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夏休みの過ごし方を考える


3年に進級して数ヶ月が経った。相変わらず東堂は巻ちゃん巻ちゃんうるさいけれど、最近奴の話を8:2の割合で聞くという芸当が出来るようになりつつある。うんうん頷いているけれど実はほとんどの内容が耳をすり抜けていっているという。

ふむこれを活用しない手はないな、と思うけれどそれもあともう少しで必要なくなるのでまぁいいかとも思う。とりあえず今のところ一番憂鬱なのは、あと一週間もすれば夏休みがやって来るということだ。



放課後のホームルーム。担任から発せられた第一声は「寮生は夏休みの帰宅届け明日までだからな〜」だった。それを聞いてクラスの約半数の生徒が、ああそうだ忘れてたねえもう出した?と沸く。そんな風に実家に帰る事を楽しそうに話す彼らをこうして遠巻きに見るのは今年で三回目になるだろうか。

「ナマエは、今年も実家には帰らないのか?」

嫌だな〜ホンット夏休みって嫌だな〜と学生にあるまじき事を考えながら担任の話をおざなりに聞いていた時だ。そんな私の気持ちを知ってか知らずか、いや多分勿論前者だろうけども。この間の席替えで何故か前の席になった東堂が私の顔をひょいと覗き込んでくる。

「…うーん、帰りたくはない。でも実はまだ決めてない」
「そうか」
「いろいろ面倒くさくて」
「この間の電話、母親だったのだろう」
「…うんそう、よく分かったね」
「まあな」

思いきり顔に出ていた。そう言って苦笑いをする東堂。きっと今私も同じような顔をしているんだろう。本当、東堂って勘がいい。いや、私が分かりやすいのか?

教卓で担任が夏休みに向けての話をしているが全て聞き流す。決めてない、と言いながらも私の気持ちはもう半分以上は決まっている。ただ、本当にそれでいいのか。毎年思うことがあるからで。

「んー…まぁ、さすがに休みの間一度くらいは顔を見せに帰って来てって言われたんだけど、さ。今更どんな顔して会えばいいか分からないし…そもそも帰りたくないってのが前提にはあるんだけど」
「…そうか」
「てか、多分会ったらまたバトる気がするわ」

あの人とはほんっと気が合わないから、そう言って肩を竦めて無理くり笑って見せれば複雑そうな顔をしていた東堂が何故か顔を顰める。なんなのその顔やめなよ…おいおいそんなに眉間に皺寄せちゃ自称美形のその整ったお顔が台無しになるよ皺になるよ。

そう言えば慌てて「ハッ!いかん!スマイル!」とわざとらしくその磨かれた白い歯を見せて笑ってきたのでまたイラッとさせられたけど、仕方ない。奴は奴なりに私のことを考えてくれてるらしいので曖昧に笑い返すまでに留めておいた。

するとそんな私達を見ていたらしい担任から「おいそこ先生の話聞いてるか〜?」と丁度良いタイミングで釘を指されたので一先ずこの話はお開きとなる。少しホッとしたのも束の間、しかしどうにも気になるらしい東堂からチラチラと気遣うような視線が送られてきて、もう苦笑いを浮かべる他なかった。

…別に、いいんだ。もうここまでくると逆に吹っ切れたような、どうでもいいような気持ちになってくるし。会わないからこそ変に気持ちが乱されることもない。こうして家から遠い学校に入ることも寮から通うことも許して貰えた。それだけで私は充分満足してるし。

ただ、長期休みの度に学校から貰う帰省届と、母親からの連絡がほんの少し、煩わしいだけで。

ああ、なんか全てが面倒くさくなってきた。このままどこかに行きたいなぁ。バイトでもしてお金貯めて、一人旅でもしましょうか。ひたすら現実逃避。旅といえば、温泉?

