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さあ行こう山のてっぺんまで


ああ、そういえば私老人ホームに入りたい派だっていうの忘れてた、と。一体どんなタイミングなのか、昨日東堂と話したあの真面目な話の続きをふと思い出して笑みを溢す。

彼らの走る姿を見ながら頭に浮かんだその答えをいつ奴に伝えようか。目の前を通り過ぎる青と白の中に群を抜いて目立つあのナルシストを見つけて。そいつと一瞬、本当に一瞬目が合うと。

「ナマエ!また頂上でな!」

だなんて、周りから向けられる奇異の視線なんて物ともせずに突然の決め顔と決めポーズを走り去りながら披露してくる。例の「キャー!東堂様!指さすやつやってー!」である。

よく走りながら出来るなあ。というか、いつまで私を指差し続けるつもりなのか。恥ずかしいからいい加減やめて欲しい。他人のふりを決め込みたいのをぐっと堪えてとりあえず犬をあしらうかのように手を振れば、スタート前までの厳かな雰囲気が嘘みたいに奴は爽やかな笑みを浮かべて手を振るから。

「…楽しんでこいよ」

つい、そんな台詞が溢れてしまったのだ。

周りの歓声に掻き消されて消えただろう私の声は東堂に届いただろうか。インターハイが終わったら、聞いてみようか。ねえ東堂はどっち派?って。あのくだらない話の続きをしよう。



スタートを切ってすぐ目の前から消えてった先頭は集団を引っ張ってどんどん先へと進んでいった。実際のレースに比べると随分と緩やかに走ってるらしいけれど私からしてみればあっという間に整列した集団が勢い良く目の前を通り過ぎてったように思う。

パレードラン、というらしいそれの、しかも小さくなってしまったどこのかも分からないユニフォームの背中を暫くぼうと見ていると、さあ給水ポイントに先回りよ!と麻友子に手を引かれた。どうやら私担当のあの袋の出番がくるらしい。

ワゴンに乗ってすぐに彼らの後を追い掛けたのは良いものの、そこはさすが自動車というべきか。ようやくスタートを切って本格的に走り出した選手達をあっという間に追い越し彼方まで引き離してしまった。もはやミジンコ並にしか姿を確認出来ない青白ツートンカラーを6つ探していたら隣で麻友子が「あーあ残念通り過ぎ様には東堂くん見れなかったね〜」なんてニヤニヤ笑いながらほざくので。

「フッ…ま、山頂に行けば見れるっショ」
「っえ、え?ていうかそのショって何?」

と、とりあえず巻ちゃんの口癖を繰り出すことによって奴を混乱させることに成功した。とりあえずもう一度言っておく。ショッ。っは?ちょっ、ねえアンタ頭大丈夫?失礼だな貴様。

私たちを乗せたワゴン内がようやくクーラーの冷気によって冷え、快適な車内で早起きしたせいか迫りくる眠気と必死に戦っていたら例の吸水ポイントなる場所へと辿り着いた。思っていたよりも早くに着いたことと、まだしっかり覚醒していない頭に何だか深い溜め息が漏れた。

はああ…またこのクソ暑い中突っ立ってなきゃいけないなんて、これ拷問以外の何物でもないんだけど本当辛いんだけど。

…ねえ、私ここでずっと待機してたいな。この中から応援する。それってダメかな?そう言えばワゴン内にいた全員から首を縦に振られて落ち込んだ。だってだって外に出たら私暑くて死んじゃうよお。

「あっお疲れ様でーす!」

両手にあんな大荷物を提げているにも関わらず、普段聞いたこともないような高い声を出してテントに向かってく麻友子をさすがだとは思うものの。内心、あいつめっちゃキャラ作ってんなと冷静に、だらだらとその後を追う私がいた。

ハイこれ持ってと先程無理矢理渡された大きめのウォータージャグは見た目通りなかなかに重量級だった。両手で抱きこむようにしてはいるものの二の腕がプルプルと震えだした。ア、そろそろ限界ですこれ。

「よ、小野田。雑用お疲れさん」
「お、おお、藤原くんか助かったこれお願い二の腕が死ぬ」
「お前ほんっと力ねーなあ」

まっいいよ貸してみ?と嫌な顔一つせずに受け取ってくれた藤原くんだったが持つなり「なんだよ全然重くねーじゃん小野田弱すぎッ!」だなんて鼻で笑いやがるもんだから「さすが自転車競技部の万年補欠は違うねえ!雑用がこなれてやがる!」とこれまた鼻で笑い返してやった!ざまあ!…アッ!ごめんって冗談だって謝るからその重たいジャグ突っ返さないで限界なの二の腕がァァァ!

ウォータージャグの擦り合いをし続けていた、まさにそんな時だった。ゴンッ!小気味良い音が響いたと同時に頭に降ってきた鈍い衝撃にチカチカと目の前を星が舞う。お、おううう…!!あまりの痛さに一瞬痛みを忘れるなんて何このお得感すごいね藤原くん!小野田ァ!大丈夫か打ち所悪かったのか!?失礼だな貴様!

ぐわんぐわん揺れる頭を押さえながらもそんなふざけたやり取りをしていたのが悪かったのか。また同じ場所に同じくらいの力で落とされた拳骨に藤原くんと二人のたうち回る。な、なんて殺生な…!!今にも零れ落ちそうな涙を目に溜めながら見上げた先には目をギッ!と音がしそうな程つり上げて仁王立ちする麻友子がいた。あ、まずいこれアカンやつやと思った時には時すでに遅しであった。

「てめえら真面目にやれや」

地を這うようなドスの効いた声で言われた日には、ハイ…と小さな声を漏らす他なかったのである。



「…なんか、ごめんな」
「…いや、うん、私こそ持たせてごめんね」
「いや…鼻で笑ったりなんかして悪かったよ」
「ううん…私こそ、補欠って馬鹿にしてごめん」
「いや、いいんだ本当のことだし。しかしアレだな…怖えな麻友子」
「うん…ねえ、ここタンコブ出来てない?」
「どこ?ああ、うん、出来てるわ…俺も出来てね?」
「ああ、うん、出来てるよ…」

がっくりと並んで肩を落とす私たちの頭には仲良くタンコブが出来ている。ふざけた結果がこれか…マジ肝に銘じます。そろりと上げた視線の先にはキビキビ準備に勤しむ麻友子がいる。隣にはやはり黒田がいて。おーお、なんだなんだ麻友子がそんなに好きか黒田オイ。ニヤニヤ歪む口元を隠しもせずに、あの二人相変わらず仲良いよねえとからかい半分でそう漏らせば。

「お前と東堂には負けると思うけど」

なんて、何故か不思議そうな顔をした藤原くんがまるで当たり前かのように言ってのけるから。あのねえ藤原くん、私は老人ホーム派だからねと言っておいた。そしたら何それ意味分かんねーんだけどと返された。当たり前か。

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