×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

場地圭介の独白A


※DVD封入冊子のネタバレが若干あります




マイキーとなまえの幼馴染みとして周りから認知されるようになって数年、俺の名前は最近別の意味で有名になってきた。

「…場地くん、またキレて上級生のことボコボコにしたらしいよ
「うわ、やば」
「いつキレるか分かんないし怖いよね…席近いのやだなぁ」
「大丈夫?早く席替えしたらいいのにね」

暴力者、すぐキレるヤバい奴。それが周囲の人間から見た俺、場地圭介の評価であった。あながち間違いではないので否定はしないが仮にも本人がいる前で話すのはどうよ。丸聞こえだし。

机に伏せたままクラスの隅っこで女子がひそひそやっている内容をよくよく聞いているとぼんやりとだがその時の出来事が浮かんでくる。

数日前、確かに俺はむかつく上級生を殴った。一つ年上だというだけでふんぞり返るクソみたいなやつだったし、何よりやってることが気に食わなかったからだ。でも別にボコボコにはしていないはず。先に殴りかかってきたのは向こうで、やり返したら泣いてすぐ謝ってきたし、その後もせいぜい顔に一発入れたくらいで大きな怪我をさせた記憶もない。…いくらなんでも誇張しすぎじゃないだろうか。

まぁ噂というものは大体尾鰭がついて大きくなるものであるし、今回のことは他人に理解してもらいたくてしたわけでもない。今更どう思われようと痛くも痒くもないけども。

日常茶飯事と化した噂の声も特に気に留めず、昨日遅くまでゲームしてたせいか眠いわぁ…なんて腕の中で大きな欠伸を漏らした時だ。背後で「あのさ」と聞き覚えのある声がしたのは。

「圭介はただ上級生を殴ったんじゃないよ。面白がって野良猫を虐めてたからやめるように言っただけ…それに先に殴りかかってきたのは向こうだから」
「え…あ、みょうじさん…そ、そうなんだ」
「うん、だから何も知らないのに私の幼馴染みのこと悪く言わないでくれる?」

それはつん、と冷たく尖った声だった。正論をぶつけられた女子たちは「あ、うんごめん」なんて言いながらも去り際小さな声で「こわぁ」「そりゃ場地くんと佐野くんの幼馴染みだもん」などと陰口のような言葉を交わす。

あーあ…そんなことすっから未だに友達いねーんだよお前は。

不器用で人付き合いが極度に下手くそな俺の幼馴染みは、こういう時に限って無駄な正義感を捨て切れない。俺やマイキーが絡んだ話では特に、間違ったことを間違ったままにしておけない、頑固なやつなのである。けれど同じくらい小心者なのできっと今頃心の中では「あああやっちゃった…!」と涙を堪えているに違いない。それを顔に出さないところがこいつらしいけど。

「まぁ泣くなって」
「っうわ…なんだ、圭介起きてたの」

いや泣かないけど…やっちゃったよね。そう言って、うんざりとした顔で笑ったなまえが俺の後ろに座る。なんの偶然かあれから数年連続同じクラスの腐れ縁である俺たちはよく行動を共にしている。お互いに友達らしい友達がいないのも理由の一つだが、こいつといると気兼ねせず、のびのびできるのが一番の理由だ。

たまにマイキーが「ひまー」などと言いつつやってきては三人で過ごすことも少なくない。俺にとってはこいつらと一緒にいる時間が何よりも特別で、それはきっと、この先も変わることはないのだと信じていた。



一虎と出会ったのはそんな時だった。第一印象はカモられてるバカなやつ。しかしなんやかんやあり、殴り合って友情を芽生えさせるという少年漫画のような展開を迎えた俺たちは、気付いたら互いを唯一無二の親友だと認識していた。

それからあれよあれよという間に時間は流れ、小学校を卒業。それを機にオフクロの仕事の関係で隣の区へと引っ越した俺はマイキーやなまえとは別の中学に進学する。

それでもマイキーとは他のメンバーも含めつるんでいたし、なまえとも佐野家でよく顔を合わせていたので学校が違くとも俺たちの関係に大きな変化は見られなかった。そんなある日のことだ。黒龍と一人で揉める一虎を何とかしたくてよくつるむメンバーでチームを結成したのは。

「東京卍會ってーの、かっけーだろ」
「ふーん」
「かっこいー!エマも入りたい!」
「ワリ、エマは無理だわ」
「なんでよ場地のいじわる!」
「…あのさ場地、やっぱ俺は万次郎會の方がいいと思うんだけど」
「いやそれはみんなからだせぇって言われてたじゃん」
「は?どこがだせぇんだよ」
「オメーの名前まんまなとこだよ」

満場一致で卍會に決定したというのにマイキーだけは未だに納得していないのか、こうして時々改名を要求してくるのでそれを宥めるのが最近の俺の役目だった。マイキーと二人、あーでもないこーでもないと言い合う姿に痺れを切らしたのか。呆れたように俺たちを見ていたなまえがエマと連れ立ってリビングを出て行く。

転校後、めっきりと会う頻度が減ってしまった幼馴染みはたった数ヶ月の間に随分と大人びてしまったように見えた。今日も久しぶりに会ったというのに彼女のテンションは軒並み低く、見せる反応も薄かった。なんだか途端におもしろくなくなってしまった俺は「なまえってなんかあったん?」と不機嫌を隠すことなくマイキーに問う。

すると奴はその質問の意図を真に理解したかどうかは分からないものの、少し考えたそぶりをした後で「昨日エマと生理が重くて辛いって話してんのは聞いたけど」と俺たちにはきっと一生理解出来ないだろう話をぶっ込んでくる。月に一度、体調不良を訴える自身の母親を見ているので知らないこともないが…とそこまで考えていやちょっと待てと首を振った。そういうことをさらっと言うんじゃねぇよバカ。