「…いいね温泉、行きたいなぁ」
「うちの温泉はいいぞ!来るか?」

私の逃避行にまさかの参加者が現れた。どうしよう一人旅の予定だったのに。

「東堂うるさいぞー!声のボリューム落とせー!」なんて声が飛んでくるが奴はお構いなしだ。ていうか先生、もうちょっとちゃんと注意してください。そう思うけれど、さすがの先生でも東堂を黙らせることは出来ないらしい。そんな注意も物ともせずに始まる彼の高級旅館のご説明。「うちの温泉はな、肩凝り冷え性うんぬんかんぬん…」なんて、それももう耳にタコが出来るくらい聞きました。え、睨まれた。違うんです先生、喋ってんの全部こいつです私黙ってますよ信じてください。

「〜と、いうわけでだな!巻ちゃんにも声をかけよう!また二人で泊まりに来るといい!特別に予定を空けておいてやろう!で、いつがいい?」
「え?もうそんなに話進んでた?」

やばい、私今8:2どころか10:0で話聞き流せてた?すごいついに習得したかもしれない…えっ何この場合聞き流せたっていうより聞いてなかったってのが正しいの?あれれなんだつまんないな〜と頭を掻いていたら東堂が勝手に泊まる日取りを決め出した。ええ?マジで行く感じになってんのこれ?

「ていうか私東堂ん家の場所覚えてない。一回行ったきりだし」
「うむ、そこは大丈夫だろう!最近になってうちもネット予約を導入したからな。東堂庵と最寄駅を往復する送迎バスを手配し始めたところだ!」
「ふーん。あ、露天風呂入りたいな」
「ああ好きなだけ入るがいい!」
「東堂!小野田!頼むから、これ以上先生を困らせないでくれ…!」

わいのわいの、何気に温泉の話で盛り上がってしまっていたら担任がわっと泣き出した。クラスメイト、主に佐藤くんからの冷たい視線が後方より刺さる。彼とは席替えで大分離されてしまったんだけども。

それよりも最近、目の前で泣いている担任がやけに涙脆い気がします。おまけに胃の辺りが痛むとよく漏らしてるけど、それは私じゃなくてこの東堂のせいだと思います。この間たまたま廊下ですれ違った去年の担任にそう言ったら、それはお前らのせいだと思いますと少々恨みの籠った目で返された事が記憶に新しい。ごめんなさい先生、私に悪気はないんです。



そうこうしている内に話は飛んで、あっという間にやって来た夏休み。結局皆より少し遅れて出した帰宅届けには保留と書いた。運動部のように休みも少なくハードな部活動に所属している生徒以外は基本的にみんな帰宅するというのがここ箱根学園学生寮の暗黙のルールらしかった。どうやらその間に部屋や共同部分を掃除しているようだ。

寮母さんには申し訳ないが、そんな暗黙のルールを毎年破っているのが私である。箱根学園に入学してから一度も家には帰っていない。時々、母親から電話が掛かってくるくらいで。

もしかしたらそんな私を見兼ねた一、二年の頃のクラス担任から母親へ連絡がいっていたのかもと思わせるようなこともあった気がしなくもないが。

とりあえず私の歴代の担任の先生方にはいろいろと心配を掛けているようで、今年も例に漏れず困ったような顔をしている担任に対し申し訳程度に頭だけ下げておいた。

さて、とりあえず帰る云々に関しては母親の方とも話はついた。とくれば、せっかくの長い休みに何もしないなんてのも勿体ない。そんなわけで、これからどうやって毎日を有意義に過ごそうか考えた。だけどそんな事を考えたのはほんの一瞬だけだった。そう、学校が休みだからといって部活動まで休みになるとは限らない。運動部しかり、文化部しかりだ。

夏休みが始まって5日。今日も今日とて元気に部活動に励んでいたら部室の窓から東堂の姿が見えた。と思ったらゾロゾロと彼の後ろから新開や荒北も現れる。どうやら彼らは今から校外練習に繰り出すらしい。こんな煮だるような真っ昼間によくやるわ。私だったら外出て一分で死ぬ自信ある。

