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過渡


千冬くんの機嫌が元に戻るのを待ってから話を再開させた私たち。そもそも未来を変える為には万次郎が闇落ちするのを防がないと…でもその為にはどうすれば?三人で考え、意見を出し合ってはみたけれど結局正解は見つからずただただ時間ばかりが過ぎていく。

完全に日も落ち、街灯が灯り始めた頃「またにしよっか」解散を告げれば疲労を滲ませた顔で頷いた二人。近いうちにまた話そうと言い合って彼らと別れた私は自宅に辿り着いてから届いていた新着メールに目を通す。差出人は数十分前に別れたばかりのタケミッチだった。

『今日はありがとうございました!また連絡します!』

短く纏められたその文面に彼らしさを感じてふっと浮かんだ笑み。千冬くん経由で再び連絡先を交換した私たちは現代で協力関係を謳いながらもまったくそれを活かせていないこと、今度こそどんな些細なことでも情報共有し合おうという約束をついさっき交わしたばかり。早速約束を果たそうとしてくれるタケミッチへ今後ともよろしく、そう返してペコペコなお腹を満たすべくダイニングルームへと向かった。



それ以降、タケミッチとは以前よりも頻繁に連絡を取り合うようになった。時々最高にどうでもいい内容のメールも届くけれど(この間会った高校生のヒナが可愛すぎてどうとか)関わりの薄かった現代に比べれば割と良好な関係が築けているのではと思う。

私も高頻度でどうでもいいメールを送るので彼の突然すぎる惚気くらい享受してやらねばなるまい。

そんなわけであの再会から数日経ち、月を跨いですぐのことだ。

今日もまたタケミッチから届いた近況報告メールを開けばそこには万次郎と敵対している梵というチームに入ったこと、ドラケンくんも一緒だということが記されていて思わず画面を二度見した。どうしてそうなったのか理由は詳しく書かれていなかったが、なんでもそのチームのトップに気に入られたとかなんとか…相変わらず彼は人たらしなのだろう。今度会ったらどうしてそうなったのか詳しく聞いてみよう。

そんなことを思いつつ、気を付けること、何かあったらまた連絡してほしいことを明記し返事を出した私は時間を見て携帯をロッカーの中に仕舞うと休憩室から抜けだし、まずはキッチンの方へ顔を出す。

「休憩上がりましたー」
「はいよー」

返ってきた間延びした声を聞いて今度はフロアへと足を向けながら膝下まであるサロンを腰に巻く。

私が今どこで何をしているのか、分からない人の方が大半だと思うので説明しておくとバイトをしています。ちなみに昨日から始めました。というのも実は、あの日タケミッチたちと今後について話し合った翌日の放課後、帰路途中に急遽大金が必要な事態が発生したのだ。



「あ」
「っわ、すみません!」

今日の晩ごはんは何かなぁ。そんなことをぼんやり考えながら歩いていたせいか、前からやって来るその人にまったく気付かず思いきり肩にぶつかってしまった私。

衝撃で飛んでいった相手の眼鏡が綺麗な弧を描き地面と衝突、粉々に割れるまでを見届けた後で走った戦慄。やってしまった。「弁償します」慌てて頭を下げた私に相手は「あー大したものじゃないし大丈夫」そう言って顔を上げるように促してくれたけれど。

「いや弁償させてください」そんなわけにはいかないだろうとしつこく食い下がれば最終的に観念したのか「じゃあ…頼む」と困ったように笑った青年。

しかし眼鏡の代金を聞いて私は耳を疑った。諭吉さんを数枚は必要とする額だったのだ。学生の身でそんな大金もちろん持っているわけもなく、今度は違う理由で震えた。見た目で勝手に同い年くらいだろうと判断していたのでまさかそんな高価なものをお持ちとは…あわわわわどうすれば…。

けれどその時の私の頭は妙に冴え渡っていて、とりあえず今から夏休みいっぱい働けばなんとかなるのでは?そんなわけで思い立ったが吉日、なるべく時給が高く学校終わりの平日も出勤させてくれるところを血眼で探し当て今に至るというわけだ。

初めて連絡先に登録された、友人でもなく知り合いでもないただの弁償相手、九井一さん。私より一つ年上だという彼のことを初めは九井さんと呼んでいたのだけれど何故かあの日からほとんど毎日メールでのやり取りをしている内に敬語は消え、呼び方も九井さんから一くんへ。みょうじさんからなまえちゃんへと変わり、何故か友人のような関係になりつつあった。不思議な出会いもあるものだ。



そしてバイトを始めて3日目。まだまだ覚えることはあるけれどなんとか一人でこなせるようになってきた頃、彼は突然やってきた。

「いらっしゃ…え?一くん?」
「よぉ、なまえちゃん」

鳴り響いたドアベルの音にお出迎えをせねばと瞬時に作った笑顔を向けた先、揶揄うような表情を携え目の前まで進み出たのはつい今朝方もメールのやり取りをしたばかりの彼であった。

