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場地圭介の独白C


※本編5〜8話の場地視点
※死ネタ注意




東卍を抜け芭流覇羅に入る。それは東卍の敵である稀咲を炙り出す為でもあったし、一虎としたあの約束を守るためでもあった。

一虎はあの日から変わらずマイキーに対し理不尽な憎しみを抱いている。真一郎くんを殺してしまったことを受け入れられず、全てを閉ざしていく一虎を見た時から俺は…俺だけはずっと側にいると誓った。

マイキーも一虎も俺の大事なダチで仲間だ。だから守るのだ。何があっても、この身がどうなろうとも。



なまえとの連絡を絶ったのはひとえに俺のやることに巻きこまない為だった。稀咲は油断ならないやつだと思う。もしかするともう既に俺が嗅ぎ回っていることに気付いていて、俺と関わりのある人間を潰そうと画策しているかもしれなかった。そうなると危険が及ぶのはつるんでいる千冬となまえだろう。

千冬はなんだかんだ言って東卍のメンバーだし、壱番隊の副隊長を担っているくらい強い男だ。ちょっとやそっとじゃやられねぇ。

…でも、なまえは?あいつは中身こそ俺たちなんかよりずっと先を生きているが所詮なんの力もない弱い女だ。何かされた時、自分の身を守ることすらできないだろう。当たり前だ、彼女は俺たちとは違う。綺麗でまっとうな世界を生きている。なまえを血生臭いこっち側に引き込むことは決して許されない。俺はもう二度となまえから笑顔を奪うことはしたくない。

パーから伝え聞いた、胸糞悪い夏の出来事を思い出して拳を握る。同じ目には絶対遭わせない。強く決意しながらも、もしもなまえがそうなってしまったら…そんな想像をしてしまって強い怒りと酷い吐き気に襲われた。

稀咲…読めねぇあの男がどういうつもりで俺たちを陥れようとしているのか、一体何を企んでいるのか。分からないことだらけではあるが一つだけ確実なのは奴は間違いなく東卍をダメにする。

頻繁に届く彼女からのメールや残っていく着信履歴を単純作業のように消しながら、心の中でもう少しと唱える。…もう少しだ。もう少しでいつものあの日常が戻ってくる。

たった二か月しか経っていないというのに随分と昔のことのように感じる。千冬となまえと三人で過ごしたあの微温湯のような日々を思い出して「やるか」と自身に対して気合を入れた。



それから何日か経ったある夜のこと。決戦を二日後に控えた肌寒い夜に、気付くと俺はなまえの家がある方向へバイクを走らせていた。…理由はきっと、特にない。

そもそも会う気はなかった。すべてが終わるまでは千冬とも関係を絶っていたし、それはなまえも同様だった。ただ家の前を素通りして終わるつもりだったのに窓から漏れる僅かな灯りを視認し通り過ぎてしばらく、小さく見えたその背中が誰のものなのか俺は簡単に気付いてしまう。

このまま知らんふりで通り過ぎてしまおうか、それともいっそ声を掛けてしまおうか。悩んでいる間にもスピードを緩めないこの鉄の塊はどんどん彼女との距離を縮めていく。すぐ目の前を歩くなまえの揺れる髪の毛を見た時、俺はふと昔のことを思い出した。



稽古中、なまえはその長い髪をよく後ろで高く一つに結っていた。汗をかいて張り付くのが嫌だと本人はたまに零していたが俺はその髪型を割と気に入っていた。動く度に揺れるさらさらの毛先がまるで猫の尻尾みたいでとてもワクワクした。本物にそうするみたいに優しくそうっと触れるのが楽しかったのだがマイキーにバレると後でめちゃくちゃに技をかけられるので触る時はバレないようにするのが鉄則だった。

俺のその遊びに対しなまえは「猫じゃなくて馬なんだけどね、ポニーテールっていうんだよ」なんて困った顔をしながらも「仕方ないなぁ圭介は」といつも呆れたように笑って無遠慮に触れる俺を咎めることはしなかった。あの頃からずっと俺はすれ違う髪の長い女を見るとつい目で追ってしまう。さらさらと揺れる猫の尻尾を探して。



後ろから迫る排気音に気付いたらしいなまえがぴたりと歩みを止める。のろのろと走らせていたバイクを彼女の横に付けるように停めれば、一拍置いてそろりと顔を上げたなまえが俺を見て瞠目した。つい最近まで見ていたその顔をこんなにも懐かしいと思うなんてどうかしている。

「…圭介?」

だけど、どうしてだろう。なまえにそう呼ばれると煩わしいと思っていたすべてが酷く単純に思えるのだ。要は守ればいい。東卍も、マイキーも、一虎も。目の前で呆れたように笑うなまえのことも。



