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それはまだ日も昇り切らない、朝一番のことだった。

「今から巻ちゃんに会いに行くんだが、一緒に行かないか」

突然、何の前触れもなく女子寮にある私の部屋を訪ねてくるなり(どうやら寮母さんを上手く丸め込んだらしい)開口一番そう言い放った東堂に寝起きの頭は上手くついてはいかなかった。巻ちゃん?会いに行く?…あ、ダメだ眠たい。

こんな早朝にあり得ない…私行かない。休みを無駄にしたくないから寝る、と言って布団に戻ろうとする私に対し「それこそ休みを無駄にしてるぞ!?今日は天気が良いぞ見ろこの朝焼けを!外に出て日を浴び身体を起こすんだ!ほら!こっち来い!」と無理矢理部屋から引きずり出そうとする東堂。

そんな奴と行くだ行かないだのの攻防をしばらく続けて。結局体力的な問題で折れてしまった私が、あれよあれよという間に神奈川から千葉へ向かう快速にこれまた無理矢理押し込まれたというのが今朝の記憶である。

その頃には完璧に日も昇りきっていて、なるほど東堂の言う通り天気はすこぶる良かった。快晴である。けれども早々に起こされた私はやはり寝不足で。ふわあと盛大な欠伸を漏らすその隣でさっきからずっと携帯を弄っている東堂。見ればボタンを高速で打っていて、どうやら誰かとメールをしているらしかった。うわあ…私より打つの早いよすげぇな。ていうか返事来るのもはやッ!

打ち終わったかと思いきやまたすぐにボタンを押し出す隣の彼の指。その高速メールの相手が誰なのか、大体検討がついてしまうのだから慣れとは本当に恐ろしい。それにしても、いい加減指つらないのかなあ。ふわあ…しかし眠たい。



ゆさゆさ身体を揺すられて「着いたぞ起きろ」と声を掛けられる。ふわふわと浮上する意識に初めて自分が寝ていたという事に気付いた。あれ?もう着いたの?なんて寝ぼけ声で問えば「ああ下りるぞ」と自然と手を引かれるようにして電車を下りた。あう、寝起きで小走りはキツイ…東堂さま勘弁して。

電車を下りても尚、足元がふらふらする私を気遣ってか手を引いて先を歩いていく東堂。早いよゆっくり〜なんて言っても彼は聞いちゃくれなかった。もうすぐだから我慢してくれ!と更に歩く足を早める。どうやら巻ちゃんに会えることに興奮されているらしい。どんだけ巻ちゃん好きなんだよお前は彼女かよ。

そんな彼に引かれるがまま後をついていけば何やら特徴のある人物の姿が見えてきた。それがこの興奮東堂の目的人物であることはその姿が目に入った時に理解した。顔がハッキリと確認出来ない筈の距離から彼に向かってブンブンと大きく手を振って。来たぞ巻ちゃァァァん!!と叫ばれれば。

なるほどあれが巻ちゃんか。遠目からでも分かる程すらっと長く伸びた手足にきっと一緒に徒競走出たら負けるだろうなぁなんて考えた。まぁでも男の子と、それも運動部の人と比べるなんてそもそもおかしな話だったと気付く。ていうか髪の毛本当にミドリなんだ…。いつか見た彼の写メもあんな色をしていたように思う。

「ったく、相変わらずうるせー奴ショ東堂」
「やあやあ!久しぶりだな!元気にしてたか巻ちゃーん!」

電車を下りてから強制小走りで進むこと数分、ようやく彼の元に辿り着いた時私は息も絶え絶えに東堂の背中を睨み付けていた。まさか小走りでこんなに息が上がるとは…っ!文化部の体力なめてた!

背後でゼエハアやってる私に見向きもせずに一方的に巻ちゃんに話し掛ける東堂にもはや恨みしか生まれない。ていうか私なんで連れてこられたの?

