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「#エロ」のBL小説を読む
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主に卍のsss置き場

みじかいの



 0102 daybreak:場地圭介


白み始めた空が燃えるような朝焼けに染まっていくのをただぼんやりと眺めていた。気分を変えたくて大きくしてみせた深呼吸は失敗で、一方的に入り込んできた肺を刺すような凍った空気に噎せ返る。細く吐き出した白い吐息が淡く空気に融けていくのを見送って零した自身の掠れた声は果たして震えてはいなかっただろうか。

去年のタイムセールで手に入れた生地の薄いマフラーはやはりあまり防寒には向いていない。そんなこととっくに気付いているというのに毎回家を出た後で「ああ、やっぱり違うのにすればよかった」後悔する私はなんて滑稽なんだろう。

朝は嫌い。夜の方が好き。いつだったか彼に言った私の気持ちは相変わらず。それでも痛いほどの強さで飛び込んでくる赤色が徐々に薄らいでいく姿を目を逸らすこともなく見つめていた。

この朝をいくつ越えれば彼に会うことが出来るだろう。考えない日はないというのにそこへまだ向かうことの許されていない私はもうずっと何年も同じ場所で身動き取れずに立っている。

朝の似合う人だった。お世辞にも柄が良いとは言えない友人とつるみ、平気で夜遅くまで遊びまわるような不良ではあったけれど毎年初日の出を見る為だけに苦手な早起きを頑張るような、年相応な可愛らしさも持ち合わせている人だった。

「…来たよ、今年も」

ねぇ圭介。私、やっぱり朝は嫌いだな。

君はあの時、夜明けの水平線を楽しげに見つめながら「うわめっちゃキレー!」だなんてはしゃいでいたけれど、私は未だにあの日の圭介の感動にちっとも追いつけないままなんだ。

それでも…君がこの世からいなくなった後にもこうして一人、嫌いな朝を迎える為だけにする早起きも寒がりだった君を思い出させてくれる冷たい海辺の空気も。あの日、眩しいほどの後光を背負って「来年も一緒に見ようぜ」柔く目を細めた誰よりも大事な君に少しでも近付きたくて。

「…綺麗だね」

思ってもない言葉と涙を溢し、あの日の君をなぞるのだ。



 1231 Happy New Year:松野千冬


今年も残り僅か数十分、暖房がしっかり効いた室内で恒例の音楽番組をぼんやりと観ていた時だった。トイレに立っていた筈の彼は何を思ったか突然二人分のダウンコートとマフラー、それから自身の財布片手に戻ってきて「なぁ、初詣行こうぜ。今から」なんとも良い笑顔でそう宣った。

仄かな街灯だけに照らされた夜道を二人肩を寄せ合いながら歩く。吹き荒ぶ冷たい風に同時に身を竦ませ、暖を取る為にと組んだ腕を引き寄せれば空いた方の手でポケットから携帯電話を取り出した千冬が言う。

「げ、年明けまであともう十分しかねぇ」
「まじ?」
「走るか」
「絶対無理だけど」

じとり、横目で見やれば「ジョーダンだって」可笑しそうに笑ってわざと身体をぶつけてくる。普段の立ち仕事で鍛えられているこの男の足腰の強さを舐めてはいけない。至近距離からモロに食らったそれにたたらを踏めば私に捕まったままの彼ももれなくついてきて何もないところで二人転けそうになった。良い歳こいたアラサー二人、この年の瀬に一体何をしているんだか。

「っぶね、転けんなよ」
「誰のせいよ」
「体幹鍛えろ体幹」
「むーりー」

しょうもないやり取りを交わしながら見慣れた住宅街をのんびり歩く。おそらく年明けまでには到着しないだろう目的地から聞こえ始めた除夜の鐘の音に耳を澄ませて「ポテト買おうよ、熱々の」隣の男に笑みを向ければ「デブんぞ」白い息を吐き出しながら鼻で笑われてムッとした。確かに25を越えた辺りから自身の代謝に対して不安を感じてはいますが。

「何よ…お正月くらいそんな些末なこと忘れさせてくれてもいいじゃんか」
「些末て。無理に難しい言葉使おうとすんなって馬鹿がバレるから」
「うっさいなぁ。見てなよ、来年こそは絶対成功させるからダイエット」
「去年も聞いたなーそれ」
「は?何余計なこと覚えてんの」
「ガチギレじゃん」

からからと笑い声を上げる千冬の頬を引っ張って「ぜっっったい痩せる!!」おそらく三日も持たずに挫折するのだろう抱負を熱く語った後で、そういえばこれ去年も言ったっけな…なんて遥か彼方に消え去っていた都合の悪い記憶を思い出した瞬間に。

「あ、年明けた」
「あけおめ」
「ことよろ」

住宅街のど真ん中で新年を迎えるという斬新な一年の幕開けに意味もなく心躍らせて、少しだけ足早になる一月一日夜更けの渋谷。


 1118 Nothing happened:羽宮一虎



「あの、羽宮くん」

人もまばらなファミレスの一角、背中に滴る冷や汗をそのままに蚊の鳴くような声で自身の名を呼んだ私を正面から見据えた彼は「一虎でいいよ」言うなり視線を手元のグラスに引き下ろす。

「えっと…じゃあ一虎くんって呼ぶね」
「ん」

こくん、小さく頷いてグラスに差さるストローを咥えた彼へ「あとそのこれ…進路調査の紙が入ってるから出してって先生が」無責任にも担任より託された薄っぺらい茶封筒をテーブルに置く。僅かに自身の方へと押しやられたそれを一瞥したはね…一虎くんはズゴゴ、音を立てながらグラスの中身を飲み干すと興味なさげにその茶封筒へ手を伸ばした。


