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2018年3月16日


三ツ谷と千冬くんとご飯を食べてから更に数日経ったある日。私は滅多に着ない他所行きのシックなロングワンピースに身を包み、顔も髪の毛も整えて、迎えに来てくれると言った彼のことを自宅前でそわそわと待っていた。

3月16日、今日は午後から彼らの友人であるぱーなんとかくんの結婚式があったらしい。招待されたかつてのメンバーで最大に祝った後、式の余韻も残さぬままあの頃の仲間で二次会ならぬ三次会をしようということになったようで急遽そこへお呼ばれしたのが今の私だ。

適当な格好でいいと言われたものの、さすがに式帰りで正装しているだろうその中に一人だけ普段着で混ざるのは気が引けて。一時間という限られた時間の中でまぁ恥ずかしくはないだろう程度に着飾った。

スマホを開くと数十分前に届いていた『いまからいきます』というメッセージ。更に数時間前に遡ると「なまえさんのこと話したらみんな会いたがってたんで来てくださいよー!はいけってーい!」なんて既に出来上がっているのか、電話の向こうでいつになくハイテンションに笑う千冬くんによって参加が決まったわけなのだが…どうしよう。私あのテンションについていけるかな。一杯くらい飲んでくるべきだったかもしれない。



三ツ谷と二人、年甲斐もなく店先で涙を零したあの日。ハンドルキーパーを名乗り出て自身の車を取りに行き戻ってきた千冬くんは目の前で車を停めると「え゛!?何事!?」とギョッとした顔で私たちを仰いだ。

泣くばかりで何も言えずにいると戸惑いながらも後部座席に座るよう促した彼は私たちが乗り込んだのを確認した後で「帰りましょっか」と困ったように笑った。流行りの曲が申し訳程度に流れる車内。別のことをぼんやり考えながらも何故か涙は止まらず、それはどうやら三ツ谷も同じようだった。

千冬くんは安全運転をしながらも泣き止まない後部座席組を時々バックミラー越しに見て「まじでどうしたんすか?三ツ谷くんまで」と狼狽した声を上げた。しかし返事をする余裕もなく、車内はしばらく二人分の鼻を啜る音と耳馴染みのあるポップなメロディーが妙なリズムを刻んでいた。

ようやくお互い落ち着いてきた頃には三ツ谷の自宅だというアパート前に到着していて、隣で少しだけ腫れた目を擦った彼は気まずそうに「またな」私の頭をひと撫でするとドアハンドルを押し開ける。暖房が効いた車内に吹き込む冷たい外気に身震いすれば「さっみ」と三ツ谷が吐息まじりに笑った。

「じゃあ三ツ谷くんまた」
「おう。みょうじ、目冷やせよ?」
「うん、三ツ谷もね」
「はは、リョーカイ」

排気音を鳴らし、ゆっくりと走り出した車。ひらひらとその場で手を振る三ツ谷がどんどん小さくなっていく。「三ツ谷!またね!」窓から顔を出し出来る限り大きな声を出した私に彼もまた一際大きく手を挙げると「またな!」そう言ってあの頃よく見た少年然とした笑みを浮かべた。


「三ツ谷くんと何の話してたんすか?」

三ツ谷の姿が見えなくなってしばらく。お酒が回ってきたのか気だるい身体を座席へ凭れさせているとバックミラー越しに目を合わせてきた千冬くんが答えようと口を開きかけた私から面白くなさそうに目を逸らし「…また俺だけ仲間外れっすか、ちゃんと話すって言ったのに」とぼやいた。

彼の言う仲間外れがさっきのことを指しているのか、それともあの頃のことを指しているのかどうかは分からなかったけれど私は確かに言った。12年前、タイムリープをしているというタケミッチとお互いの秘密を打ち明け合ったあの日、自分だけ知らなかったと拗ねる今よりも幼い千冬くんにこれからはちゃんと話すねって。

「…そうだね、ごめん。でも別に秘密にするつもりはなかったんだよ。三ツ谷とは万次郎の話をしてたの」
「!マイキーくんの?」
「うん、そう。自分勝手でわがままで、自由な万次郎の話。…ねぇ、千冬くんもしてよ。私の知らない万次郎の話」
「えー…ハードル高いっすね。つか俺が知っててなまえさんが知らないマイキーくんの話とかあるんすか」
「いっぱいあるよ…だって私、知らないことばっかだもん」

そう言えば一瞬こちらを窺うような視線を寄越した千冬くんは「そっか…うーん、何がいいかな」とハンドルを指で数回叩くと努めて明るく「じゃああれだ、マイキーくんの伝説」だなんて銘打って、喧嘩に明け暮れる暴走族の彼らの話をしてくれた。

いつだって彼らを引っ張る、どんな時も誰よりも強い無敵のマイキー。そこにいるだけで空気が震える、最強の男の武勇伝。圭介の次の次の次くらいにカッケー人だと誇らしげに語る千冬くんに「いや遠っ」なんて茶々を入れつつ私の自宅までの十数分、なんともいえない雰囲気が漂っていた車内はいつしか思い出と笑顔で溢れ返っていた。