ちょうどそう思っていた時だ。なんとタイミングの良いことか。東堂越しに緑の彼とバチッと思いきり視線が絡み合ってしまった。すると彼は一瞬サッと目を逸らしたかと思うと次に困ったような、気まずそうな表情でもう一度私を見やってから。

「つーか、えーと…そのお前の後ろで息切らしてる…ナマエちゃん?だっけか」
「え、」

と、意を決したように声を掛けてきたくれたので驚いた。あ、はいそうです私がナマエちゃんです。

「…おお、そうだった!今日はナマエを巻ちゃんに紹介しようと思って来たんだった。スッカリと忘れていた、すまんね!」

すまんね!じゃねーよ。何それ初耳なんですけど。どういうことだ?んん?と怪訝な顔をしていたら東堂にポン、と肩を叩かれる。眉間に皺を寄せたまま奴を見上げれば「そういうことだ!」なんて変に自信たっぷりの顔で言われた。益々訳が分からない。ていうか最初からちゃんと説明しろお前。

「…あーなんつーか、そう。いつも東堂から聞いてる、ショ」
「ショ?あ、ああ!えーと私も聞いてるよ!どうも初めまして、小野田ナマエです。いつも東堂がお世話になってます…え、と、巻ちゃん」
「ハッ!?まさかその変なあだ名定着してるんショ!?」
「るんショ!?ごめん東堂がそう呼ぶからつい!」

さっきからちょいちょい入るそのショというやつはもしかして口癖みたいなものだろうか。何となく気になって復唱しちゃったけど彼は特に気にした素振りは見せない。うん、どうやら口癖らしい。しかし髪といいその口癖といい、彼は特徴が満載だ。つーか髪の色すげえどうやったらそんな綺麗にムラなく染まるんだろう教えてほしい。でも緑はする勇気ない。

そうしてじっと髪の毛を見ていたからか「おい?どうした?」と声を掛けられた。ああごめん!なんでもない!と首を振れば彼は眉間に皺を寄せる。…しまった、いきなり馴れ馴れしすぎたかもしれない。そりゃそうだ。初対面であだ名呼びの上、髪の毛をじっと見つめられるなんて普通ない。うん、そんなんされたら私だって驚く。

「…」
「…」
「あー…っとぉ、」

その、勝手にあだ名で呼んでごめんね?嫌だったよね。東堂がさ、いつも巻ちゃん巻ちゃんうるさいから移っちゃったみたいで…ええと、そ、それから、その、ああ!髪の色綺麗だよね!それどうやって染めてるの?私にもその秘訣を教えてほし…ッア!今の違った忘れて今の!えっとえっと、巻島くん!?

「ッふ、くく」
「…おい笑うな元凶」

目の前で、唖然と私を見ている巻島くんから隣で堪えきれないらしい笑い声を上げる東堂へと目線をシフトチェンジする。私だってなかなか人見知りすんだぞ知ってんだろ助けろよバカ東堂。それよりも今なかなかテンパってるよどうするこの空気。

気まずいし、目の前の彼は黙っちゃうし、私も黙っちゃうし、巻ちゃんの顔見れないし、あ!また巻ちゃんって言っちゃったよもうばかやろうこの口め!

「ックハ!なるほど、東堂の言う通り面白い奴っショ!」
「ハハハ!だろう!俺が気に入ったんだ!巻ちゃんも絶対気に入ると思ったよ!」

クハ?また新しいの出てきた。ついに我慢せずに声を上げて笑い出した東堂に続いて、ハハハ!と巻ちゃんも笑い出す。今度は私が唖然とする番だった。こいつら何が面白いんだろう。

「お、っと…しまったもうこんな時間か。東堂、せっかく来てもらって悪いんだがこれからちょいとばかり野暮用があってな。もう行かないと間に合いそうにねーんショ」
「おお、そうだったか!それは忙しい中わざわざ呼び出してすまなかった巻ちゃん!ならば俺たちは少しばかり観光してから帰ることにするよ。またレース会場で会おう!」
「ああ、またな。ナマエちゃんも」
「え、あーうん、また」

そうして緑色の彼、巻ちゃん(向こうも私のことを名前で呼んだのだ、いいだろう)は爽やかに手を上げて去っていった。勿論ロードバイクに跨がって、である。しかし最後まであの髪色にしか目がいかなかったなぁ。どうやって染めてるのかだけ聞いとけば良かった。ああどうしよう気になりすぎて今夜眠れそうにないよ巻ちゃん…て、あれ?そういえば巻ちゃんてどんな顔してたっけ?

