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2005年10月20日


10月も半ば、肌寒くなってきた今日この頃。特に朝の通学時間の冷え込みは十代の身体といえどとても堪える。あの頃、防寒対策にと買ったお気に入りのカーディガンはやはり私の部屋の箪笥の中にあった。着潰した筈のそれがまだ新品に近い状態なのを見てほんの少し妙な気持ちになりつつも、一歩外に出るとそんなことはもうすっかりどうでもよくなってしまうのだから私という人間は案外単純に出来ている。



「おはよみょうじ、ようやく着てきたんだな」
「おはよー三ツ谷くん。いやーさすがにもう耐えらんなくって。箪笥から引っ張りだしてきたわ」
「寒いもんな今日。つーかそれ可愛いな、似合う」
「ありがとー。でしょ、お気になの。三ツ谷くんのカーディガンも可愛いよね。どこで買ったの?」
「これ?近所で見つけた安いやつだよ」
「へー買い物上手いね」
「そうかぁ?みょうじは褒め上手だな」
「いやー三ツ谷くんには敵わないよ。さすが部長」
「なんだそれ」

同じクラス、前後の席である彼とは最近よく話すようになった。話している内に知った、片親という共通点もあってかそれなりに良好な関係を築けていると思う。中三にしてようやく友人が一人増えるかもと浮き足立っているが、これでもちゃんと距離感を考えてはいる。というのも、つい先日、親友であるやっちゃんの想い人である手芸部部長の不良がこの三ツ谷くんであることが判明したからだ。

「やっちゃんがいつも自慢してくんの。部長は不良だけどすごいんだって。部長以外の不良は嫌いらしいけど」
「はは、安田さんは真面目で頑張り屋だからなぁ。不真面目なやつ見ると腹が立つんだろ。それでぺーもよく怒られてるし」
「ぺー?」
「ああ、それあだ名な。俺と同じチームのやつ」
「へぇ」

チーム、かぁ。そういえば当時周りで流行ってたような気がしなくもない。中学に上がってすぐ圭介と万次郎がそんな話をしていた気もするけど、あんまり聞いてなかったし興味もなかったからなぁ。ただ、真ちゃんも昔、よく傷だらけで帰ってきては傘下だの抗争がどうのと言っていた気がする。…あんまり覚えてないけど。

「三ツ谷くんとそのぺーはなんていうチームなの?」
「俺ら?東卍だよ」

東卍…とうまん…んーなんか、どっかで聞いたことあるような気もするけど、分かんないな。そっかーなんて適当な返事をした私を見て、いやみょうじ分かってねーな?なんて困ったように笑った三ツ谷くん。ごめんね、あんまり興味が…とりあえず都合が悪いことは笑って誤魔化すべし。

「ていうかさ、ぺーのこと呼び捨てるくらいなら俺にも君付けすんのやめねぇ?なんかむず痒いなーってずっと思ってたし」
「え、今のは三ツ谷くんのが移っただけで別にその人のこと呼び捨てたつもりはなかったんだけど…うん、まぁ分かった」

じゃあ今度から三ツ谷って呼ぶね、そう言えば満足そうに笑った彼から了承の言葉を得る。なんとなくだが、ペーとはこの間三ツ谷を迎えにきた不良少年のことだろう。気を抜くと今のようになってしまうので、本人の前で呼び捨てにするのだけは気を付けようと思う。ま、クラス違うし会話する機会もそうそうないか。

なんてフラグを立ててしまっていることに、この時の私は気付かない。



「三ツ谷、いる?」

本日最後の授業も終わり残すはホームルームのみ。その前に帰る支度を済ませてしまおうと教室出入り口にある自分のロッカーの前で荷物を纏めていた時だ。そんな声がしたのは。

「ん?ああ、はい」

目の前にいたのは例の不良少年だ。なるほど彼がぺーか、と学ランの下に激しい柄のシャツをだらりと着こなすその人を見て納得した。これはやっちゃん、言うだろうなぁと。あの子は所謂、だらしない人が許せないタチなのだ。

ちょっと待ってね呼んでくる、そう告げて私は自席へ向かう。短く返ってきた、おーという声を背中に受け数歩進んだところでタイミングよく振り返った三ツ谷と目が合った。あ、呼びに行かなくてもよさそうだ。入り口を指差しあっちとジェスチャー。そこで私はつい声に出してしまったのだ。

「三ツ谷、ぺーが呼んでる」
「ん!?」
「っぷ、」

驚いたような声が背後で聞こえ、一瞬呆気に取られた顔をした三ツ谷が何かを見て吹き出した姿にようやく自分がやらかしてしまったことに気付いた。本人の前で呼び捨てにするのだけは気を付けようと決めたばかりなのにどうしてだ。