今の、万次郎が聞いたらどんな顔するかな。「は?場地の次のつ…って遠いし」だなんて笑うかな。それとも「気に入らねー」って拗ねるのかな。もう二度と会うことは出来ないだろう、12年前の中学三年生の佐野万次郎のことを思い出して私は静かに目を伏せた。



「よぉ、なまえ。待った?」
「…あれ、一虎?千冬くんは?」
「あいつ飲まされすぎてベロベロんなってんだよ」
「そうなんだ。やっぱ私も飲んでくるべきだったかな…どう思う?」
「は?何の話?…あ、すんません、さっきの店まで」
「はい」

目の前に停まったタクシーから顔を覗かせたのは、今から行くと一報くれた彼ではなく一虎だった。顎でしゃくられ乗り込むと、一虎の合図で車は緩やかに発車した。ついこの間、千冬くんの家で鍋パをした時真っ先に潰れていた隣の男は今日はさほど飲んでいないのか涼しい顔で手元のスマホを操作している。

「一虎今日はあんまり飲んでないの?」
「んー…うん、この間よりは抑えた」
「ふーん」
「二日酔いがやべーんだよ最近、歳かな」
「歳だね」

そんなどうでもいい話を交えつつ、彼は私に「見て、ぺーやんにめちゃくちゃ飲まされる千冬」「これがぱーちん、今日の花婿」などと今日の結婚式で撮った煌びやかな写真たちをスライドして見せてくれる。白いウエディングドレスを纏いブーケを抱いて幸せそうに笑う花嫁さんとそんな彼女を見て涙ぐむ花婿のぱーちん。まるで世界中の幸せを切り取り集めたかのようなその一枚に自然と私まで笑顔になった。

「幸せそうだね」
「だな」



「連れてきたぞー」

タクシーを降り、チェーン店の居酒屋の中へと進む彼の後を追いかけ辿り着いた宴会場。個室ドアを何の躊躇いもなく開けた一虎はそう言ったきりさっさと一人で中へと入っていってしまった。慌ててその後を追い掛けながらふと思う。そういえばみんながいるとは聞いたけど誰がいるとは聞いてないし、なんなら今日の主役であるぱーちんをさっき写真で知ったようなレベルなんだけど…私、これ本当に来てよかったやつ???

不安に思いながらも顔を上げれば一虎の声に振り向いた三ツ谷と目が合った。彼は手に持っていた飲みかけのグラスをテーブルに置くとちょいちょいと私のことを手招きし「よ、みょうじ遅かったじゃん。何飲む?」とアルコールドリンクのメニューを差し出してくれる。

「うんありがとう…あ、でも今日の主役は?先に挨拶しとこうかな…急に来ちゃったし」
「んなこと気にすんなって、呼んだの俺らだし。でもあいつもお前と話したがってたよ」

そう言って笑った三ツ谷が「おいパー、ペーちょっとこっち、みょうじ来たぞ!」と別々の輪の中にいた二人に召集をかける。三ツ谷に呼ばれて顔を上げた、見覚えのあるその人は私を視界に入れると眉間に皺を寄せつつも目の前までやって来た。あの頃と変わらない柄の悪い歩き方。煽るような態度でじろりと下から睨みつけ「…テメェ、もう忘れたとは言わさねーぞ?」と地を這うようなその声も相変わらずで逆に安心する。

「うん、ちゃんと全部思い出した。あの時は忘れてごめんね、ぺー」
「!…別に、謝ってほしいとか思ってねーし」
「素直になれってペーやん。こいつこれで結構ショック受けてたんだよ、みょうじに忘れられたこと」
「なっ!ちげぇわ!余計なこと言うな三ツ谷!」

悪戯に笑う三ツ谷をじろりと睨んだ後、ばつの悪そうな顔でそっぽを向いたペー。変わらない二人のやり取りをつい笑って見ていると「笑うんじゃねーよ」と鋭い視線が飛んできた。やっぱ顔怖いわ。

「で、こっちがパー。年少行って夏から学校来てなかったけど俺らと同中でタメな。で、今日の脇役」
「いや主役な?」
「あ、この度はおめでとうございます。呼んでもらったのに何も用意してなくて…」
「んなもんいらねーって、三ツ谷とぺーやんのダチだかんな。つかみょうじサン、俺のこと覚えてる?」
「…ごめん、同中ってことも今知った」
「マジで。まぁ10年以上前だし覚えてねーかぁ…中二ん時だけクラス一緒だったんだよ」
「わっそうなんだごめん!パー…くん?」
「みんなパーちんって呼んでっから適当に呼んでよ」
「うん、分かったパーちん。…んーなんか顔見てたら思い出してきたかも。中二の時、数学の授業中に消しゴム使い切っちゃってさ。確か隣の席の男子に借してもらったんだけど…なんかそれがパーちんだった気がするわ、あの時はありがとね」
「おー礼には及ばねぇよ…ん?でもさぁ、俺、みょうじサンと隣の席になったことあったっけ?あと消しゴムってなに?何に使うもん?」
「なんて?」
「パーちんが消しゴムなんてモン分かるわけねーだろみょうじ!パーちんの脳みそはミジンコだぞ!」
「みじ…なんて?」