自転車部は夏はとにかく忙しいようで、やれ大会だインターハイだと常に自転車の上だ。毎日練習終わりは自主練だとかで暗くなるまで走っているし、インターハイが終わるまではほぼほぼ休みというものは存在しない。とこの間から何度もしつこく電話を掛けてくる東堂に聞かされた。それから「何故いつも先に帰る!?」とも。

自転車部と違って大体午前中でうちの部は終わるのに、夜まで待ってられるかというのが本音だ。

ただ、いつ見ても大量の汗を流しながら真剣に練習に打ち込む姿を見かけるだけでも、今まで(勝手に)出入りしていた彼らの部室へは行きにくくなったのだ。つまりは遠慮しているのだけど。

楽しそうに笑いながら自転車を押して歩いていくその背中をぼう、と見つめた。この暑い中汗一つかいてないなんてさすがだ。そういえば夏休み前に「今年も必ず優勝を持ち帰ってくるからな!」と東堂から言われたことを思い出す。

まったく…当たり前のように言ってくれちゃってさ。好きなことで結果を残せるなんて本当に凄い奴らだと思う。東堂の言葉を借りるならば、所謂天才というやつだろうか。けれど彼らがそれに見合う努力をしているというのも知っているから。

「頑張れ」

誰に言うでもなく、小さく溢れたその激励。そうだ、頑張れ。今年も優勝と共に帰ってくるのを待ってるよ、なんて。誰にも伝えていないその言葉を心の中でだけ呟いて。…アハハ、まさか私がこんなこと思うようになる日がくるなんてね。ふ、と緩んだ目尻をそのままに日を浴びて反射する奴のチャームポイントを手のひら越しに見ていたら。

「おーい!ナマエ〜っ!!」

私の名前を呼ぶ大きな声が聞こえてきて驚いた。眩しいからと翳していた手のひらを目の前から退かせば、そこにはいつの間にか立ち止まってこちらを見上げている東堂がいて。

「お前に伝えたいことがある!聞いてくれ!…今日こそ!一緒に帰ろう!」
「…はあ?」

妙に切羽詰まったような表情と声で一体何を言い出すかと思えば…。おまけに何故か例の「東堂さま〜!指差すやつやって〜!」を私に向かってするものだから思わずズルッと転びかけた。やっぱりアイツふざけてんな。勿体ないせっかく見直してたのに。呆れたように溜め息を吐いていれば尚も下から聞こえる彼なりの誘い文句。

「そうだ今日は暑いからな、特別にかき氷を奢ろう!あのあれだナマエの好きなあの、マンゴーのやつな!?」と真面目な顔で言われたら…仕方ないその話に乗ってやろうかと思ったのだ。私別にマンゴーのやつが好きなわけじゃないけどな。

「分かったよ!仕方ないから待ってる!」

だから頑張れ山神!初めて、声にしたかもしれない彼自身への激励。それに最初は驚いたように目を見開いていた東堂だったけど、次の瞬間本当に嬉しそうにふわりと目尻を下げて笑うから。今度は秘かに、私が驚く番だった。

アイツ、あんな顔も出来るんだなぁって。

「じゃあまた後でな!絶対!待ってるんだぞ!」

しつこくそう告げてひらりと手を振ったかと思えば今度こそ背を向けて去っていく東堂。奴のチャームポイントだけでなく、その背中までもがいつもよりキラキラして見えるのは…きっとこの強い日差しのせいに決まってる。

すぐ後ろを歩いていた新開たちがニヤニヤ顔で私と東堂を交互に見る。ので思いきり真顔で中指を立ててやると、奴らはターゲットをチームメイトに変えたらしい。しつこく絡み始めた様子だったが東堂はそれら全てを高笑いで返し「まあ俺だからな!」といつものお決まりの台詞を大声で叫ぶ。勿論そんな東堂に向かって「うっぜーんだよテメェは!」という荒北の怒号もいつもの光景に違いない。

「…それにしても暑いなぁ」

もうすぐ、彼らにとって最後の夏がやって来る。

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