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場地圭介の独白B


※独白A後半から続いてます
※本編2話の場地視点




倒れたなまえを抱えこれからどうすりゃいいのかとない頭で考えた結果、とりあえず家にいるだろうオフクロの携帯に連絡を入れた。滅多にない俺からの電話に驚いたらしい彼女は開口一番「圭介!?あんたちょっ…なにしたの!?」とこちらが引いてしまう程のキンキン声を上げたのでつい携帯を耳から遠ざける。今日はまだ何もしてねーっつーの。

用件と場所を伝えてから数十分後に墓地の前で停まった見知った車。その後部座席へ意識を失ったままのなまえを乗せれば「あら?もしかしてなまえちゃん?」と運転席から不思議そうな声が飛んでくる。

真一郎くんの墓の前で急にぶっ倒れたのだと言った俺に「え!?じゃあまずは病院じゃない!?」と焦ったようにオフクロは言うが、墓地の入り口まで彼女を背負いやって来て気付いたのだ。規則的に吐き出す穏やかな寝息と時折「うぅん…」と小さく漏れるうなり声。

「大丈夫、これ多分寝てるだけだわ」
「あ、そうなの?」
「ん。あ、先行っててくんね?俺バイクあっから」
「いいけど、あんた無免許なんだからね?くれぐれも気を付けてよ」
「うい」

ジト目で俺を見た母親はこれ以上言っても無駄だと判断したのか、溜め息を吐くと「先行ってるよ」と車を発進させる。遠ざかっていくそれを見送って俺も自分のバイクに跨った。隣に置かれている一台の自転車はおそらくなまえのだろうが、とりあえず今はどうすることもできないので置き去りのまま帰路につく。

あの小さな軽自動車の後を追いかけるようにバイクを走らせ見慣れた集合団地の前に辿り着いた時、オフクロはちょうど家の鍵を開け戻ってきたところのようだった。オフクロと二人でなまえを車から降ろす。力の入らない、ずり落ちてくるその身体を何度か背負い直していれば「車停めてくるから先上がってて」といつの間にか運転席に乗り込んでいた彼女が言う。それに頷いて5階分の階段を上りきり、やっとの思いで自室のベッドの上になまえを寝かせた俺は力尽きたように畳へと寝転んだ。

「っあー疲れた…こいつ、会わねぇ内に太ったんじゃね?クソ重かったんだけど」
「そりゃ人一人背負って階段上がればそうなるわよ。小学校の時とは違うんだから、重くなってて当たり前」

俺の後に続くように自室に顔を出したオフクロは、ベッドの上で眠るなまえを見下ろすと「ほんと大きくなったなぁ、なまえちゃん」と笑みを浮かべる。思えばこいつが頻繁に我が家に顔を出していたのは小学校までだ。それ以来の再会であるオフクロは昔、それこそまだまだガキだった俺によくそうしたようになまえの額にかかる前髪を指で優しく梳いた。

「圭介」
「ん?」
「今日はもう家にいる?」
「…ん、なまえもいるし」
「そう。私、もう少ししたら仕事だからあと戸締りよろしくね」
「分かった」

朝も夜も働いているオフクロにこれ以上心配や迷惑をかけたくはないけれど、喧嘩もバイクも、不良と一括りにされて敬遠される俺の仲間も。自分の世界を彩る全てを、俺はきっとこの先も手放すことはできないだろう。

誰もが寝静まった深夜、なるべく音を立てないように仕事に向かったオフクロの足音を聞きながら未だ俺の寝床を占領するあどけない寝顔をぼんやりと見つめる。2年前、誰にも行き先を伝えず痕跡すら残さず消えた俺たちの大切な幼馴染み。

なまえがいなくなってマイキーは変わった。ずっとなまえだけに強く向けられていた、垂れ流しだったその感情は抜け落ちたみたいに消え彼女の名前を出すだけで「あ?知らねぇよ」と不機嫌な顔をするようになった。

二人の間に何かがあったのだということは一目瞭然だった。マイキーは何も言わないけれど、それが真一郎くんに関することだということも、原因はすべて俺や一虎にあるということも分かっていた。

だからか、俺もそれ以上何かを言うことは出来なかった。あの日以降、俺たちの間で暗黙のルールが定められた。なまえという幼馴染みの存在を互いの前で露呈させないというなんとも自衛的で、何かが磨耗していくようなそんな妙な決まり事だった。

どれくらいそうしていたのか。空がうっすら白み始めた頃、泥のように眠っていたなまえはようやく小さな唸り声と共に意識を取り戻したようだった。ベッドの上でもぞもぞと俺の布団を手繰り何度も寝返りを打つ彼女に、今更どんな顔を向ければいいのか。

けれど悩んだのは一瞬で、気付いたらその背中に声を掛けていた。ややあって怠そうに起き上がり重いだろう瞼をなんとかこじ開けたなまえは俺と目が合うと不思議そうな顔をした。不思議そうな顔で「圭介?」と自身の名前を呼ばれた時、泣きたくなるような何とも形容しがたい感情が溢れた。その声でその名を呼ぶ人間はこの世で一人しかいないから。