戸惑う私を放置して横で三ツ谷が腹を抱えて笑い出す。こんな大口開けて笑う三ツ谷を見るのは一体いつぶりだろう。そんな彼につられるように、パーちんとペーも少しだけ赤らんだ頬を緩め陽気に笑った。お酒が入ってるからか楽しそうな三人を横目に見て決意する。うん私も飲む。三ツ谷から受け取ったドリンクメニュー片手にオーダーチャイムを鳴らした。


三次会にやって来ているのは元東卍の幹部メンバーとその彼女やパーちんの友人が主だと三ツ谷が教えてくれた。花嫁さんは花嫁さんで自身の友人たちと飲み会だそうだ。なるほど、道理で男性比率が多いわけだ。届いたグラスを手にテーブルに伏せ潰れている千冬くんの隣に腰かける。私が来た時にはもう既にこの状態だったと呆れ顔の三ツ谷から慌てて離れていった元凶のぺー。どんだけ飲まされたんだまったく。

テーブルの上に残っている適当なおつまみを摘みながらお酒を飲む。各々談笑している少人数のグループがいくつか。その中に何人か見知った顔を見つけつつ、暇を持て余すようにぐるり、室内を見回していたらぱっと顔を上げたどこかで見覚えのあるその人とばっちり目が合って。…あれ、なんかこれデジャヴだな。なんて思っていたら目を逸らす間もなく急に席を立ち上がり、まっすぐ目の前までやって来た彼が何かを思案するように口を開く。

「あのさ、俺…」

たっぷりの睫毛に囲まれた、美しい造形を持つその人は片方の顔に痛々しい火傷の痕を残していた。言いにくそうにあちこち視線を飛ばしながらこちらを見下ろす彼を私は昔、どこかで見た気がした。そうあの日、真ちゃんのお墓の前で万次郎やイザナと一緒にいる姿を見るよりもずっと前。…どこだっけ。どこで見たんだっけ。

「えっと…」
「あれ、イヌピー?んなとこで突っ立ってどした…ってなまえちゃん?」
「あ…ドラケンくん」

しばしお互い言葉に詰まり、ただ見つめ合うというよく分からない状況を作り出しているとぬっと彼の背後からドラケンくんが現れた。落ち着いた髪色に一瞬誰かと思ったが、彼を彼たらしめる辮髪とこめかみのタトゥーは変わらず健在だったのですぐに気付いた。私の姿を認めるとにっと歯を見せ「久しぶりだな、元気してた?三ツ谷から記憶が戻ったっつーのは聞いたんだけどさ」と人好きのする笑顔を浮かべたドラケンくんは言いながら椅子をふたつ引っ張ってきて私の前に座ると立ったままのイヌピーくんを自身の隣に招く。

「元気だよ。久しぶり、ドラケンくん…とイヌピーくんって呼んでもいい?」
「ん、俺もなまえって呼んでいいか?」
「うんいいよ」
「あれ?なに、もしかして初対面じゃねーの?」
「…ああ、ずっと昔、真一郎くんの店で会ったんだ」

なんか似たようなことをタケミッチが言ってたような気がするけど、そっか…やっぱり真ちゃんのとこで会ってたんだ。彼に対する既視感の正体を知ってすっきりする私とは対照的になんとなくすっきりしない顔をしたイヌピーくんは目が合うと少しだけ寂しそうに笑った。…あれ、なんでそんな顔するんだろう。

「フーン?あ、つかなまえちゃん聞いた?タケミッチとヒナちゃんのこと」
「え?なに知らない」
「あいつら今度結婚すんだってよ」
「まじ!?わ、おめでとうって言わないと…あれそういえば今日は来てないの?」
「式の準備が追い付いてねーんだってヒナちゃん慌ててたから敢えて声かけてねんだ」
「そっか…あの二人が結婚かぁ…」
「なぁ…感慨深いよなぁ」
「ねぇ」
「なんかお前ら年寄りくさいな」
「はぁ?イヌピーの方が年寄りだろ」
「1コだけな」
「え?イヌピーくん年上なの?わ、普通にタメ語で喋っちゃったすみません」
「別にそのままでいいよ、気にしねーから」

穏やかに笑ったイヌピーくんが空になった私のグラスを指して「なんか飲む?」と首を傾げる。頷いた私を見てテーブルの向こうにあったメニューを引き寄せてくれた彼が「これ割と飲みやすかった」とあまりにも可愛くて長い名前のカクテル名を真顔で淡々と読み上げるのでついドラケンくんと顔を見合わせ笑ってしまった。



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