×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

ほんの一瞬だけ昔話をしよう


家族。私にもそう呼べる人間がこの世に三人は存在する。一人目は、頑固に分類されるであろう父親。二人目はおっとりという言葉がそのまま人になったかのような優しい母親。それから三人目、私より二つ下にその母親にそっくりな弟がいる。一見なんの変哲もない四人家族。そんな私達を見て誰かが言う。小野田さんのところは家族みんな仲が良いのね、羨ましい。

羨ましい?なにが?


『ナマエちゃん』

思えば昔から、彼女はどうして私のことだけちゃん付けなのかとか。

『ナマエ、ちゃんと勉強しているんだろうな』

弟には甘くて優しいあの人が、どうして私にだけ厳しいのかとか。

『お姉ちゃん見て!お父さんが買ってくれたんだ!』

何も知らない、素直で無邪気で、母親に似て穏やかな弟が…少し前まではあんなに可愛くて堪らなかった彼のことが、どんどん嫌いになってく自分が嫌で大嫌いで仕方なくて。なんで?どうして、私ばかり。どうして私なの?ひたすら自分自身に問いかけた。

そうだ、知らなければ良かったんだ。知らなければ、きっとこんな思いをせずに済んだ。最初こそ小さかった違和感たちは積み重ねていく内に取り返しがつかない程大きくなった。そう、知ってしまったからにはもう戻れない。

あの中で無邪気に笑っていたあの頃の私には、二度と戻れないのだ。



「…い、おーいナマエ?聞いてる?」
「え?あ、ごめんなに?」

は、と意識を向けた先。そこにはぷうとパンッパンに頬を膨らませて「もー私の話聞いてよね!」と大きな声を出す友人の姿がある。…あれ?ていうかアンタいつからいたの?気配無かったわもしかして絶使ってた?そういえばいよいよ怒らせてしまったらしい。ただでさえ腫れている顔を破裂しそうなくらい膨らませてから「明日はお互い部活が休みだから今日はナマエの部屋でお泊まり会しよって言ったじゃん!つーか顔腫れてねえから!」と言う。…んん?言ってたっけか?

「言ったじゃん!昨日!みんなで帰りにアイス買いに寄った時!東堂くんの話を聞き流してるナマエに!」
「そら聞いてないわ」

どんなタイミングで言ってんの?聞いてるわけないよねだって聞き流してるんだものムーディー勝山だもの。ていうか、それほぼ確信犯じゃない?友よ怖い女だよお前は分かっててやってんだもんな。え?それより聞き流してるってことバレてんの?

そんな顔で友人を見ていたらしい私に「気付いてないのは東堂くんくらいだと思う」と返ってきた。マジか東堂お前鈍いにも程があるぞゲラゲラゲラとか思ったけどバレてないと思っていた私も私なので敢えて黙る。なんかちょっと恥ずかしい。ちょっと前まで、フッ!この私が編み出した技を見よ!的なスタンスでいた自分恥ずかしい。私たち一体周りからどんな目で見られてたんだろう?そこに東堂が加わることによって…アッ駄目よ考えちゃ。考えたらそこで試合終了よ。

「え?なに?もしかして照れてんの?アッハハ!まじ今更ざまあ!言っとくけど恥じらった乙女ばりに両手で顔を隠してもナマエは全然可愛くないから無駄だから?…アアッ!ごめん本当のこと言っちゃった!マリン嘘吐けないから…ゴメンね?テヘッ!」
「大丈夫、お前がブスのくせにぶりっこって事もよく分かってるから。つーかマリンって誰?」

アンタ麻友子じゃなかった?何?もしかして今時流行りのきらりんネームってやつに憧れてんの?もしかしてレボリューションしちゃう感じ?ハッと鼻で笑ってやればブスじゃねーよバァカ!ハンドルネームだよバァカ!とドスの効いた低い声で荒北の物真似をし始めた。おお凄い似てるわ。ていうかそのハンドルネームってどこで使ってんのマリン?

「それよりも明後日からのインハイ応援来るよね?」

わあお、いきなり話題変えてきやがったさすがマリンだなかなかやりおる。だがしかし私も負けん。このクソ暑い中わざわざ照り返しの神様アスファルトの上で誰が誰を応援するって?東堂にはこの間涼しい教室の窓から頑張れ山神って言ってあげたし新開にはぶっちぎって来いよってキメキメで言ったら何故か真顔でチョップというお返しを貰ったし荒北とフクちゃんには…あ、そういやあの二人には何もしてないわすっかり忘れてたわゴメンね。

「…私、暑いの苦手なのよね」
「大丈夫だって、テントの中で涼んでれば」
「うん…私外に出たくないのよね」
「三年は最後のレースだよ?東堂くんのカッコイイとこ一度くらい見に来てあげればいいじゃん。友達なんだったら、それくらいしてもいいんじゃないの?ていうか来るよね?来てくれないと困るんだけどマネージャーの仕事手伝って」
「お前それが本心だろ楽しようったってそうはさせないからな」

駄目だ、こいつには何を言っても効かない。さっきから少し遠慮します風を装ってみてるのに遠回しに行かないよってアピってみてるのに何故なの?何でこんなにもしつこいの?あああもうイライラしてくる暑いから余計イライラしてくるこの部屋クーラーガンガンなのになんで。

「お願い!この通り!私を助ける傍ら彼らの応援の為と思って!ねっ!」
「おいおいマネージャーそれ普通逆じゃね?」

呆れたようにそう漏らす私を見て、彼女はニッコリと笑った。稀に見ない作り笑顔がとても麗しい。うむ、どうやら有無を言わさず私をマネージャー業とやらに従事させるつもりらしい彼女は本当に私の友達なんだろうか。たまにこんな奴と友人で自分は大丈夫なのか不安になる時もあるけれど…まぁとにかくつまり、なんて奴だマリンだということが言いたい。あ、なんかマリンって響きちょっと気に入ったんだけど。

「じゃあナマエ、明後日6時に寮の前集合ね!遅刻したら置いてくからね!」
「早っ!起きれないよそんなに早く。いやね、私としては置いてってくれた方が助かるんだけど」
「うん大丈夫ナマエが起きるまでモーニングコールしてあげるから」

…どうもこれは、大変なことになったかもしれないぞ。

明後日、いよいよ始まる彼らにとっては最後のインターハイ。「泣いても笑っても、奴らにとっても私にとってもこれが最後のレースなの」と。そう言って少し泣きそうな顔で笑った友人に私は何も言えなかった。ただ彼女と同じように無理な笑顔を貼り付けるだけで精一杯。

「…私、上手くそのボトルってやつ渡せるかな」
「大丈夫!私、教えるし!」

とりあえず基礎から叩き込むよ!なんて、マネージメントの基礎みたいな本をどこからともなく取り出し詠唱し始めた友人に苦笑する。こりゃ最初から引き摺り込むつもりだったな、なんて思いながら。

「…三年って、あっという間だなぁ」

私でもそう思うんだから、きっとそれ以上に彼らは感じているはずだ。三年間の、今までの集大成が終わるのは実にあっという間だということを。彼らが今、それぞれに何を思って過ごしているのか私にはきっと理解出来ないこと。だから今はこの、何とも言えない彼らとの距離をじわりじわりと噛み締めるのだ。

「…あのさ、ナマエ」
「ん?」
「私たちも、頑張ろうね」

本を広げたまま握り拳を私に向けて。今度は、さっきとはまるで違う楽しそうな笑顔を見せるから。ああ、輝いてるなぁ…なんて。キラキラして見える友人が羨ましくて、ほんの少しだけ苦しくなったというのは私だけの秘密。

next

前/次