会うつもりもなかったはずなのに気付いたら俺は彼女を真一郎くんの墓参りに誘っていた。バイクの後ろに女を乗せたのなんてこれが生まれて初めてで、つい普段よりも緩やかなスピードで暗い夜道を進んでいく。俺、何してんだろ…そう思っている内にあっという間に目的地に着いて、二人並んで彼を偲び線香を焚いた。

目を閉じ手を合わせるなまえの横顔を盗み見てそれに倣うと、記憶の中の真一郎くんが線香の煙を煙草に見立てて吸い込み、ふうと細く吐き出した。こちらを見て呆れたように、少し困ったように笑みを浮かべたその人はしばらくすると蜃気楼のようにゆらゆらと存在を不確かなものにしていく。

かつて憧れだった彼が静かに消えていくその瞬間まで、ただ手を合わせ祈った。…真一郎くん、ごめん。どうかマイキーを守って。出来ることなら一虎をゆるして。俺のことは恨んだままでいいから。いくら祈ったところで返事をしてくれるわけでもないのに、消えゆくその人に向かって深く深く頭を下げればそっと大きな手が俺の頭を撫ぜて「不器用だなぁ圭介は」そう、言われた気がした。

いつまでそうしていたのか。合わせていた手を下ろしふっと目を開けた時、隣で同じように膝をついていたなまえは立ち上がってじっとこちらを見下ろしていた。何を考えているのか分からないその瞳に全部見透かされているような気がして慌てて目を逸らすと、彼女はそれを許さないとばかりに俺を呼ぶ。そして易々と秘めていた核心に触れてくるのだ。

曖昧な態度で誤魔化すも千冬から聞いたと一虎の名を紡いだ彼女はきっともう何もかも知っているのだろう。滅多に見ない真面目な顔をしたなまえに内心降参とばかりに両手をあげる。なんとなくこいつには知られたくなかった。俺たちの歪な関係や争い、誰にも言うつもりはなかった自身の本音。

けれどすべて話終えてみると不思議と胸にかかっていた靄は晴れていた。

腹が減ったとなまえが言う。海に連れてけと、菓子やラーメンが食いたいと、無邪気に奔放に笑って俺の手を引き歩いていく。促され運転席に跨ると後に続いたなまえが俺の背中に凭れかかってくる。「重ぇよ」不満を漏らせば「だって寒いんだもん」なんて更に身体を寄せてくるのでなんだかとても複雑な気持ちになる。…これ、もしマイキーに見られたらやべぇだろうなぁ俺。

「…振り落とされんなよ」

唸るエンジンを吹かし、再び夜闇へと繰り出した。海へと向かう途中、なまえの希望通り寄ったコンビニで菓子や寒さを凌ぐための温かい飲み物を買った。「海に着くまでに冷めちゃうかなぁ」「冷めるだろうな」そんなやり取りを交わしてコンビニを出る。

ひたすらバイクを走らせようやく目的地に到着した頃にはやはり二本のペットボトルはもう温度を保ってはいなかったけれど、後部座席から降り大きく伸びをしたなまえが「海だ」嬉しそうに呟いて駆け出すのを見たらそんな些末なことどうでもいいかと思った。

コンビニでの購入品が入った袋を下げて先を行くその背中を追いかけ隣へ並んだ時、なまえは大きく息を吸い込み吐くとぽつり「…海とか、何十年ぶりだろ」と呟いた。

つい忘れがちだけれど彼女の中身は何故か13年後の未来からやって来た28歳のみょうじなまえだ。まだ誰も知らない未来を生きている、俺よりも13コ年上の大人の女。

突然訳も分からず過去にやって来てなまえは今、何を想うのだろう。どうやって戻るのか当てもなく戻れるのかさえ分からない、まるで闇の中を手探りで進んでいくかのような心許ない現状を。

本来自分が過ごしていたであろう時代を思い返すように一度目を伏せた彼女はそれ以上は何も語らなかった。語らない代わりに俺が下げていた袋から先程のコンビニで買った駄菓子をひとつ取り出す。…え?今?どんだけ菓子食いてーんだこいつ。

「ん、あげる」
「…俺、腹減ってねーんだけど」

封を切り目の前で半分に割られた焼菓子。差し出されたものを渋々受け取り齧れば口の中で簡単に崩れたそれは案外好きな味だった。うめーじゃん。素直に漏らした俺を見てなまえが誇らしげな顔をする。

真一郎くんに教えてもらったのだと懐かしむように過去の出来事を話して聞かせたなまえは目を細め空になった菓子袋を掲げて笑った。それは再会してから今までで一番穏やかな笑顔だった。

菓子に口の中の水分をすべて持っていかれた気がしてペットボトルのキャップを捻る。喉を通っていく液体はぬるく余計に喉が渇いたような気がした。

潮風に遊ばれる自身の髪の毛を掻き上げる。切るのが面倒くさいという理由だけで背中まで伸ばしたこの髪を時々酷く鬱陶しく感じるのだ。手首に通していたヘアゴムを抜き取り後ろで一つに纏めようとしていると何を思ったかなまえが自分がやると言い出し俺からヘアゴムを奪った。そして鼻歌なんて歌いながら某超人の髪型にすると息巻く。

