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I will never forget that summer


※場地、千冬との夏のお話
※千冬視点




盲目的な自分の世界。唯一慕う彼だけで構成されていたそこにもう一人、同じくらい特別な人が存在するようになったのはいつからだったか。

見ている方がハラハラするような遠慮のない応酬。くだらないことを言い合って笑ったり、かと思えばまるで空気と同じだとでも言いたげに言葉を交わさぬまま側にいたり。

友達とも恋人とも違う独特な雰囲気を持つ彼らは曰く、ただの幼馴染み。「付き合ってんすか?」揶揄うように関係を問うた俺を睨みつけ「あ?ただの腐れ縁だわ」なんて怠そうに吐いたその人に一つだけ、言いたいけれど言わずに耐えていることがある。……あの、その割にはなんつーか、距離感バグってんすよね。



「千冬、冷蔵庫から麦茶持ってきてくんね」
「うっす」
「あ、じゃあついでにこれに氷入れてきてくんない?」
「いいっすよ」

場地さんの部屋。つい最近ようやく買い替えて貰えたらしいクーラーの下で漫画を読む彼からの指示に腰を上げれば、隣に寝転び同じ雑誌に目を落としていたなまえさんが俺を見た。

畳の上に無造作に置かれていたグラスの中身は僅かに残っている。おそらく彼女も麦茶をおかわりするのだろうと差し出されたグラスを受け取り「何個入れますか?」「んー4個くらい」「了解です」なんてやり取りを交わし、そのまま方向転換しようとして、すぐ。

「わっ!」
「え、大丈夫?」

何かに足を取られ、たたらを踏んだ瞬間に少し…本当に少しだけ中身をこぼしてしまった俺。淡い茶色がじわじわと畳に染み込んでいくのを見下ろして「やべ、なんか拭くもの…」慌てて部屋の中を見回していたら。

「とりあえずこれで拭いとけ」

そう言ってなまえさんの白いTシャツの裾を引っ張りごしごしと畳の上を拭いた場地さん。無理矢理伸ばされた、さほど伸縮性のないTシャツの隙間から見えた白い腰にドキッとした俺を咎めるように彼女から盛大な悲鳴が上がる。

「ギャアアア!おま、白いTシャツでなんてことして…!シミになったらどーしてくれんの!?」
「あ?洗えばいーだろ?」
「そういう問題じゃな…てかくっさ!服麦茶くさ!」
「うっせーなぁ、麦茶はいいニオイだろうがよ」
「じゃあ嗅いでみてよ、服に染み込んだ麦茶のニオイを」
「は?…うわくっさ!なまえくっせぇ!」
「いや誰のせいだと思ってんの」
「ハハッ!まじくせぇ!」
「はぁ?何笑って…っぷ」
「お前も笑ってんじゃん」
「なんかだんだんおかしくなってきた…何よ、麦茶くさい服って。意味分かんなくない?」
「それな」

一体何がそんなに面白いのか、顔を見合わせけらけらと笑い声を上げる彼らを呆然と見つめて思う。俺にとっては二人の方がよっぽど意味が分からない。…いやまぁ、これでも一応慣れはしたのだ。一応。時々見る不思議なこの光景も空気を読むことにも慣れつつある昨今「…あ、とりあえず俺冷蔵庫行ってきま〜す」それだけ残しそそくさと部屋を出た。

尊敬してやまない、普段どこまでもかっこいい男は彼女の前だと途端に少年の顔をする。素直じゃなくて短気で、けれど無邪気な笑顔を覗かせる。それを見ると俺はなんだかいつも心がふわふわして、嬉しくて堪らなくなるのだ。

目的のキッチンに踏み入って鼻歌なんて歌いながら定位置に鎮座するよく冷えたプラスチックケースに手を伸ばした。



「お待たせしまし…え?どうしたんすか」
「「別に」」

麦茶のボトルとなまえさんのグラスに氷を4つ入れて再び部屋へ戻るとそこには先程の和気藹々とした笑顔はなく、殺伐とした空気だけが満ちていた。問うた俺の方を見もせずに某◯リカ様の如く淡々と一言告げて顔を背け合った気分屋の彼らに息を吐く。……今度は何があったというのか。

「……このTシャツ、お気に入りだったのに」

どうやら先程の麦茶事件は続いているらしかった。ぼそりと不満を漏らしたなまえさんを横目で見た場地さんは「だから謝ってんじゃん」とおおよそ謝罪をしているようには見えない態度で宣った。それがいけなかった。

「だから!謝るにしても態度があるでしょって言ってんの!」
「はぁ?いくら謝ってもぶつぶつ文句言うからこうなったんだろーが!」
「何逆ギレしてんの?意味分かんないんだけど」
「あ?うっぜ」
「どっちが」

ふんっ!もしくはプイッ!これが漫画であったならおおよそ、そんな効果音が付くのではないだろうか。勢いよく顔を背けた幼馴染みズへ呆れを含んだ視線を投げる。まったく懲りない人たちである。

こういう時は下手に介入せず、ただ静かに嵐が過ぎるのを待つに限る。狭い部屋を分断するように離れた二人の間を通り抜け、ボトルとグラスを漫画棚の上に置く。それから自身の定位置へと戻り、読みかけの漫画を手に取った。

俺は知っている。今は距離を保ち別々の雑誌に目を落としている二人も、しばらくしたらまた何事もなかったように一つの雑誌を前に並ぶことを。

年頃の男女にしてはあまりにも近く感じる、拳ひとつ分だけ開いた隙間と時々ぶつかる僅かに大きさの違う肩。彼らからしてみれば当たり前らしい“幼馴染み”の距離感に関しては未だ慣れない、松野千冬13歳。

とはいえ、いつの間にか当たり前になっていた目の前の光景がこの先もずっと続けばいいと…そう思うくらいには彼らは俺にとってかけがけのない存在で、それはきっと幾つ歳を重ねても変わらない確かなことで。



「千冬くん?どうしたの」
「…いや、なんでもないっす」

高校の制服に身を包み、不思議そうな顔でこちらを見上げてくる彼女の隣にはもうあの人はいないけれど。

「場地さんの墓参り、しばらく行けてねーなって思い出しただけで」
「あーそういえば私もこっち来てからまだ行けてなかったな…ねぇ、なら今から一緒に行こっか」
「行きましょう。あ、でもその前にコンビニ寄ってもいいっすか?」
「いいよ、何買うの?」
「ペヤング」
「相変わらず好きだねぇ」
「へへ」

呆れたように、だけど少しだけ嬉しそうに笑った彼女が俺の頭を撫でる。柔く触れる細い指の感触に微睡んでいると突然吹いた強い風がなまえさんの長い髪を攫っていく。

……もう場地さん、怒んないでくださいよ。俺別にそういうんじゃないっすよ。

「うわ、すごい風だったね」そう言って乱れた髪の毛を直す彼女を横目に仰いだ青い青い空の先。あの頃と変わらない悪戯な笑顔をたたえ、こちらを見下ろす彼の姿が見えた気がした。



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