その後、何故か落ち着きなく話題を振ってくる彼女に対しどんな返しをすればいいか量り兼ねていると、いまいち続かない会話に気まずさからか、ベッドから降りたなまえが部屋を見渡しながら飾り棚の方へと移動する。

弾んだ声で思い出話を始めるなまえに今ならあの時のことを謝れるのでは…なんて身勝手な期待を抱くも、どう切り出せばいいか分からず結局尻窄んだ。おまけに話の流れから墓参りについて口にしてしまったことを酷く後悔した。

昨日は真一郎くんの命日だった。あれから2年が経った今でも俺は時々あの日の夢を見る。真一郎くんのことをとても大切に思っていたなまえに、きっと今も心を痛めているだろう相手にこんなことを言うべきではなかったと視線を落とせばなまえは特に気にした風もなく、なんなら少しだけ笑みを浮かべて言うのだ。命日だったねって。

まるで何十年も前の出来事のように、思い出を語るかのように遠い目をして彼の話をするなまえを見て俺は自分がしてしまったことの本当の恐ろしさを痛感した。そうだ、俺が…俺たちが変えてしまった。

目を輝かせて彼の話をする無邪気ななまえ。相手にされなくとも何年もずっと真一郎くんだけを想う一途ななまえ。マイキーの嫉妬から始まる口撃にいつも泣かされる鈍感で少しだけ残酷ななまえ。キラキラした目で真一郎くんだけを見ていた、幸せそうに笑うあのなまえはきっともうどこにもいない。

そう思うと何故か胸が苦しくてたまらなくなる。なまえは一体どうやってあの出来事を過去にしたんだろう。マイキーはどんな思いで俺を許すと言ったんだろう。悪いのは、責められるべきは俺なのに。いっそのこと「お前のせいだ」と罵ってくれればいいのに。二人はこんなところばかりよく似ているのだ。だからきっと今も何も言わず自分の中に一人で背負い込んでいる。

「ごめん、なまえ…っごめん」

背負わせて、過去にさせて。あんなに大好きだった人を失わせて。項垂れ、ごめんと繰り返す俺をなまえはただ黙って見ていた。かと思えば顔にかかる長い俺の髪を一房取って、感触を確かめるように手の中で弄ぶ。見上げた先にいる彼女が今何を思っているのかは分からない。その瞳にも表情にも感情というものは感じられず、あるのはただ果てしない無だった。

途端に涙がこぼれた。泣いていいのは俺じゃない。分かっているのに、目の前で涙さえ枯れ果てたように睫毛を伏せたなまえや時々仄暗い瞳を浮かべるマイキーや、あの日大事な物を盗みに入った俺をまっすぐ呼んでくれた真一郎くんを想うと自分が壊してしまったものの大きさを改めて理解して押しつぶされそうになる。

自分が犯してしまった罪はきっと一生消えないだろう。死ぬまで背負い続けていく覚悟はとうにした。それでもたまに息苦しくてどうにもならない時がある。心のどこかで誰かに許されたいと、楽になりたがっている自分がいる。

「…ごめ、なまえ、ごめん…ごめ」
「うん、分かった。もう分かったよ圭介」

馬鹿の一つ覚えみたいに謝り続けていた俺をそっと掬い上げてくれたのは、僅かに震える掌を頬に添え、上を向くよう引き上げたなまえの両手だった。目が合った彼女は今にも泣きそうな顔で笑おうとする、下手くそな笑みをたたえていた。一粒、俺の頬を滑り落ちていった涙を親指の腹で拭ったなまえは、泣くのは終わりだとそう言った。

強く淀みのないその声は自分自身にも言い聞かせているようだった。もしかするとなまえはこうやって真一郎くんの死を一人で乗り越えてきたのかもしれないと漠然と思った。そんななまえを見て俺はまだ全然覚悟が足りなかったのだと自身の甘さを悔いたと同時に決意する。もう二度と仲間を、なまえを裏切らない。今度こそちゃんと全部守り抜いてみせるんだって。

それが彼女に伝わったかどうかは分からないが、頷いた俺を見て安心したように目尻を下げたなまえが「まだまだ子供だなぁ、圭介は」なんて馬鹿にしやがるのでなんだか釈然としなかった。お前も同じ子供だろ、そう言い返せば視線を逸らして何かを誤魔化そうとする姿に違和感を覚えたのだが…その理由は後日、誤爆したなまえから明かされる。

13年後の未来から来たという、俄には信じがたいその話を何故か「そうなのだろう」と思った理由は特にない。強いていうならババくさいから…というのはさすがに冗談だが、多分、俺が彼女の言うことを今まで一度も疑ったことがないせいだと思う。…ま、本人にはぜってぇ言わねーけど。



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