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場地と千冬と過ごす日常


※間接的にほんの少し腐要素あります
※謎な遊びしてます




「あっつ…まじ死ぬこの部屋」
「っすね」
「…仕方ねーだろクーラー壊れてんだから」

文句言うなら帰れてめーら。一人、扇風機の最大風力をひたすら浴びながらそう言った圭介を恨めしげに見やる。8月中旬、今日もおそらく観測史上最高気温を叩き出しているだろう蝕むような夏の暑さにいい加減辟易する。

圭介の部屋、つい先日まで居心地の良かったそこはクーラーが壊れてしまったせいでもはやサウナ状態と化していた。ただでさえ手狭な団地の一部屋、三人も密集すれば余計に体感温度は上昇する。ダイニングキッチンから流れてくる僅かな冷気を求めて、千冬くんと二人畳の上に仰向けに寝転がっていると「目の前で邪魔くせぇなぁ」と鬱陶しそうに私たちを見下ろしていた圭介が何かを思い出したように立ち上がった。

「どこいくの?」
「便所」

返ってきた一言と共に向きを変えられた扇風機。先程まで奴の長い髪の毛を勢いよく後ろへ流していたその風圧が私と千冬くんの顔面に直撃する。一瞬息が出来なくて顔を顰めると、見兼ねたように風圧設定をニ段階弱くした圭介が私の太腿を軽く蹴る。

「いった…なに?」
「邪魔、端寄って」
「えー無理、暑くて動けないもん」
「じゃあお前のこと踏んでっていい?」
「やだよ避けてって」
「はぁ?ざけんな」

漏れたらどーすんだよ、いいから退けや。…何故だろう、そう言われると素直に退きたくなくなるのは。

「あー身体がいうことを聞かない…ドウシテダロウ、ウゴケナイ」
「うっぜ、痩せろ」
「は?これ以上痩せたら骨皮なまえになっちゃうでしょうが。ねぇ千冬くん」
「…ソウデスネー」
「よし圭介、千冬くんを踏んでいきたまえ」
「は?嫌ですよ、なに勝手に許可してんすか」
「え?だめなの?」
「だめでしょ。俺にも人権ってもんがあるんですよ、知ってます?」
「知らなかった…」
「場地さん、踏むならなまえさんでおなしゃす」
「っそんな、千冬…私のこと裏切るの…?」
「フ、何を今更…最初から、こうなる運命だったんだよ俺たちは」
「ひどい…っ!ずっと信じてたのに…!」
「…ああ、俺は酷い男さ。だけどなまえ、これだけは信じてほしい。お前とのことは決して遊びなんかじゃなかった」
「千冬…私、今でもあなたのこと…っ」
「っなまえ…!」
「いやマジなんなん?お前ら」

つい最近、千冬くんと回し読みした不倫サスペンス系漫画のワンシーン。寝転んだまま再現した私たちを引き気味に見た圭介は二人分の腹の上を難なく飛び越えると「アッタマおかしいやつばっかだな」と舌打ちと捨て台詞を残して自室を出て行く。

「頭おかしいだって、失礼しちゃうね」
「ハハ、あれ多分なまえさんのことでしょ」
「何言ってんの、千冬くんだよ」
「まじすか」

何が面白いのかは分からないが、込み上げてくる可笑しさに二人で声を上げて笑った。漫画のシーンを再現する、こんな妙な遊びを始めたきっかけはなんだったろうか。多分、ただの気分とノリ。あと圭介の反応を見て楽しむ為だった気がする。といっても、最近は慣れてしまったようで大体冷めた目と辛辣な言葉を浴びせてくるのだが。

突然始まる寸劇。何が起こったのか理解するまでのあのほんの一瞬だけ見せる気の抜けた圭介の顔を見たいが為に、今もこうして千冬くんとくだらない遊びを続けている。

「今度はどれしよっか」
「あ、なら俺あれやりたいっす。ちょっと前になまえさんが友達から借りてきたゴテゴテな少女漫画の」
「うんうん」
「ヒロインの方」
「なるほどそっちね。分かった、じゃあ私最後まで作者ですら扱い雑だった当て馬の男子やるわ」
「了解っす、ちょっと裏声作るんで時間ください」
「おけ、いつでもいいよ」
「は?まだやってんのかよ」

戻ってくるなり、まるで汚物でも見るかのような目で一言「やっぱ頭おかしいな」と吐き捨てた憧れの人の言葉ですら自分の世界に入り込んだ千冬くんには聞こえていない。隣に寝転んだまま目を閉じ高い声を模索中の彼を一瞥した後、ぽんぽんと反対側の畳を叩いて。

「いいからほら、圭ちゃんもここおいで?暑いでしょ?ここ涼しいわよ〜扇風機がついてるからね〜」
「…はぁ」

今回のテーマは少年漫画に割とありがちな近所のおせっかいなお姉さんだ。千冬くんが高音集中で登場できない今、遊びの延長は私一人でするしかないと架空の人物に成り切り笑みを浮かべれば諦めたように短く溜め息を吐いた圭介が乱雑に隣へと寝転んだ。私の芋な演技には一切触れないつもりらしい高尚な彼は疲労を滲ませた表情で千冬くんに視線をやってから「こいつは何してんの?」とうんざりしたように言うので。

