断る。

「起きれない…むり…」
「おい千冬、叩き起こせ」
「えー場地さんの方が近いじゃないっすか」
「うるせー俺は今忙しんだよ」
「えーもう…俺だって続き気になるのに。ちょっとなまえさん、ねえ、起きて。…おーいなまえさーん!」
「ん…」
「全然だめっす、びくともしねぇ」
「…ったく、しょーがねーなぁ」

こっちで寝ろ。そう続いた圭介の声とふかふかの何かに包まれて、ゆっくりと意識を手放していく。きっとあの呆れ顔で、仕方なくベッドを明け渡してくれたであろう彼には夢の中で感謝するとしよう。28歳にもなって中学生に介抱されるなんて情けないが私の実年齢を知っている圭介の前だとつい、気が緩んでしまうのだ。

遠くなる二人の話し声を子守唄に、深く、深く沈んでいく。


「俺ずっと思ってたんすけど、なんだかんだ言いながら場地さん、なまえさんの世話焼くの好きっすよね」
「はぁ?世話焼くってお前な…こいつとどんだけ歳離れてると思ってんだよ」
「?えーと、場地さんは留年してるけど、二人はタメっすよね?」
「あ?あ、あぁ…そうだったっけ、忘れてたわ」
「忘れてたって…」
「なぁ千冬」
「はい?」
「こいつ、なんでここに来たと思う?」
「え?なんでって…場地さんとか、俺に会いに、とか?」
「いや、それはねーだろ。はぁ…分かんねーことだらけだぜ」
「…俺はたまに場地さんのことが分かんなくなるっす」
「…千冬、俺ら別れ間近のカップルじゃねーよな?」
「は?なんて?」


嗅ぎ慣れたその匂いに埋もれ、ほんの少し前の、もう懐かしいとすら思えるあの日の夢を見た。警戒心たっぷりの猫みたいな千冬くんと初めてここで出会った日の夢。



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