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三ツ谷とペーとやっちゃんと


※平和な日常のお話




「まじか」

これは二度目の中学生活を謳歌していた私を突如襲った、たった10分間の間に起きた事件の話である。



机の中もロッカーの中も、なんならお弁当しか入っていない自身の鞄の中も繰り返し見たが、やはりない。昨日時間割を確認しながら準備した筈なのにどうして…あ、そういや朝お弁当入れる時に一回出したんだった。何やってんだ私は。

「どしたみょうじ」
「三ツ谷どうしよ…教科書忘れた」

そう、ないのだ。次の授業で使う教科書が。

「あーまじ…そういうのうるせーからなぁ、あのセンコー」

そして、こういう時に限って次の授業を担当している教師は口うるさく忘れ物にはとても厳しくて有名だ。この前クラスメイトの男子が同じように教科書を忘れ自己申告をしたところ問答無用で顔面にチョークがぶっ飛んできたのを思い出し背筋が伸びる。…まずい。これは非常にまずい。

「どうしよチョーク投げられたら…避けれる自信ないよ私」
「だったら俺の貸すか?くるって分かってたらいけると思うし多分」
「いや、避けたら避けたで多分めちゃくちゃ怒られるだろうしいいよ。やっちゃんに貸してもらえるか聞いてくる」
「んーまぁそれが一番無難だな。もし飛んできた時、俺は避けれても前の席のみょうじには確実に当たるだろうし…」
「うんそうだね…ていうかさっきからなんで避ける前提で話すの三ツ谷」
「なんでって言い出したのはお前だろ」
「そうだっけ」
「まじ適当じゃん」

つかさっさと借りてくれば?時間なくなんぞ。そう言ってあしらうように手の甲で払う仕草をした三ツ谷に、私は犬か?なんてジト目を向けながら自分の教室を抜けだす。


やっちゃんがいる隣のクラスを覗き込むと彼女は窓際の席に腰を下ろし、次の授業の用意をしていた。隣にはよく見るあの柄の悪いシャツをだらりと着こなすペーが机に伏せていて、そういえばつい昨日席替えをしたのだと静かに不満を漏らしたやっちゃんのことを思い出す。「1か月…いや半月で席替え希望」どこぞの司令のように顔の前で手を組み荒んだ目をする彼女の切実な願いがどうか叶いますようにと夕飯の唐揚げを食べながら祈ったものだ。閑話休題。

教科書とノートを机の中から取り出したやっちゃんは向けられている視線に気付いたのかぱっと顔を上げた。入り口のドア付近からこっそり顔を出していた私の姿を認めると彼女はとてもいい笑顔を咲かせて手招く。

「やあ、やっちゃん」
「どうしたのなまえちゃん、もうすぐ次の授業始まるよ?」
「うんその次の授業の教科書を貸していただけないかと思ってきたの」
「忘れたの?いいよーどれ?」
「歴史」
「歴史ね……あ、ごめん持ってきてない。うちのクラス今日歴史なくてさ」
「ま、まじかやばい詰んだ…」
「あー…あの先生厳しいもんねぇ、誰か置き勉してないか聞いてみようか?」
「ううん、そこまでいいよ。諦めてチョーク投げられてくる…」
「そっか…せめて痛いところに当たらないことを祈るね」
「うん…祈ってて」

とぼとぼ、まさしく肩を落としてやっちゃんに背を向けた時だ。

「ほらよ」

目の前に差し出されたのは渇望していた歴史の教科書。え…嘘じゃん神じゃん。一体どこの神だと辿るように視線を動かせばいつの間に起きたのか、椅子に浅く腰掛けたペーが「落書きすんなよ」と吐き捨てるように言い、半ば押し付けるようにそれを私に手渡した。まさかペーが教科書を持っているだなんて思わなくて一瞬反応が遅れたけれど「おい今ぜってー失礼なこと考えたろ」とひっくい声で凄んだ彼に満面の笑顔を貼り付ける。

「イイエナニモ、アリガトゴザイマース」
「今日の昼ジュース奢れよ」
「ハイ、喜んで」
「ってちょっと何簡単にカツアゲされてんのなまえちゃん!!」
「げっ聞いてたんかよ安田…」
「そりゃ隣の席だし聞こえるでしょ!」

