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2018年2月22日 再会


千冬くんの家に到着すると「多分一虎くん、鍋の材料買ってくると思うんで」と土鍋の準備をし始めた家主の彼は「なまえさん米炊いてくれます?」と私に炊飯を一任した。

整理整頓されているキッチンの奥側に置かれていた、計量米びつから三合分の米を釜に移し水を流しながら数回研ぐ。滲む米ぬかがうっすらとした色へ変わるのを見届けてメモリに合わせ水を入れ炊飯器にセットした私の向かい側では千冬くんが家にあった葉物野菜を慣れた手つきで切っていた。

「包丁使うの上手いね」感心したように手元を覗き込んだ私を横目で見た千冬くんは「まぁ、割と自炊してるんで俺」と照れ臭そうに笑う。彼よりも一つ年上だというのに私は未だコンビニ飯で生きている、とは情けなくてさすがに言い出せなかった。…はい、明日から頑張ります。



「っはぁ…働いた後のビールはうまいわぁ」
「いや今日休みだったでしょうがアンタ…それ俺の台詞だし」

リビングのこたつに三人で入り、ぐつぐつと音を立てて煮えるお鍋をそれぞれつつく。背中まである長髪を後ろで簡単に纏めた一虎が買ってきた缶ビールをあおり浸る中、同じくビールに口をつけてジト目を向けた千冬くんが不満を零す。仲が良いらしい遠慮のない二人のやり取りに耳を傾けつつ出来上がったばかりの春菊に息を吹きかけていると、あっという間に350mlのビールを飲み干し空き缶を潰しながらその場に立ち上がった一虎が自慢げに千冬くんを見下ろした。

「はぁ?感謝しろよな千冬、わざわざなまえのこと連れてきてやったのは誰だよ」
「うわ、恩着せがましっ」
「おま、くっそ生意気じゃん。これでも一応先輩だぞコラ」
「……ていうか、私のこと呼び捨てなんだ」
「は?なに、ダメなんかよ」

二人でやいやい言い合う横でぼそり、独り言ちたつもりがどうやらしっかりと聞こえてしまったらしい。むっとした顔をこちらに向けた一虎に「んー」と考えるそぶりをした後で。

「だめっていうか、私たちそんな仲良くもないかなって」

まあ別に呼び捨てにされることに対して特に抵抗はないのだけど。私もお酒が入っているせいか少し気が大きくなっているようで、笑みを浮かべてそう言えばポカンと一瞬間抜けな顔をした一虎が眉間に皺を寄せこちらにずずいと詰め寄ってくる。

「ヒッデェ!俺ら昔、場地の悪口で盛り上がった仲じゃん!今更いい子ちゃんぶんなよなー」
「はー?人聞き悪い言い方やめてよね。あれは悪口じゃなくて愚痴だし。悪口言ったのは一虎の方でしょ?」
「つか、お前も俺のこと呼び捨てにしてね?」
「え…?うん、私はいいでしょ?」
「え……なにこいつ…こわい」

俺以上に自己中なやつ来たじゃん…と自分の性格はちゃんと把握している様子の彼が言いながら冷蔵庫に向かい、庫内からラムネ味の缶チューハイを取り出しプルタブを開けた。こちらにまで爽やかなその香りが漂ってくるようで「あ、私もそれ飲みたい」言えばじとりとした視線を飛ばしながらも渋々もう一本取り出し持ってきた一虎に笑顔で礼を言う。

「…ハハッ、仲良いじゃないすか二人とも」
「どこがだよ」
「うんうん、仲良いってことにしとこうよ一虎くん」
「うげ、くん付けやめてキモチワリー」

二本目のお酒に口をつけつつ、これから千冬くんが話して聞かせてくれるだろう内容をあれこれ考えては落ち着かなくなる気持ちを鎮めるために笑顔を浮かべた。



「一虎くん、寝るなら向こうで寝て、邪魔」
「むにゃ…もう飲めねぇし…」
「ちょっともう」

くだらない冗談を言い合いながら綺麗にシメまで食べ終えた頃には一人ハイペースで酒をあおっていた一虎は酩酊し、ぷうぷうと変わった寝息を立てながらこたつで丸くなっていた。声を掛けても寝言のような声しか上げない彼を見咎めた千冬くんが無理矢理こたつからぐにゃぐにゃのその身体を引っ張り出し、苦戦しながら布団まで引き摺っていく。

おそらくいつものパターンなのだろう。独身用の1LDKのリビングとダイニングキッチンの間にセットされていた来客用の布団を敷き広げた千冬くんはその上に手慣れたように一虎を投げる。その衝撃で一瞬覚醒したのか「うぅん…」なんて小さな唸り声を上げながら数回寝返りを打った一虎はその後何事もなかったかのように再び寝息を立て始めた。