そろりと窺うように視線をやればいきなり初見で呼び捨てにされた不良少年ぺーは案の定、アーン!?な顔で私を睨みつけていた。顔こっわ。

「あ、えっと、その、ごめんねいきなり呼び捨てにしちゃって。三ツ谷がそう呼ぶから移ったみたいで…」
「…」
「あの…怒ってる?」

何も言わず、未だ私を見下ろす彼の目つきはとても鋭かった。今の私からしてみるとまぁ一回りは年の差があるわけだけど、さすがにこうも強い視線を向けられると気が弱いのでビビります。うわ〜怒らせちゃったかなぁ…どうしよう殴られたら。助けを求めるようにチラチラと三ツ谷を見れば、何がおかしいのか腹を抱えて笑い出す。

決めた。これから1週間、三ツ谷に回す配布プリント類全てにヅラ校長の落書きをしてやろう。ちなみに絵心はまったくないので覚悟しておくがいい。

「くく…おいペー、なんか言ってやれよ。みょうじが可哀想だろ」
「は?なんかって、何をだよ」
「ただでさえオマエの顔怖えんだから、何も言わねーと怒ってるように見えんだよ」
「んなこと知るか」
「ごめんなみょうじ。こいつ見た目こんなんだけどあんま関わりねー女子の前ではこんななの。別に怒ってるわけじゃねーんだ」

あー笑った、なんて言いながらそう説明をくれる三ツ谷に倣って彼を見上げる。チッと聞こえた舌打ちもかち合う瞬間逸らされた視線になるほど、そう言われれば睨みつけられはしたが目は合わなかったような気がするなと納得した。

「えーと、さっきのがあだ名なら普通に名字で呼んだ方がいいよね。…あー、何君だっけ」
「林だよ、林良平」
「っおい三ツ谷…何勝手に教えてんだよ」
「じゃあ林くん、私、みょうじなまえ。三ツ谷とは最近仲良くさせてもらってます、どうぞよろしく」
「…」
「おい何シカトしてんだよぺー。返事くらいしろや」
「…おう」
「いや俺に返事してどーすんだよ」

こんなペー見るの久しぶりだなぁ、なんて一人だけ楽しんでいるらしい三ツ谷に向かってなのか、ぺーこと林くんはもう一度大きな舌打ちをして私たちに背を向けた。あれ、三ツ谷に用事があったのではとは思ったがこれ以上引き止めるのもなと口を閉ざす。どうせもうすぐ放課後。きっと彼はまた三ツ谷を迎えにやって来るに違いない。

未だにやにやと揶揄いの視線を投げる三ツ谷と共に去っていくその背中を見送ればその足は中途半端なところで止まった。そして、

「…ぺーでいい」
「え?」
「林くん、とか…あいつにぐちぐち言われんの思い出して萎えるわ」

彼の口から出てきたあいつ、というのが誰のことを指しているのか。それぞれのいろんな話が繋がって、なるほどそうかと腑に落ちた。じゃあなと鼻を鳴らして隣の教室へ入っていったぺー。彼がやっちゃんと同じクラスだということを私はこの時初めて知ったのだが、おそらく相性の悪い二人が毎日顔を突き合わせた結果がこれなのだろう。

「…えーと、つまり、今のは呼び捨てでいいってこと?」
「だな」
「マジか…さっき初めて自己紹介した仲なのに図々しくない?」
「んーつっても自己紹介以前に呼んでたじゃん」
「そうだった」
「あいつ、あんなんだけどいい奴だからみょうじさえ良ければ仲良くしてやってよ」
「あ、うん」

どういうわけか、2018年より2005年に舞い戻ってはや2ヶ月。あの頃、やっちゃんのみで構成されていた私の友人関係はいつの間にか変化を遂げた。関わることをやめた筈の幼馴染みの一人と再会してから、連なるように新たな出会いが続いている。やっちゃんから三ツ谷、三ツ谷からぺーと以前の私からすれば想像もつかない繋がりを得た。そう、今の感覚をもし言葉で表すとしたら摩訶不思議。ただしこのあとにアドベンチャーは続かない。

「…人生、何があるか分かんないなぁ」
「それ近所のばーちゃんがよく言ってるわ」
「うん、ばーちゃんの言う通りだと思う私」

なんだそりゃと笑った三ツ谷とそれから少しだけ会話をして、ホームルームをしにやって来た担任のなんてことない話を流し聞く。そうしていると鳴った終業の鐘。帰り支度を始めたクラスメイトたちは準備が終わった者から順に教室から抜け出ていく。ああ、今日も一日が終わったと伸びをしているとやはり例の彼はやって来た。

