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場地圭介の独白@


※本編 場地視点のお話 続きます




ガキの頃、母親に勧められ軽い気持ちで見学しに行った空手道場。そこで見覚えのある二人を見つけた俺は馬鹿ながらも、世間は狭いというあの言葉はこういう時に使うのだと身をもって知った。



今でこそ幼馴染みと呼んでいる彼女だが、そんな俺たちにも始まりがある。

小学校へ入学して数週間。五十音順に並べられた席で幸運にも窓際を手に入れることが出来た俺のとなりのとなりの席の女子。それがみょうじなまえだった。大きな瞳を持ちガキながら整った顔立ちのそいつはわざとなのか、それともただ人間付き合いが苦手なだけなのか、周りとは少し距離を保っているようだった。

そのせいか女子にも男子にも敬遠されていて、いつも休み時間になると一人で静かに本を読んでいた。滅多に変わらない表情と目を惹く容姿は時に酷く冷たく見えた。それが余計に周りの人間を遠ざけているようだったが当人はそんなものどこ吹く風で、決して自分のペースを崩すようなことはしなかった。

そんな彼女にまったく興味がなかったわけではないが、幼馴染みらしい佐野が気まぐれにやってきては休み時間いっぱいそこで過ごす頻度が増えるにつれ、話し掛けるという概念すら消え失せてしまっていた。



「あれ?場地じゃん」

ここで何してんの?道着姿で俺を見下ろした佐野がそう言って首を傾げた。その台詞、そっくりそのままお返ししたい。

「見学だよ…お前こそ何してんの?」
「なにって、ここ俺んち」

佐野道場。表に掲げられていた看板は確かにそんなだった気がする。けれど見学先がまさか自分の同級生の実家だとは夢にも思わない。道場の隅っこで小さくなっていた俺を目ざとく見つけてやって来た佐野はあまり変わらない表情のまま続ける。

「やんの?空手」
「いや、まだ考え中」
「ふーん」

至極どうでもよさそうな相槌を打ち何故か隣に座り込んだ奴は、ふうと大きな息を吐いてその場に寝転んだ。今から稽古が始まるというのにまったく自由なやつである。遠くから飛んできた「くぉら寝るな万次郎!」という怒鳴り声も聞こえないふりでいなし、ゆっくりと瞼をおろした佐野は「始まったら起こして」とのび〇くんもびっくりのおやすみ1秒を実現させた。…いやまじで寝る気かこいつ。

「マンジロー」

そんな時、新たな声が頭上から聞こえて顔を上げる。あまり聞き覚えのないソプラノに首を傾げた俺と目が合ったそいつは大きな瞳を二、三回瞬くと「バジくんだ」と言ってふにゃりと笑った。

…ビビった。何がって、こいつ笑えんの?とか、なんで俺の名前知ってんの?とか。クラスメイトってだけで関わりなんてまったくない、会話をした記憶すら無に等しい相手だったから。

「みょうじ、俺のこと知ってんだ」
「え?うん、だって同じクラスだし…なんで?」
「お前、誰とも話さねーじゃん」
「あー…はは…私、友達作るのニガテで」

誰かと話すのも苦手…緊張して怖い顔になっちゃうから。そう言って困ったように笑ったみょうじは俺の隣で鼾をかき始めた佐野の腕を引き「起きて、先生が呼んでる」と声を掛ける。しかし一向に起きる気配がない佐野はどれだけ腕を揺さぶられても、なんなら足蹴にされても目を覚ますことはなかった。

「もぉ!バカマンジロー!重いんだよ!」

不満を零しながらも、俺より小さなその身体が佐野の腕を引き摺っていく。途中、何かを思い出したかのようにこちらを振り返り「バジくんも空手やるの?」とついさっき聞かれたばかりのそれを反芻したみょうじは俺の表情を見るなり佐野としたやり取りを察したらしかった。

「一緒にやろうよ、楽しいよ」訊ねることをやめ、勧誘する方向にシフトチェンジしたみょうじがそう言ってはにかんだ。初めて見せた年相応の笑顔に一瞬心臓が飛び跳ねた気がしたけれど、時間が経つことで落ち着いたそれについては深く考えることはしなかった。

それからややあって始まった稽古。眠そうな顔をしながらも厳しく声を掛けられ渋々参加する佐野や、佐野の後ろで型を打つ真剣な顔のみょうじ。俺は何故かそんなみょうじから目が離せずにいた。自分よりも明らかに小さいその身体から突き出されるまっすぐな拳と真剣な掛け声に俄然興味が沸いたのだ。

