×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

憧憬


千冬視点


みょうじなまえさん。数ヶ月前に場地さんを通して知り合ったその人の存在はいつの間にか随分と大きくなっていた。場地さんにも言えなかった、情けなくて小さな悩みもなまえさんには何故か話せてしまうし、彼女はいつもそんな俺の話を真剣な顔で聞いてくれる。だからこそ、タケミッチが唯一自分だけに明かしてくれたあの秘密を彼女にも聞いて欲しいと思った。

12年後、東卍メンバーがマイキーくんによって皆殺しにされる未来。そして、その当人であるマイキーくんさえも死んでしまった残酷な現実を変える為、再び過去に戻ってきたタケミッチに風呂上がり、そんな話をすれば奴は悩む素振りもなく頷いて「俺もなまえさんに聞きたいことがあるんだ」とそう言った。

今になって思う。タケミッチは一体、なまえさんに何を聞こうというのだろう。さほど繋がりのない筈の二人を不思議に思いつつ、ほんの少し思い詰めたような顔をして隣を歩く相棒には、もしかしたらまだ俺の知らない秘密があるのかもしれないと彼女の家に向かう道すがら考えた。


「あれ、千冬くんにタケミッチ…?どうしたの?」
「なまえさん、すみません急に」
「それは大丈夫だけど…なんかあった?」

事前に連絡もせずに訪れた俺たちを見て大きな瞳を瞬いたなまえさんは、質問に対し言い淀んだそれを見て何かを察してくれたらしかった。「そう」たった一言、けれど納得したように頷いたなまえさんの視線がある一点で止まる。傷だらけのタケミッチの両手だった。タケミッチから俺へと移る、窺うようなその目に苦笑を返すと、なまえさんはどこか呆れを含んだように長く息を吐き出し「とりあえず、上がる?」と中途半端に開けていた玄関の扉を押しやった。



「なまえさん、今から言うことは、多分…いや絶対に信じられないこととは思うんすけど」
「うん」

通された、女子らしい部屋の中。タケミッチの両手にてきぱきと消毒と保護を施したなまえさんが救急箱の蓋を閉めたタイミングで切り出せば、どうやら意図を汲んでくれたらしい。それを端に寄せ、まっすぐこちらに向き直った彼女は黙ったまま続きを促すように俺たちに目をやる。ので、タケミッチの肩を叩きゴーサインを出した。

するとたどたどしくも、タケミッチは自分がタイムリープをしていることや今まで何度も変えてきた過去の話をなまえさんに話して聞かせた。突然の話に多少目を見張っていたなまえさんだったが、案外すんなりと受け入れてくれているようだった。

場地さんが死ぬことも知っていて、でも変えられなかったと嘆いたタケミッチに対しなまえさんは何も言わなかった。ただ小さく「そっか」と返すのみだった。

12年後の現代で起こっていることを伝えた時は何かを思案するような顔をしていたけれど、彼女は最後までタケミッチの話を真剣に聞いてくれていた。そして粗方全てを話し終えたタケミッチは、ここでようやく自分が聞きたかったらしい話題を持ち出す。

「それで、話は変わるんですけど…前になまえさん、俺に言ったじゃないですか。どこかで会ったことないかって」
「…うん、言ったね」
「それ、やっと思い出して…引っかかってたことが、あるんですけど…」

まるで言葉を探すように、あちこち視線をやるタケミッチをなまえさんはただじっと待っていた。一生懸命何かを伝えようとしている相棒を見て上手く進まないこのもどかしさを呑み込んでいると、ようやく本旨に辿り着いたらしいタケミッチがとんでもないことを口走る。

「なまえさんが会ったのは、未来の…2018年の俺ですか?」
「…は?」

つい、呑み込みきれなかった言葉が零れた。新たに聞くその情報に頭が追いつかず、じっとタケミッチの横顔を睨むように見ていれば「千冬くん」と聞き慣れたソプラノが俺を制して。

「…やっと思い出してくれたんだ?」
「っはい!」

困ったような、嬉しいような。なんとも表現しにくい表情でタケミッチと視線を交えたなまえさん。相変わらず追い付いていけない俺に気付いて手招きした彼女が「千冬くんにもちゃんも話すね」と睫毛を伏せる。

それから自分が2018年からやってきたこと。そこで未来のタケミッチとぶつかったこと。どうやって過去にきたのか。そして過去に来る前、今とは違うその人生のたっぷり12年分の出来事を簡潔に話して聞かせてくれた。

