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2018年3月20日


「ごめんなまえちゃん遅くなった。待っただろ?イヌピーの準備がおっせーのなんの」
「…悪い、これでも急いだんだけど」

待ち合わせ場所、少しだけ遅れてやって来たドラケンくんとイヌピーくんは私を見るなり申し訳なさそうに両手を合わせた。が「でも悪いのはドラケンだからな」「は?なんで。大体イヌピー服選ぶのに時間かかりすぎなんだよ」「うるせぇな、それはいいだろ。お前いつも急なんだよもっと早く言えよ」「んだよ昨日言ったろ?」「聞いてねぇよ、さっき知ったわ」「うっそ」顔を突き合わせるなり始まったちょっとした言い合い。ポンポン飛び交うそのやり取りを目で追ってふっと笑みをこぼす。

「いいよ大丈夫、そんなに待ってないから」

「行こっか」座っていたベンチから立ち上がれば傍にあった私の荷物をそっと手にしたイヌピーくん。「持つよ」自然と見上げた先で柔らかく笑った彼は私の返事を聞く前に、彼女へ手向ける花を両手に抱えるとゆっくりこちらに背を向けた。

ドラケンくんとイヌピーくんと佐野家の、エマのお墓参りに行くことが決まったのは今から一週間前にしたこんなやり取りがきっかけだった。



『片付けしてたら懐かしいもん出てきた』アプリを介して届いたドラケンくんからのメッセージは同時に画像も送付されていた。ポップアップから開いたトークルーム。私はそこで幸せそうに笑う幼馴染みの彼女と12年ぶりに再会した。

ドラケンくんが送ってくれたのはあの日、万次郎とエマ、ドラケンくんと私の四人でしたクリスマスパーティーの写真だった。おそらく撮影者はパーティーの企画者である彼女だろう。料理の前で万次郎とドラケンくんが真顔でこちらを振り返っているもの、ケーキに夢中で撮られていることに気付いていないらしい私と万次郎のツーショット。それから身体を寄せ合い、照れたような笑顔でこちらを覗くドラケンくんとエマ。仲睦まじい二人の姿が写しとられていた。

『懐かしいね。私、昔の携帯もう使えなくて見れないんだよね…』そう返せば『あいつらと今まで撮ったやつ全部アルバムにまとめてっけど見る?』とドラケンくん。その好意に甘えアルバムを見せてもらう日を決めて、ならついでに墓参りにも行こうかということになったのだ。



墓石の掃除を終えた後、花立てにエマが好きそうな可愛い花を集めて作ってもらった花束をくずして差す。真ちゃんには例の如くあのお菓子を用意した。いい加減飽きたって言われるかなぁなんて思いながらも定番と化したお供え物をする私の隣で大きな身体を縮め焚いた線香を香炉に置いて手を合わせたドラケンくん。

彼はいつまでそうしていたのだろう。誰よりも長い間捧げていた黙祷を止めぱっと思い出したように顔を上げると「ワリ、待った?」私たちを仰ぎ、普段と変わらない笑顔を見せた。



彼らが経営しているバイク屋の2階。広々とした2LDKのリビングで何冊ものアルバムを広げたドラケンくんは「好きに見て」と一言残すと「腹減ったなぁ、飯でも作るかぁ」と腕捲りをしながらキッチンに入っていく。回り始めた換気扇と冷蔵庫を開け閉めする生活音をどこか遠くで聞きながら手に取った鮮やかなピンク色の表紙を開けばそこに写る彼らはやはりいつだって眩しい笑顔をたたえている。

「アルバム?」
「うん、ドラケンくんが貸してくれたの」

飲み物を手にリビングにやって来たイヌピーくんが私の隣へ腰掛けた。じっと手元に降りてくる視線に「一緒に見る?」と誘いをかけて少し彼の方へと身を寄せる。

「うわ、懐かしいこれ初詣の時のだ」
「へぇ、着物で行ったんだ」
「そ、エマが立案者。着付けもしてくれたんだよ」
「すごいな」

イヌピーくんと一緒に見た写真は12年前、四人で行った最初で最後の初詣の写真だった。神社を前に着物姿で後ろを振り返るエマと私、おみくじを引くそれぞれの横顔、綿菓子を手にポーズを取るエマなど、一枚一枚にあの日の思い出が詰まっていた。