こたつの上に所狭しと広げられていた鍋や使用済みの皿や空き缶を二人で片付けながら、何故今一虎と一緒にいるのかを語って聞かせてくれた千冬くん。

2年前に少年院を出てきた一虎。彼のことをずっと気にしていたらしい千冬くんは出所の日、小さな鞄一つで出てきたその人のことを迎えに行き、ちょうど開業したてのペットショップに従業員として雇い入れたと言った。ああ見えて動物には結構優しいのだと笑って話す千冬くんはきっとこの12年でいろんなことを乗り越えたのだろう。つい感極まってさらさらの黒髪を撫でると「…もう俺、ガキじゃねーんすけど」と唇を尖らせそっぽを向くので、そういうとこは相変わらずだよと心の中で呟いた。

粗方すべて片付け終え、ふうと一息ついていると「コーヒーでも飲む?」と千冬くんが喫茶店のドリップコーヒーを二つ戸棚から取り出した。「飲む」頷けば流れるように電気ケトルに水を入れてスイッチを押し、マグカップを二つ用意した千冬くんがちらり窺うように私を見て。

「コンビニのですけど…シュークリーム買ってあるんで食べますか?」
「…うん、食べたい」
「っす、じゃあブラックですね」

冷蔵庫から二つ、シュークリームを取り出した千冬くんが言う。「コンビニのも案外うまいんすよね」って。カチッ。お湯が沸いたことを知らせるように電気ケトルのスイッチが上がる。ゆっくり、カップにセットにされたフィルター内にお湯を注ぎながら思い出したように「あ…俺もブラックにしよっと」ほんの少し歪な笑顔を私に向け頬を掻いた彼に私はどうしても笑顔を返せなかった。

「…っ千冬くん、ごめっ」
「えっ?なまえさん、どうしたんすか?ちょ、あ、これで拭いて…」

戸棚から綺麗なタオルを引っ張り出し急に泣き出した私の目にそっと当ててくれた千冬くんはもう一度「どうしたんですか?」と優しい声で問う。じわじわと浮かんでくる涙をそのままに顔を上げれば彼は少し困ったような、それでいて嬉しそうな顔で私を見ていた。キッチン内に充満するコーヒーの匂いを吸い込むと同時に鼻を啜って「ん、約束…守るの遅くなって」そう言うと呆気に取られたように間抜けな顔をした千冬くんが目尻を下げ「ほんと、待ちくたびれちゃいましたよ」と不満げに同意する。

「俺、12年もよく待ったと思いません?」
「うん…すごい、ごめん」
「褒めてんすかそれ」
「褒めてるよぉ…」
「はは、分かってますって泣かないでくださいよ」

なまえさん泣かしたのバレたら俺、場地さんにぶん殴られちまう。困ったように笑って今度は千冬くんが私の頭を撫でる。子猫の背を撫でるように酷く優しく滑るその手はあの頃、怪我ばかりでぼろぼろだった少年のそれとは違い、大人の大きくて逞しいものへと変化していた。

千冬くんが入れてくれたブラックコーヒーと甘いシュークリーム。言う通り「うまい」そう言って笑えば「でしょ?」自慢げに胸を張る彼がいつかの私と重なって見えた。



シュークリームとコーヒーを平らげ再びこたつに場所を戻すと、ようやく千冬くんがその重い口を開いた。まずは私の今の現状について。12年前のあの日に遡るようにゆっくりと言葉を紡いでいく彼のいうことを簡単に纏めるとこうだ。

2006年2月22日。私たちを襲ったのは黒川イザナ率いる天竺というチームのメンバー、稀咲鉄太。短期間ではあるも東卍で三番隊隊長も担っていた一癖も二癖もあるその男は圭介が身を挺して排除しようとした相手で、未来で何度もヒナちゃんを殺していた張本人だった。その稀咲に頭を殴られ昏倒した私は幸い大した異常もなく、数日後には意識を取り戻した。

けれど目を覚ました私は見舞いにと訪れた千冬くんや三ツ谷やペーやタケミッチを見て「…えっと、誰?」というなんとも残酷な言葉を放つ。そして、彼らの内の誰かからその報せを受け病室に駆け込んできた万次郎にも「…久しぶり、元気だった?」とよそよそしい態度を取ったのだと千冬くんはとても言いにくそうに漏らした。