こうして顔を合わせるのはあの日以来だが、毎日連絡を取り合っているせいか正直二度目ましてな気がまったくしない。カウンター越しに向き合った一くんに小さく手を挙げて。

「やぁ。…ていうか、まさかとは思うけど、もしかして一人で来た?」
「んなわけないじゃん」

ちゃんと連れがいるよ、そう言ってメニューボードから二人分の飲み物を選び頼んだ彼から代金をいただく。氷を入れたカップを二つ準備してドリンクディスペンサーにセットしたら後は機械に全てお任せだ。比較的人の少ない時間帯だったせいか店内に客はおらず、外のオープンテラス席が一つか二つ埋まっている程度だった。

「店内でお召し上がりですか?」
「いや」
「かしこまりました」

とまぁ格式ばった対応はその辺にして、カップになみなみ注がれたドリンクにゆっくりと蓋をしながら一くんと少しだけ世間話を楽しむ。「暇そうだな」「この時間帯はね。ねぇ、一緒に来てるのって彼女?」「は?ちげーよ、男。仲間な」「なーんだ」そんなやり取りをしつつ出来上がった商品を手渡して。

「お待たせ致しました、どうぞ心ゆくまでトリニティランドをお楽しみくださいませ」
「っはは、板についてんじゃん」
「でしょ」

遊園地トリニティランド。その中にあるカフェが私の人生初のバイト先である。会計後この決まり文句を笑顔で言うのにも3日目にしてようやく慣れてきた。

「あ、そうだった…なぁ写真いいか?」
「写真?なんで急に」
「あー…ダチになまえちゃんのこと話したらどんな子か見たいってうるさくてさ。嫌か?」
「うーん、まぁ悪用しないならいいよ」
「大丈夫それはねーから」

構えられた携帯電話に若干引き攣った笑顔を向けていれば突然「はいチーズ」なんてポップな掛け声を掛けられてつい吹き出してしまった。鳴ったシャッター音と「さんきゅ、後でなまえちゃんにも送るわ」満足そうな一くんに頷いて周りを確認し一息つく。

店内にお客さんはもちろん、他の従業員もいないことにホッとする。バイトとはいえ勤務中、このやり取りを見られるのはあまりよろしくはないだろうから。

「仕事中に悪かった。じゃーな、またメールする」
「ううん大丈夫、私もするね」

写真を撮る為カウンターへ置いていたドリンクを再び持ち自動ドアを潜り抜けていった彼の背中を最後まで見送ってから私も雑用という名の仕事に取り掛かる。夕方過ぎにもう一度くるであろうピーク前に出来る限りの準備をすることの大切さをここ数日で学んだからである。



20時過ぎ、バイトを終えた私は疲れ切った身体を引き摺り最寄り駅へと向かっていた。やっぱり今日も忙しかった…平日なのにこれとか土日はどうなるのかと今から不安しかないけれど、一くんの眼鏡を弁償する為だ。弱音を吐いてる場合ではない。

明日もバイトか…いや、頑張らねば。とりあえず7月いっぱいはほぼ休みなく入れたシフトに内心泣きながらも自身に気合いを入れる為、典型的なやり方で頬をばしっと叩いたその時だった。あともう少しで駅だというところで耳に入ったのは轟くようなバイクの排気音。

それはまったく聞き覚えのない、全然知らない音だった。なのに気付けば足を止めていた私はその音の主が目の前の赤信号でゆっくりと停車する姿をぼんやりと見つめて、それから。

「…ドラケンくん?」
「ん?えっなまえちゃん!?」

そう、なんと目の前で停まったバイクの運転手はドラケンくんだったのだ。ラフなTシャツにジーンズ姿で運転席に跨っていた彼は歩道で立ち尽くす私を認めるなり路側帯にバイクを寄せてくるりとこちらへ向き直る。

「…よぉ、久しぶり」
「うん、2年ぶりだね」
「おう。つーか記憶戻ったんだな」
「へ?あ、ああ…うんそうなの!つい最近ね」

その節は多大な心配と迷惑を…言いながら頭を下げた私に「はは、丁寧かよ。まぁ元気そうでよかったよ」と安堵の息を漏らし笑ったドラケンくんはすっと表情を翳らせると少し何かを考える素振りをした後で「あのさ」そう口火を切る。

「なまえちゃん、あれからマイキーとは…」
「…うん、会えてない。記憶が戻ってから一回家にも行ってみたけど誰もいなかったから。ドラケンくんは?」
「ん、俺も」
「そう」
「…マイキーは変わっちまったよ」
「……そっか」

すっと遠くに視線を投げそう零したドラケンくん。行き交う車のフロントライトに薄ぼんやりと照らされた彼の横顔がなんだか少しだけ寂しそうに見えて私はそれ以上何も言うことが出来なかった。



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