うなじを掠る冷たい指先。そういやこいつ冷え性だっけ。そんなことを頭の隅で考えながららんまから始まった漫画の話で盛り上がっていると「出来た」後ろで満足そうな声がして完成したものに触れる。丁寧に編まれた三つ編みはまっすぐ背中に垂れている。女ならまだしも男がするには些か勇気がいりそうなヘアスタイルだ。これが似合うのはやはりあの格闘家の少年くらいだろう。

適当なことを言って持ち上げてくるなまえに溜め息を吐いてヘアゴムを抜けばあっという間に三つ編みが崩れていく。うまくできたのに…不満気な顔を見せた彼女に今度はお前の番だと言い放ち、その長い髪に手を伸ばしたのはほんの出来心からだった。自分のよりも細くて柔らかであの頃と変わらずさらさらのそれを不器用な手先でどうにか編み込みながら思う。どうせなら目の前で揺れるあの尻尾が見てぇなぁ、なんて。

ぼんやりと違うことを考えていたせいか、出来上がったそれはとても三つ編みと呼べるようなものではなかった。「ねぇ、できた?」問う声にとりあえず頷けば首を傾げてこちらを振り返ったぼさぼさ頭のなまえはまぁなんというか、間抜けだった。吹き出した俺をじとりと睨み文句をたれながら髪を整える彼女。お互いの髪の毛が同じように風に煽られるのを見て、戻ってきたヘアゴムを元の位置に戻した。

夜の海、どこまでも続く先の見えない水平線。飲み込まれてしまいそうなこの暗闇はあの時見た奴の瞳を想起させる。全てを壊してしまいそうなマイキーの危うさと脆さを孕んだ仄暗い瞳。

「…なぁ、なまえ」
「ん?なに?」

問うたところで分かる筈もないのに気付いたら彼女の名を呼んでいた。…なぁ、俺の選択はこれで正しかったんだろうか。それとも間違いだろうか。マイキーも一虎も東卍もすべてを等しく守るための方法がもっと他にあったんじゃないだろうか。考えれば考えるほど分からなくなる。

呼んでおいて返事をしない俺を見兼ねたように「圭介」なまえの声が飛んでくる。徐に振り返るとまっすぐな目が俺を射抜いた。彼女は何を言おうか逡巡したのちに「なんでもない」そう言った。けれど浮かべた下手くそな笑顔になんだか勝手に背中を押された気がした。

続いた沈黙を破ったのは少し離れたところに立っていた彼女の「さむっ」という短い声と小さく震えた身体だった。確かに寒い。冷えてしまった身体を手っ取り早く温められるものといえば、ドライブ前に提案されたラーメンくらいなものだろう。食って帰るかと海に背を向けバイクへ向かった俺に続いたなまえ。「お腹空いたぁ」なんて腹を摩るこの女の胃袋は一体どうなっているのだろう。さっき菓子食ってたろお前。

帰り道。夜中まで営業しているラーメン屋を見つけ、そこで餃子まで頼んだそいつに太んぞ、そう小言を漏らせば彼女は夜中のラーメンは背徳感がどうたらと謎理論を語り出した結果「太らない」と宣った。んなわけねぇだろ。言い返そうか悩んだが面倒くさいので言わせておいた。

腹なんか減ってなかった筈なのに不思議とすんなり食えたラーメン。なんなら餃子も半分もらって食った。満腹の腹を抱え店を出るとなまえは「今度は千冬くんも誘って行こうね」そう言って歯を見せ笑った。

なまえを家の前まで送り届け「またな」「またね」そんな挨拶を交わして別れた時には薄っすらと迫っていた夜明けが顔を出していた。すべてが終わったら千冬となまえを連れてまたあの海に行こう。今度は夜ではなく昇る朝日と水平線がよく見えるこの時間に。



…あーあ、やっちまったなぁ。

また会おう。別れ際に交わした当たり前の言葉も、一緒に出掛けるあの約束も、きっともう一生叶うことはないだろう。

「千冬、なまえのこと…頼むな」
「…場地さん、場地さんっ!」
「……ありがとな、千冬」
「……………場地さん?」

痛みや苦しさが消えていく。俺の身体を支えている千冬の声が感覚がどんどん遠くなる。静かな眠りに落ちていくようにゆっくりと瞼を下ろすと急に現れたなまえが大きな瞳から涙を溢れさせて俺を責める。「うそつき、またねって言ったじゃん」真っ赤な顔をしてしゃくりあげる。

ごめん、ごめんな、泣かせてごめん。約束守れなくてごめん。最期まで言えなかったけど俺、お前のこと好きだったわ…多分。



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