空手…やってみよっかな。

やる気なんてなかったはずなのに気付いたら入門書片手に帰ってきた俺を見てオフクロはとても喜んだ。今思えばあれは、何か問題を起こす前に習い事でもさせて発散の場を設けようというあの人なりの謀だったのかもしれない。…申し訳ないことに親心を汲むことはついぞ出来なかったけれど。



「よぉ、今日からよろしく」
「バジくん」

入門初日の稽古前、まだ誰も自分を知らないその場所で初めて自分からみょうじに話しかけた。真っ白な道着に着られている感満載のみょうじは俺を視界に入れると「よろしく」と学校では見たことのない緩い表情を見せる。…きっと、クラス中でこの笑顔を知っているのは俺だけだろう。

そう思うと何故か急に誇らしくなる。「誰かと話すの苦手なんじゃねーの?」意地悪くそう言った俺を見てみょうじは呆気に取られた顔をした。言われたその言葉を咀嚼するかのように数回瞬きをした後「バジくんは意地悪だね」と拗ねたように頬を膨らませる。

「そぉか?初めて言われたけど」
「誰も言わなかっただけなんじゃない?」
「なんだそれ、ひどくね?」
「ふふ、お返しだよ」

両手で口元を抑え楽しそうに笑ったみょうじ。学校では相変わらず物静かなこいつの表情がころころ変わっていくのを見るのはおもしろい。

クラスでいつもひとりぼっちのみょうじなまえ。一人静かに本を読むのがただ好きなんだと思っていた。友達を作らないこいつは、そうではなくて上手く出来ないだけなのだ。緊張しいで、友達作りが苦手で、笑うと下がる目尻が猫みたいでとても可愛くて。…そこまで考えて途端にむず痒くなる。俺は一体なにを言ってるんだろう。

「つかさ、バジくんってやめねぇ?」
「えーじゃあなんて呼んだらいいの」
「くん付けはキモチワリィからそれ以外で」
「んー…わかった。じゃあ圭介って呼ぶ」
「…っえ?」
「私のことも、みょうじじゃなくてなまえでいいよ」

これからよろしくね、圭介。ここではよく見る、朗らかな笑顔をたたえたなまえがすっと右手を差し出した。握手を求めているのだと気付いた時には握られていた左手。握手というよりも一方的なそれに一瞬、呼吸をするのも忘れてしまう。

小さくて柔らかなその手がゆっくりと離れていくのをまるでなごり惜しむように見ていると「なあに?私の手になんかついてる?」と揶揄うようになまえが笑った。

「…うっぜ」
「ええ?なんで?」
「なんでも!」
「うわぁ、せちがらい」
「?なんだよせちがらいって」
「うーんよく分かんないけど、真ちゃんが言ってるから使ってみた」
「真ちゃん?だれそれ?」
「マンジローのお兄ちゃん」

その人を思い浮かべているのか満面の笑みでそう言ったなまえは続ける。「かっこいいんだよ!」って自慢げに。真ちゃんこと、佐野真一郎くんは佐野の兄ちゃんでなまえがベタ惚れの不良高校生だそうだ。優しくてかっこいいと大絶賛のなまえに面白くない気持ちでいっぱいの俺はまだ知らない。淡い、初恋にも似たこの感情が芽生えてすぐに打ち砕かれることになるなんて。




「へぇ、お前が圭介か」

俺シンイチロー!よろしくな!佐野となまえを両腕にそれぞれぶら下げながら大股で近付いてきたその人は目の前までやってくると人好きのする笑みを俺に向けた。この人が真ちゃん…いや、真一郎くん。

最初はなまえが惚れるなんてどんなやつだなんて構えていた俺も、気付いたらいつの間にか大好きになっていて驚いた。真一郎くんはとにかくかっこよくて、おまけにガキの扱いがうまい。

どっちが真一郎くんと遊ぶかでよく喧嘩をする佐野となまえは放置して、彼は俺によく型を教えてくれた。もう空手をやってないなんて信じられないくらい綺麗なそれに見惚れていれば「恥ずかしいからあんま見んな」と照れたように笑う。

どこまでもかっこいいその人を見て俺は小学生ながらに悟った。きっと一生かかっても真一郎くんには敵いっこないって。けれど不思議と悔しいなんて思いはなくて、こんなん惚れない方がおかしいと。ただただ、透き通った憧れだけがそこにはあったのだ。



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