場地さんだけでなくマイキーくんとも幼馴染みだったなまえさんは、マイキーくんの兄貴の真一郎くんのことが好きだったらしい。真一郎くんが一虎くんに殺されてから場地さんやマイキーくんとは関係を絶っていた12年後の彼女は今、過去とはまったく違う人生を歩んでいると言った。

話し終え一息ついたなまえさんは、俺たちの視線に気付くと複雑そうな顔を隠しもせずに「あーあ…圭介以外に言うつもりなかったのになぁ」と何かを惜しむようにぼやいた。



「えーっと、つまりなまえさんはタイムリーパーではない…?」
「うん、多分。こっちに来てから現代に戻れたこと一度もないし、なんなら生きてるのかさえ微妙な気がしてる」
「あ、そっか…俺が会ったのはなまえさんがトラックに轢かれる前だから…」

タケミッチとなまえさんが未来の出来事を話している間、俺は向かい合う二人とは対角線上に座りぼんやりとしていた。なんとなく、ショックだったのだ。

なまえさんが未来から来た。それには多少驚いたけれど、タケミッチという前例があったからか割とすんなり受け入れていた。思えば一つ上だというのに彼女は随分と大人びていると感じたことも少なくはなかった。

場地さんの幼馴染み。長い付き合いがそうさせるのか、遠慮のない二人のやり取りを見るのが好きだった。けれどふとした時、二人の間には二人にしか分からない空気みたいなものが確かにあって、絶対に入り込めないと分かっていてもほんの少しだけ悔しかった。

勝手に疎外感を感じてガキみてぇに拗ねた俺にいつも気付いてくれるのは呆れたように笑うなまえさんだった。最初は鼻で笑うだけだった場地さんもいつの間にか同じような顔をして俺を見るものだから、人は長く一緒にいると似るなんていう世の中の定説を半分ほど信じた。

立てた膝の間に顔を埋める。耳だけは二人の話に傾けながらゆっくりと目を閉じた。きっとこの先、何十年経とうと俺は場地さんには敵わない。そんなのは当たり前で、はなから分かりきっていることだ。それでも、やっぱり悔しかった。あの夏、ほとんどの時間を共に過ごした三人の中で俺にだけ明かされなかったその事実が深く胸に刺さって、抜けない。

圭介以外に言うつもりはなかった、というなまえさんの言葉がぐるぐると頭の中を巡る。永遠に超えることの出来ない相手にみっともなく嫉妬するなんて…場地さん、俺、だせぇっすね。

「千冬くん」

そんな俺を彼女はお見通しだとばかりに呼ぶ。顔を上げればこういう時よく見るあの顔で笑うなまえさんと、不思議そうにこちらを見ているタケミッチ。「眠いのか?」なんて頓珍漢なことを言うこいつには、俺のこの繊細な気持ちなんてきっと1ミリも理解出来ないだろう。

「…なんで俺には秘密にしてたんすか」
「ごめん、混乱するかなって」
「なんか…俺だけ知らねーのって、むかつくっす」
「うん、そうだねごめん」

これからはちゃんと話すね。そう言ってまるで子供をあやすように俺の頭を撫でるこの人はやはりどこまでも大人なのだ。見た目は大して変わらないのに、中身は12年も先を生きている。…このことを場地さんはいつから知っていたんだろう。そうだと知っていてどうして変わらずにいられたのだろう。

自分がタケミッチにそうしたように、場地さんもなまえさんに全幅の信頼を寄せていたのだろうか。多分、いやきっとそうなのだろう…照れ屋で頑固なあの人は絶対認めないだろうけど。

「ぷぷ、なんだよ千冬、お前なまえさんの前では可愛いじゃん」
「は?うぜぇな、殺すぞタケミッチ」
「は?やってやんよ、表でろや」
「はいはい、やるなら表でねー」

勃発した胸ぐらの掴み合いをどこ吹く風であしらったなまえさんが「とりあえず昔のアルバムでも見る?圭介と万次郎写ってるけど」なんて取り出したそれに一瞬にして興味を惹かれた俺たちは、憧れであるその人のルーツを辿るべくその誘いに飛びついた。

アルバムを捲るたび、懐かしさに顔を綻ばせるなまえさんの横顔をそっと見て今は亡きあの人に想いを馳せた。



戻る