「どきどき胸きゅんらぶりーの個井可奈ちゃんを下ろしてるとこだよ」
「は?なんて?」
「この間千冬くんと回し読みしたゴテゴテ恋愛漫画の登場人物でとにかく惚れっぽい子なんだけど、まぁ見た目が可愛いってんでモテモテなのね。あ、ちなみに彼女の口癖は、これって恋かな!?」
「待てや情報量鬼すぎんだろ」
「千冬くんがそっちやるって言うからさ、私は当て馬の河合総一くんやるかって。でも彼の扱いマジで酷くてさー、一話目からめっちゃ可哀想なんだよね」
「つーかキャラの名前安直すぎね?」

作者やる気ねーな。そう続けて、ベッドの下に投げていた読みかけらしい週刊少年誌を引き寄せた圭介。毎週購読しているらしい千冬くんが読み終わるなり持ってきてくれるそれに、私も数日前途中まで目を通したことを思い出してページを捲る彼の傍に寄る。

「ねぇ、どこまで読んだ?」
「んー…この辺」
「あ、私もちょうどそこで止まってたんだ」
「ふーん」

仰向けからうつ伏せに体勢を変えた圭介はそれに倣った私を見ても特に何も言わず、ほんの少しだけこちら側に漫画雑誌を寄せた。彼はこうして時折、気まぐれに自分の懐に私を招き入れる。かと思ったら興味なさげにそっぽを向いて、自分の都合で遠ざけるのだ。やっちゃん家のアランくんのように、千冬くん家のペケちゃんのように。そう、それはまるで。

「なに」

扇風機の風に煽られる髪を片手で纏め漫画に目を落としていた圭介。集中しているように見えたけれど、さすがに隣から向けられる不躾なそれに耐えられなくなったらしい。こちらを見ることもせず放たれた不機嫌な声に「圭介ってさぁ」と返すとようやくその二つの目が私に向けられる。

「…いや、やっぱなんでもない」
「あ?んだよ言えよ」
「言ったら多分怒るもん」
「はーーん?あれだろ、バカにしたやつだろ絶対」
「違うよ、猫みたいで可愛いなーって思っただけ」
「…それ褒めてんの?」
「女子の可愛いは大体褒め言葉だよ」
「女子ぃ?」
「なに?文句あんの?」
「べっつにー?」
「うわ、ムカつく!こうしてやる!」

わざとらしく肩を竦めた圭介の背中にわざと体重を掛けて座り込む。すると「重てぇな痩せろ」とさっきも聞いた失礼な言葉をぶん投げられた。腹立たしさにまかせ背中に流れる髪の毛を掴むだけのツインテールにしてみるも、私のその行動なんて気にも留めていないらしい圭介は再び漫画に視線を落とす。次いで「あちぃからそのまま持っといてー」なんて人の手を勝手にヘアゴム扱いするので(自分から始めたことは忘れてる)余計に腹立たしい。この髪むしってやろうか。

「っし、完璧に降りてきました。なまえさん、俺いつでもいけますよ!…ん?何してんすか二人して」
「えっと…セーラー○ーンごっこかな」
「まじすか!?その髪型してるってことは…場地さんがうさぎするんすか!?うわヤッベェ…月に変わってお仕置きよって言ってもらっていいですか」
「いや伏せ字の意味」

はぁ、と深く溜め息を吐いて「仕方ねーなぁ千冬は」と呆れたように笑った圭介と「へへへ」なんて照れ臭そうに頭を掻いた千冬くん。一見、先輩と後輩の和やかなやり取りという感じだがそこだけ謎にふわっふわした空気が漂っている気がする私はもしかすると腐っているのだろうか。目の前で笑い合う二人が例の世で言うカップリングというやつに見えるなんて。

「おいなまえ、お前今なんかキモいこと考えたろ」
「っえ?なにが?」

じとりと横目で探るように私を睨んだ圭介。危な…あともう少しでなんか扉開くとこだったわ。内心冷や汗を垂らしながら、しらばっくれるように目を泳がせていると「男同士でねーわキッモチワリィ」とぼやかれた。やばいこの人絶対エスパーじゃん。

「え?ないって、何がっすか?」
「…千冬くん、君はそのままでいてね」
「?」

反して今の会話を何一つ理解出来ず、不思議そうに首を傾げた純朴な彼には私から伝えることはきっと何もない。だというのに、つい先程キッモチワリィなどと顔を顰めた圭介が「千冬ぅ、こいつ俺とお前がさぁ」なんて突然面白可笑しくビーとエルの話をし始めるので、慌てた私は両の手で掴んでいたその毛束を持ち主の顔へと思いきり被せ「からの〜貞子!」などと誤魔化すことに全力を尽くした。

それが功を奏したのかどうか、ツボにハマったらしく声を上げて笑い出した千冬くんと「テメェ殺すぞ」とドスの効いた声で下から私を凄んだ圭介。せっかく引いた汗が違う意味で吹き出してくるのを感じながら「やっぱりこの部屋暑いよねぇ」なんて斜め上に視線を飛ばす。

その後、キレ気味の圭介から容赦ない足裏くすぐりの刑を受け懲りた私はしばらく貞子は封印しようと心に誓ったのだった。



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