「いや、もういいわ」

マイキーのデリカシーのなさは別に今に始まったことではないが、さすがにそういう話は本人の預かり知らぬところでするべきではないと思う。これ以上聞く気はないと態度で示したというのにマイキーは尚も言葉を続ける。

「今日もなんか元気ねーから、生理痛重いん?って聞いたんだけどさ」
「お前…まじで…」
「したらさ、妙に素直にしんどいっつって、持って来てた薬飲んでたから相当なんじゃねーかなって。…さっきも顔青かったし、多分エマの部屋で休んでると思う」

顔を合わせれば喧嘩ばかりの二人だが、こういうところはさすがだといつも思う。マイキーのその言葉通り、しばらくしてエマと二人リビングに戻ってきたなまえはさっきよりも幾分か明るい表情をしていた。体調を窺うような目を向けていたらしい俺と目が合うと「あー…心配かけた?」とへらっと笑う。

次いで、じとっとマイキーに向けた恨めし気な目。おそらく既に奴から俺へ伝わっていることは想定済みらしい。「ハライタは?」「もう大丈夫だけどなんかムカつく」「なんで」そんなやり取りをする二人を見て気が抜けた。普段言い合ってばかりとはいえ伊達に長年一緒にいるわけではない。お互いのことはなんでもお見通しなのだろう。…まったく、喧嘩するほどなんとやらってやつだ。

「あ、圭介、今なんか失礼なこと考えたね?」
「はぁ?なにが」
「万次郎と喧嘩するほど仲が良いとか思ったでしょ」
「お前エスパーか?」

考えられたことを当てられ目を見張った俺に「悪くはないけど良くもないから誤解しないで」とよく分からない御託を並べて膨れっ面をしたなまえ。大人びたと思ったけれど、マイキーが絡むとこうなるところは相変わらずなようだ。

「そうだよ場地、誤解すんなよ」
「それ私がもう言った」
「いいじゃん何回言っても」
「だめ」
「はぁ?」

息をするように始まる睨み合いに、一体何がこいつらをここまでさせるのかと呆れを通り越して関心すらしてしまう。いつものことだと溜め息を吐いてテレビを見始めたエマから視線を戻すと、それに気付いたなまえがこちらを見た。そして何を思ったか「圭介のことは大体分かってるから、安心して」なんて誇らしげに笑うので俺はとても胃が痛い思いをしなければならなかった。

鈍いのか、はたまた真一郎くんしか見えていないのか。多分きっと後者なのだろうけど、マイキーの気持ちに気付いていないのは想いを向けられる当の本人くらいだった。嫉妬に歪んだ不機嫌な顔でこちらを見てくるマイキーからそっと視線を逸らせば「場地」と何故か俺が責められる。…くそう、世の中理不尽なことばかりだ。



それから更に月日は流れた、8月のある夜のことだ。一虎に連れられやって来た、バイク屋の前。ショーウィンドウから見えた一台のバイクを手に入れる為、いけないことだと分かっていても閉店後の深夜に忍び込んでしまったそこで俺は…俺たちはとんでもないことをしてしまった。

「っ真一郎くん!真一郎くん!!」

頭からおびただしい量の血を流し倒れるその人は今でこそ滅多と会わないけれど、ずっと昔から俺の唯一憧れるカッケー人で、仲間であるマイキーの兄ちゃんで、それから…なまえの一番大事な人だ。

地に伏せる彼の名前を何度呼びかけても反応はなかった。それどころか呼吸さえしていないようで、ぴくりとも動かない身体に恐怖と焦燥と、いろんな感情がないまぜになる。こんなこと親が知ったら…マイキーが、なまえが知ったら。

涙を流しながらぶつぶつとうわ言のようにマイキーを責める一虎を見て、余計に苦しさが増した気がした。

警察に連行される俺と一虎をギャラリーの中からマイキーが見ていた。何があったのだと案じるようなその声に俺はただ謝ることしか出来なかった。謝っても許されないことをしたというのに自分でも随分と都合が良いと思う。



…あれから2年。内心どう思っているかは未だに分からないがマイキーは罪を犯した俺のことを許してくれた。ただ真一郎くんに直接手をかけた一虎だけは許さないとそう言って、時々深く暗い瞳を今でも覗かせる。そしてなまえとは…2年前、マイキーの家でチーム発足を報告したあの日以降、一度も会っていない。

真一郎くんが死んだ後しばらく経って、一度だけその家を訪ねたことがある。かかっていた表札がないことに疑問も覚えずインターホンを押した俺にたまたま通りかかったおばさんが気付いて教えてくれた。つい最近引っ越したのよって。

そこでようやく俺は気付いたのだ。ああ…もうダメなんだって。

当たり前だ。俺はなまえを裏切った。それも、最も最悪な形で。

連絡先は知っていた。だけど、もしかしたら消されているかもしれないとか、無視されてしまうんじゃないかと思うと怖くてメールも電話もすることは出来なかった。電話帳に表示されるその名前だけを未練がましく見つめては諦めるように電源を落とす。

そんなことを繰り返している内に冬がきて夏がくる。俺とマイキーの間に当たり前にあった笑顔がなくなって2年が経った、中学最後の夏の夜。かの人が眠るその場所で俺は再びなまえと出会った。

墓前で蹲る小さな背中に声を掛ければ憔悴した顔でこちらを見上げたその姿が、知り得もしない2年前の彼女と被って見えて途端に息苦しくなる。…でも、そうか。きっとこれは逃げ続けていた俺への罰なのだ。

目が合うなり意識を失ったしまったなまえの身体を慌てて抱き起こしながら、向き合うべき時は今だと一人静かに決意した。



戻る