ドラケンくんは12年経った今も写真の向こう側で笑う彼女のことをとても大切にしてくれている。纏められたアルバムから伝わる深い愛情に熱いものが込み上げた。思い出の中ではいくらでも会えるかもしれない。けれど言葉を交わすことも触れ合うことも、彼女とはもう永遠に出来ない。

「…なまえ?」
「っごめ、ちょっと目に、ゴミ入った」

溢れかけた涙を拭う。こんなところで泣くわけにはいかないと下手くそな誤魔化し方をした私を見て察したのか、慌てたようにリビングのクローゼットから未開封のボックスティッシュを取り出してきた彼は急いで封を切ると取りやすいように一枚引き出しそっと箱をこちらに差し出した。…なんか、気を遣わせてすみません。

「おーい飯出来たぞー」
「飯なに?」
「チャーハン。なまえちゃんも食うだろ?」
「…うん、食べる!」

ダイニングテーブルに並べられた人数分の皿から立ち昇る香ばしい香りを吸い込んで「美味しそう」目を輝かせた私に「自信作!」胸を張り笑顔を浮かべたドラケンくんが木製の小洒落たスプーンを差し出した。



「今日はいろいろありがとう。チャーハンもおいしかった」
「おう、またいつでも来いよ。今度は鍋でもしようぜ」
「うん」
「気を付けて帰れよ」
「ありがとね」

店の前で手を挙げ見送ってくれる二人を何度も振り返りながら夕日に照らされる道を行く。鞄の中には先程貰ったばかりのとても大切なものが入っていて、落とさないように、今度こそ消えることがないようにと一層大事に抱え直した。


ドラケンくんお手製のチャーハンをご馳走になった後、彼は私に一冊のアルバムをプレゼントしてくれた。それはおそらくドラケンくんが所持している自分専用のものの中からエマと万次郎と私が多く写るものを抜粋して作られたこの世に一つしかない特別なアルバムだった。感動から目を潤ませた私に現像しただけで大袈裟だと可笑しそうに笑った彼は「このマイキー、いい顔してんだろ」と最後のページを開いて見せ収められた一枚の写真を指す。

それは初詣に行った日、万次郎の携帯で撮った私たちのツーショット写真だった。些細な一言から負けず嫌いな彼に火を点けてしまい、角度や構図にこだわり抜いた結果完成したお互い完璧な笑顔をたたえたあの写真だ。…もう二度と目にすることは叶わないと思っていたそれに引いていたはずの熱が再び込み上げる。

「これ…どうしてドラケンくんが…」
「あの日エマと先に帰ってたら送ってきたんだよ。自慢したかったんだろ」
「え…」

「あいつ、うぜぇくらいなまえちゃんのことばっかだったかんな」思い出に浸るように穏やかな表情で私たちの写真に目を落としていたドラケンくんはそれからまだ何か言いたげに私の顔を覗きこんだけれど「やっぱなんでもない」と曖昧に笑って言葉を切った。それを不思議に思いつつも私は自身の手の中にある大切な笑顔をなぞり「ありがとう」そう返すことで今は精一杯だった。


自宅に帰り着き、リビングで私は貰ったアルバムをゆっくりと開いた。クリスマスパーティーをしたのも初詣に行ったのも私からしてみればついこの間の出来事だ。…そう、この間まで当たり前に隣にいた。大好きなケンちゃんの話を頬を染めながら聞かせてくれた。クリスマスプレゼント喜んでくれたんだって、自分はこれをもらったんだって首から下げた小さな石を掴んで嬉しそうに笑ってたよね。…ねぇ、エマ。もう会えないなんて、やっぱり信じられないよ。

「…っ会いたいよ、エマ」

耐えきれず漏れた小さな嗚咽は次第に大きくなっていく。泣くな…泣きたいのは、会いたいのは私だけじゃない。ドラケンくんも万次郎も、彼女を大切に思っていた誰しもがそう思っている筈だ。私は守れなかったのだ。彼にとってきっと何よりも大事だったあの子を。失ってはならなかった、彼の大事な家族を。

「ごめん…ごめんなさい…助けられなくて、ごめん…っ」

幾ら後悔したってあの日は、彼女は戻ってこない。分かっている。分かっているけど。

彼女がこの世からいなくなってしまったことを受け入れるにはまだ、時間も覚悟も私には足りない。




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