母や万次郎たちにどういうことだと詰め寄られた医者は、おそらく頭を強く打ったことによって記憶に影響が出ているのだろうと宣い、こればかりは自然に戻るのを待つしかないと小さく項垂れた。そう、過去で目を覚ました私は8月14日から2月22日まで。およそ半年分の記憶を失っていたらしい。つまり…

「それ、私が過去に戻ってた期間とまったく同じじゃん…」
「やっぱり…俺も薄々そうなんじゃねーかって思ってて」

ゆっくり一度頷いた千冬くんは続ける。自分のことを知らないと目を伏せた私を見て「これ、タケミッチと同じやつだ」と勘付いたと。

「タケミッチと条件とか期間は違うみたいっすけど多分、なまえさんもタイムリーパーなんじゃないっすか。言ってましたよね、過去に戻る時トラックが突っ込んできたって。そして今回頭を殴られて現代に戻ってきた…俺の仮説ですけど、多分、命に関わるタイミングでタイムリープしてる」
「そっか…うん、それだと理屈に合うね」

タケミッチと千冬くんと三人で共有した過去と未来の話。あの時私が語った、2018年からやって来たというその言葉を信じ、もしかすると12年後にまた会えるかもしれないと今日まで私のことを待っていてくれた千冬くんに頷き返す。なるほど、私の状況はよく分かった。

「それで…万次郎は?エマは、どうなったの」
「マイキーくんは……いろいろあって、あれから東卍は解散したんですけど。俺も、多分他の元メンバーもそれ以降一度もあの人の姿を見てないし会ってないんです。今どこで何をしてるのかも知りません」
「…そうなんだ」

「力になれなくてすいません」少し頭を下げてそう言った千冬くんは一旦そこで言葉を止め何故か深呼吸をすると「あの後何があったか、順を追って話しますね」と静かに言葉を続けていく。

「なまえさんたちが襲われたあの日、東卍と天竺、二つのでっけぇチームがぶつかって…三人が死にました」
「え…」

千冬くんはその日の出来事を、思い出したくない過去を振り返るように険しい顔でぽつぽつと話し出す。天竺の首領、黒川イザナ。彼は幼い頃、自身の母に施設へと預けられ、血の繋がりを求めて真ちゃんに縋った。けれど彼は実は誰とも血が繋がっていなかった。母だと思っていた人、真ちゃん、万次郎、エマ…誰とも。

唯一の繋がりを失い、狂った彼は唯一の兄である真ちゃんを取り戻すべく万次郎の全てを奪おうとした。もうこの世にいない真ちゃんの代わりに万次郎を自身の兄にしようとした。今にも壊れてしまいそうな顔でイザナが万次郎に銃を向けたと千冬くんが言った時、心臓が一際大きく鳴った。

けれど危ういその状況をイザナの腹心である鶴蝶という男が止めた。イザナの手から銃を払い落とし必死に彼を留めようとした鶴蝶はなんと稀咲に撃たれてしまったという。

「稀咲はあいつを、鶴蝶を殺す気でした…でもそれをイザナが庇って、死んだ」
「…そんな、」
「抗争は東卍が勝って終わりました。タケミッチはようやく稀咲を追い詰めて…でも、あと一歩ってところで稀咲は逃げ出してそのままトラックに轢かれて死にました」
「……そう」

確かに襲われたあの日、タケミッチが叫んだ相手の名前がそんなだったような気がする。…そっか、タケミッチはずっとそんな相手と戦ってたんだ。言い知れない気持ち悪さを噛み締め千冬くんの話を反芻する。イザナは稀咲に撃たれて死に、稀咲はトラックに轢かれて死んだ。なんとも後味の悪い結果だ。不良同士の喧嘩で死者が出るなんて。身震いをして喉の奥に張り付くしつこい唾を飲み込んでからようやく私は気が付いた。

千冬くんはあの日死んだのは三人だと言った。抗争は終わった。けれど彼の口からはまだ二人の名しか出ていない。そして最初に万次郎が今どこで何をしているかは知らないと、彼は確かにそう言った。

なんだか、とても嫌な予感がした。「エマは…?」催促するように放った私の声にぎゅっと眉間に皺をよせ顔を歪めた千冬くん。何故か、こたつの中に入っているというのに手も足も先の方が冷えて震えだす。そんなわけない、あり得ない。だってエマは…エマはちゃんと私が…

「エマちゃんは…あの日、死にました」
「え……?」

2018年に戻ったら信じられない、信じたくない現実が待っていた。千冬くんが続ける。頭打ってたみたいで、その打ち所が悪かったみたいで…病院に運ばれた時にはもう、なんて悲壮な声も今はまったく入ってこなかった。

エマが死んだ…?私、あの時ちゃんと守れなかった?どうして…何やってんの…守るって決めたのに。



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