――…そもそも何故こんな状況になったのかというと、事の始まりは我がクラスの担任から届けてくれと押し付けられたこの進路調査票なるもののせいだった。「頼むな、委員長」そう言われてしまえば真面目な私(内申を気にする)が断れるはずもなく。

教えられた住所辺りを一時間程度ウロウロと徘徊している時に訝しげな顔で声を掛けてくれたのがまさに探していたその人、羽宮一虎であった。

進路調査票。中学三年の夏ともなれば既に提出していて当たり前のこれを一虎くんはまだ提出していないらしい。それはおそらく彼がここ二年ほどまったく学校に来ていなかったことと関係しているのだろう。

少年院に入っていたと人伝に聞いたのはいつだったか…詳しくは覚えていないけれど二年前の僅か数ヶ月、同じクラスで過ごしたことは今でも鮮明に覚えていた。話したことも名前を呼んだこともないのに。

「…んーいらねーかな」
「え?」

ぽつり、漏らされたその声に感情はなかった。広げた紙を折り目に合わせて畳み、再び茶封筒の中に戻した一虎くんが言う。「俺、別に将来とかどうでもいいし」戸惑う私をぼんやりと見返した彼の目はどこまでも空洞で、酷く冷たく見えた。……けれど。

「…私も、時々そう思うよ」

将来なんて想像も出来ない先のことをどうやって考えろというのだろう。ふと思う時がある。このまま漠然と敷かれたレールの上を歩くだけのつまらない人生でいいんだろうか?って。

「へぇ」

さして興味もないと言いたげに漏れた短い声と彼の空っぽになったグラスを見つめて息を止めた、妙な心地の午後3時。



 1114 peace:佐野万次郎


「なぁ、これ俺のじゃねーって何回も言ってんじゃん」

風呂上がり、居間でテレビを観ていた彼女の目の前に突き出した白い股引。タンスの一番上に堂々と仕舞われていたそれはどう考えても俺のものではないというのに、彼女は何故か毎回それを離れにある俺の部屋まで持ってきてタンスの中に仕舞うのだから不思議でならない。

ちゃぶ台に肘をついたままうっそりとこちらを見上げた彼女は不機嫌な俺と目の前に翳された股引とを交互に見た後、訳が分からないとばかりに眉間に皺を寄せる。

「え?じゃあ万次郎それ誰の?」
「じいちゃんのだよ。つか何年もこれと同じの履いてんじゃん」
「えーそうだっけ?」

少し考え込むように視線を投げた後で「ごめん覚えてないや」なんてあっけらかんと言う彼女にわざと大きな溜め息を落とす。

四つ上の従姉妹、頭は悪くないのにどこか抜けている彼女は昔からこうであった。上履きのまま自宅に帰ってくることは日常茶飯事。挙げればキリがないので割愛するがとにかく抜けまくりの彼女へ呆れたような視線をやってから「三日前もおんなじやり取りしたけど」無駄だとは思いつつそう不満を露にする。

するとどうだろう。何を思ったか彼女は「ねぇそれよりもこれおいしいよ、万次郎も食べる?」と一つ饅頭を差し出してきた。いや脈絡。

「…はぁ、一個ちょーだい」
「はいどうぞ。あ、お茶も飲む?」
「うん」

この従姉妹に求めること自体間違いだったと素直に自身の否を認めることにした俺は彼女の隣に腰を下ろし差し出された小さな饅頭を受け取る。ぺりぺり、包装紙を剥がしていると目の前に湯気の立つ煎茶が置かれた。「ありがと」そう言った俺の頭に上機嫌に笑みを浮かべた彼女の手が乗せられる。……ガキ扱いしやがって。

年の差はたったのよっつ。なのに、こういう時まざまざと見せつけられる年上の余裕ぶりに内心あまり面白くない俺は唇を尖らせたまま裸になった饅頭をぽいっと口の中に放り込む。滑らかなこし餡を咀嚼し嚥下して「もう一個ちょうだい」テレビへと視線を戻した彼女をわざと呼び止めるのだ。


 1114 Marriage life:場地圭介


数ヶ月前に越してきた賃貸マンション。13階建ての6階の一室、この部屋のベランダからは海がよく見える。中でも絶景なのは日が沈む瞬間だ。果ての見えない大きな水面にまるですいこまれるように落ちていく茜色。気付けば一瞬で消えてしまうそれを見るとなんだか切ない気持ちになる。けれど私は昼と夜の間の、ほんの少しだけ切なくなるその瞬間の景色がとても好きだ。

朝から干していた洗濯物を取り込む。天気は良かったというのに日に日に冷たくなる空気に一日中さらされ冷えてしまった二人分の衣類は同じ洗剤と柔軟剤を使っているというのに彼と私のとでは僅かに匂いが違うのだ。

圭介の匂い、なんて変態ちっくなことを呟いてつい吹き出してしまった私はもう一つ。洗剤も何も入れず水道水で回しただけの小さなベビー服を取り込みにかかる。腹の中ですくすくと育っている、まだ見ぬ我が子が袖を通すであろうそれ。

「…もうすぐ会えるね」

膨らんだお腹を撫でながらそろそろ帰宅する旦那をベランダで待つ、午後17時。

ここにいる私を見たら心配性な彼はきっと眉を吊り上げてこう言うのだろう。「身体冷えたらどーすんだバカ」って。




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