うわ、もう忘れちゃったよヤバイかな私。

「さて、適当にブラつこうか」
「あーうん」

小さくなってく巻ちゃんの背中が完全に見えなくなるまで見送っていた東堂がくるりとこちらを振り向いた。ようやくかと呆れ半分、さあ行こうと歩き出した東堂の後をとりあえず付いていく。そして歩くこと暫く、せっかくだ夕飯でも食べて帰ろうと提案した彼に再び頷いて街中へと足を進めていたらブーッブーッと東堂のポケットからバイブレーションが聞こえて。

「おお!どうした巻ちゃーん!さっき会ったばかりだろう?もう寂しくなったかワッハッハ!」

どうやらお相手は先程別れたばかりの巻ちゃんらしい。実にウキウキと嬉そうに電話に出た東堂だったが、暫くやり取りをする内にその天まで昇りかねない程だったテンションがどんどん下がっていく。というか、なんだ?むしろ機嫌が悪くなっていってるような?

「…悪いが巻ちゃん、そればかりは俺も同意しかねるよ」

また掛けるじゃあな、と漏れたその声があまりにも冷たく聞こえて。わ、そんな声も出るんだと驚いて目を見張る私の前で東堂は深い溜め息を吐いた。珍しく東堂から切った通話にも、聞いたことのないその深い溜め息にもただならないものを感じていたからか。

「…あの、東堂?」

巻ちゃん、どうしたの?と普段では絶対あり得ないだろう窺うような声が出る。恐る恐る、携帯の画面を見つめたままの東堂を見上げればチラリとその目が私に向いて。

「…それだ」
「それだ?」
「よし、これで足を隠せ何せ今日は冷えるからな風邪を引く」
「え?ちょ、東堂?」

そう言うが早いか、自分が着ていた薄手のチェックシャツを脱いで私の腰にくるりと巻いた。当たり前のように身体に回された東堂の腕に驚く間もなく彼は私の全身を上から下まで舐めるように見つめると妙に満足そうに頷いた。…えーと今日どっちかっていうと暖かいと思うんですけど?そんな目で見ていれば何を勘違いしたのか、俺のものを身に付けているナマエというのも新鮮でいいなとか言い出した。どうしようこいつ謎すぎる。

「東堂?」
「む?どうした」
「今日冷えるならさぁ、上それだけで寒くないの」

東堂の意味不明な行動にはこの一年間共に過ごすことにより少しは慣れてるつもりだ。だから、こういう時はほんのちょっとイジワルしてやる。白いTシャツ一枚の東堂にそう言えば彼はぱちくりと目を瞬かせて。

「ああ!今日は暖かいからな!」

俺は全然大丈夫だぞ!だからそれ帰るまで巻いとけよ!なんて笑うから、気付いちゃったんだよなぁ。わざわざ自分のシャツを私の腰に巻いた理由。…ふーん、ほうほう、なるほどね。まさかそういう事をこんなスマートに出来る奴だなんて思わなかったな。あーあ、仕方ない。その小さな気遣いに免じて今日だけ優しくしてやるか。

「ありがと、実はちょっと寒かったんだ」

さすが東堂、とさすがに褒めすぎかもしれない言葉を続ければ彼は一瞬ポカンと間抜けな顔をして。そして、大きな目をこれでもかと見張ったかと思いきや次には案の定のハイテンションで高笑いをし始める。

「そ、そうだろうそうだろう!さすが俺だな!気が利く上にどんな女子にも優しいのだよ!それが例えナマエでもな!感謝するがいいワッハッハ!」
「…これがなきゃなぁ」
「んん!?何か言ったか!?」
「別になにも?」

せっかく見直したのに、なんて言ったらきっと余計に調子に乗るだろうからこれ以上は言わないでおこうと思う。東堂のシャツのお陰で半分も隠れてしまった自分の太ももを見て、くすりと笑みが零れたある日のこと。

end

(ああ、そうだ東堂。そういや言い忘れてた事があったっショ)
(む?どうした巻ちゃん!さてはあの短い時間内での会話だけじゃ物足りなかったと言うのだろう?それは俺も同じだぞ!ワハハハ!帰ったらまた電話する!待っててくれ!)
(ハァ?違うっつの。もういいっショ掛けてこなくて。それより、あーあれだ、本人には言うなよ?ナマエちゃんの足な、めっちゃ俺の好みだわ)
(…は?)

という電話のやり取りがあったから、なんてのは知らない。

end