隣から身を乗り出し「なまえちゃんにたかるな!」とペーを𠮟りつけたやっちゃん。そんな彼女に対し至極面倒くさそうに「へーへー分かったよ」と顔を背け舌打ちを一つ漏らしたペーは二人のやり取りに笑顔を浮かべていた私に向かってしっしっと鬱陶しそうに手を払う。あれ、それさっき三ツ谷にもされたな。もしかしてこいつら、私のこと人間と思ってないんじゃ?…やめよう深く考えるのは。

「ありがと、あとで返しに来るね」
「ん」


予鈴がなる数分前に教科書片手に戻ってきた私を見た三ツ谷が「安田さんの?」そう聞いてきたので「いやこれペーの」と裏側の記名を見せる。すると「ペーやん…ちゃんと教科書持って来てんだ」なんて驚いた顔で私とまったく同じことを言うのでつい吹き出してしまった。

ペー、好き勝手に噂されて今頃くしゃみでもしてんじゃないかな。そんなことを一人面白可笑しく考えていた時だ、タイミング良く廊下の向こうから彼のであろう大きなくしゃみが聞こえて我慢の限界がやって来る。肩を震わせ笑い声を出すことだけは堪えていると私を見た三ツ谷が「なん?トイレ?」なんて見当違いなことを言うので一からちゃんと説明した。私以上に大ウケし、腹を抱えて笑い出した三ツ谷の声の方がもしかしたら一番大きかったかもしれなかった。



ペーのお陰で無事チョークを投げられることなく終えた歴史の授業。そしてあっという間にやって来た昼休み。私は先に自販機で飲み物を買い、教室で戻るのを待ってくれていた三ツ谷と一緒に隣のクラスを訪れた。我が中学は給食という概念が存在しない為、生徒はそれぞれお弁当を持参するか購買でパンを買うかの二択に分かれる。毎朝準備をするのは大変だが、校内であれば違う学年やクラスの生徒であっても自由に集まり食べてもいいというのは唯一自慢出来るところだと思う。制服は好みじゃないけど。

私はやっちゃんと、三ツ谷はペーといつもお昼を共にする。私のクラスでやっちゃんとご飯を食べる時、三ツ谷たちは基本ペーのクラスで過ごす。逆もしかりだ。クラスを挟み別れて食べるのが主となっているのは多分やっちゃんの「ご飯の時まで林くんと同じ空気吸いたくない」「あ?俺もだわ」という犬猿の仲の二人のやり取りがきっかけだったように思う。まぁなんだかんだ言ってそこまで仲悪くないと思うんだけどなぁ…ま、そんなこと言うと後が怖いので黙ってますけど。

「ごめんお待たせ」
「大丈夫、そんな待ってないから」

お弁当を準備し自席で私が来るのを待っていてくれたやっちゃんと言葉を交わしつつ、現れた三ツ谷を認めて席を立ち、彼の元へ向かうペーを「待って」と呼び止める。

「あン?」
「はいこれお礼、教科書ありがと助かった」
「おー…別にィ」
「よかったなぁ、お前このジュース好きだろペー」
「まぁ」

小さく頷きペットボトルをじっと見るペーに「どうかした?」声を掛けると。

「なんでもねーよ……ありがとな」

そう言い残し、さっさと背を向け三ツ谷を置いて行く。最後の言葉は小さくて少し聞き取りづらかったけれど確かにありがとうと言われた気がする。…うん、まあ、元はといえば教科書貸してもらった私の台詞なんだけどね?ぼんやり、消えたその背中を見ていると仕方ないといったように溜め息を吐いた三ツ谷が「あいつ…素直じゃねーからなぁ」と困ったように笑って彼の後を追いかける。…ていうか、ペーって…お礼言えるんだ。

「なまえちゃん、さすがに林くんもお礼くらい言えると思うよ…多分」
「多分て」

真剣な顔でそんなことを言うやっちゃんにずっと我慢していた笑い声を惜しげもなく漏らした、楽しい楽しいランチタイム。



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