いつかと同じく後ろの席の男の名を呼んだぺーに「おー」と短く返事をした当人はのんびりと帰宅準備を始める。机の横に掛けていた紙袋を引き寄せる音を聞き、そういえば昼休憩の後、今日はチームの任命式とやらがあるのだと三ツ谷が話していたことを思い出した。総長、つまり一番偉い人が新しい隊長を指名するだなんだと言っていたような気がするが、お弁当を食べた後でぼんやりとしていたのであまり頭には残っていない。ただその紙袋の中身は彼が昨日夜遅くまで繕った誰かの特攻服だということだけは覚えていた。

なぁ、と三ツ谷に肩を叩かれ振り返る。

「なに?」
「みょうじさ、携帯持ってる?今更だけど番号交換しねー?」
「あ、うんいいよー。てか毎日教室で会うせいか連絡取ったことないのに知ってる気でいたわ」
「それすげー分かる」

そんなわけで手に入れた、画面に表示された新しい連絡先。表示された三ツ谷隆という名前を見て何故か生まれた既視感に疑問が浮かんだが、まぁクラスメイトの名前だしと深く考えるのはやめた。それよりも今、私のガラケーの中には母親とやっちゃん、それから圭介と千冬くん以外では初となる友人の名前がインプットされたわけだが。

「ねぇ、三ツ谷ってチェンメとかきたら回すタイプ?」
「んー面白いやつなら回すけど、大体いつも俺で止まってんなぁ」
「そっかぁ。やっちゃんがね、よく回してくるんだけど私のじゃ全然人数足んなくて。最低でもノルマ五人とかじゃん、ああいうの。なんか妙に引っかかる内容だったりする時もあって自分で終わるのが気になるというか怖いというか…」
「まぁ女子はそーゆーの気にしそうだもんなぁ。俺そんなん気にしねぇから全然よゆー」
「じゃあ今度きたら三ツ谷も私のノルマ稼ぎに付き合ってくれる?ゴテゴテの恋愛系のやつだけど」
「別にいいよ。ちなみにそれ回さなかったらなんて?」
「三日以内に嫌われます、とか付き合ってる人がいる場合は振られますとかだよ大体」
「うわーそういうやつかぁ」
「…おい!いつまで待たせんだよ三ツ谷ぁ!」

連絡先交換からのチェーンメールについて盛り上がりすぎて、つい彼の存在を忘れてしまっていた。教室の外から聞こえたやや不機嫌なその声に、そういえばさっきからずっと待ちぼうけをくらっていたんだっけと思い出す。

「ごめんって。みょうじとケー番交換してたんだよ」
「いや今すんなよ」

微塵も悪いと思ってないだろう三ツ谷に対しぺーはまた一つ舌打ちを漏らすとその鋭い目付きで私を捉える。え、いや、私も…?ごめんて。とりあえず両手を合わせておけば、勢いよく鼻を鳴らされた。思春期男子難しい。

みょうじに当たんなよ、と緩んだままの表情で宣いゆっくりと席を立った三ツ谷。返事はないもそれに呼応するかのように再び鼻を鳴らしたぺーは、用は済んだとばかりに身を翻す。どうやらようやく三ツ谷の帰り支度が整ったらしい。言葉少なに分かり合っている二人を見ていると、何故か圭介と千冬くんのことを思い出す。顔も性格も何もかも違うのに、纏うその雰囲気と私には分からない何かが彼らを似通わせているようだった。

「じゃーなみょうじ」
「うん、また明日ね」

ぺーと共に廊下の向こうに消えていった三ツ谷に手を振って私はようやく手元のそれに視線を落とした。新しく増えた友人の名を記憶して、それよりも数ヶ月前、やっちゃん以外の友達で初めて登録した奴の名前を導き出す。一方通行でしかないメール画面、最後に圭介から届いたメールの日付は今から1週間前だった。

“俺がいいって言うまで家くんな”

理由もなく告げられたその言葉に首を傾げながらも、まぁそんなこともあるかと楽天的に考え、そして1週間が経った。あれから圭介とは会っていない。何故ならその後何度か送ったメールに対する返信もなければ電話にも出ないのだ、奴は。

家にくるな、その言葉を律儀に守りこうして一方的な連絡だけに留めているがさすがにおかしいことに気付いた。今日、千冬くんにも連絡を入れてみたけれど彼からもまだ返事はない。…何かあったのだろうか。胸に渦巻く言い知れない心地に、手の中の物をぎゅっと握り締める。いつの間にか閑散とした教室の中には私一人だけが取り残されていた。



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