しじまの夕暮れを届けるから

ナマエの手料理が食いたい。

ラゼルがそんなことを言い出したタイミングが、彼とテレシアが予言の双子だということが判明した後だったせいで、ナマエはラゼルのそのお願いをどうしても無下に出来なかった。ある日突然王族だと言われて、戸惑わないはずがない。今は戦いの中に身を置いているおかげで責任ある立場として追われることはないが、この戦いが終わり、この世界に生きる時間があるナマエ達と別れたあと、ラゼルは王としてこの国の頂点に君臨することになるのだ。言いたい事が言えるようで、叶えたいことが叶うようで、本当に欲しいものには手が誰よりも遠くなる、そんな場所へラゼルが行ってしまう前に、ナマエはラゼルに何かをしてやりたかった。そんな折の、ラゼルの"お願い"だ。断るなんて、出来るはずない。


「それで、どうして俺も巻き込まれたんだ」
「二人で食べるには多すぎるし、かといってみんなで食べるには少ないし、珍しく暇そうだし」
「心外だな。まあ、悪くないんじゃないか。ナマエの手料理なんて久しぶりだ」


穏やかな表情を覗かせたククールは、元々ナマエの腕が悪くない、寧ろ同年代の若い女の中ではかなり良い腕をしているであろう、彼女の手料理がかなり気に入っていた。旅の中でもナマエが料理番だった時はやはり、自分が作るものと同じメニュー(例えば、シチューや焼き魚)でも、ククールが作ったものよりナマエが作ったものの方が美味しいとククールは思っていた。舌の肥えたゼシカともナマエの料理の腕については意気投合していたので、過大評価では決してないと言い切れる。

宿屋のラウンジの一角を、ナマエは丸々占拠していた。どうやらリッカに台所を借りたらしい。ようククール!手を挙げて存在をアピールするラゼルは、食べられるのが今か今かと心待ちにしていると、表情全てで語っている。それもそうだろう、ナマエの気合いが手に取るように分かる料理のラインナップだ。スライスされたパンの上にはトマトやチーズ、パセリやブロッコリーが飾られ、見目も華やか。クリスマスの時にしか見ることの無さそうな七面鳥は中に野菜が詰めてあるのが、切り口の隙間から微かに覗いている。大きな器に山盛り、大胆に盛られたサラダは艶めくドレッシングに飾られ、器に盛られたばかりのスープはほかほかと、暖かな湯気を昇らせている。並んだココットはパイ生地の蓋を崩しながら口に運ぶのだろう。生クリーム仕立てのミートソースが絡む、パスタはククールが特に気に入っているものだった。これ美味いぞ、とラゼルに示しながら、運良く食事にありつけることになったククールが席に着き、ナマエが綺麗にカットされた果物を盛った器をテーブルに乗せて、座って、――ようやく、三人は食事を始めるためにグラスを手に持つ。


「それじゃ、戦いの前の息抜きってことで!」


ラゼルの声に合わせて掲げたグラスが、からんからん、と小気味いい音を響かせるのを聞いてから、さあ召し上がれ、とラゼルに示したナマエが振り向くと既に、ラゼルは(つい先程ククールに勧められた)パスタを自分の皿に取り分けていた。俺の分も残してくれよと、ククールが小さく主張している。そこまで言ってもらえるだけで、腕を振るった甲斐があるというもの。…他の皆も誘えばよかったかとふと考えたが、しかしそれだけの量を一人で作るのはどうしたって難しい。考えるのをやめたナマエは、目の前の食事を楽しむことに決める。――いつかは、別れる友人と、これが最後の食事ではない可能性はいつだって存在している。生きる世界が違う以上、それはどうしようもないこと。


「うっま!ナマエすげえ、これ今度教えてくれよ!」
「へえ、ラゼルお前料理するのか」
「一応一人で暮らしてるしな」
「意外だ」
「得意なのはジャイワール鍋だ!」
「鍋かよ」


それこそついこの間、テレシアがオレンカに遊びに来たから、ジャイワール鍋にして、それで…オレンカの街中に響き渡る、警鐘の音に思わず走り出していて。「思えば、ちょっとあの鍋勿体なかったよな…出来立てがうまいのに。すっかり冷めちまったのを、後から二人で温めて、食ってさ」ぼんやりと宙を見つめながら、ラゼルはおそらくこの戦いの、一番最初の記憶に言葉で触れた。双子だって分かっても、この関係が変わることはないんだけどさと、小さく呟いた言葉は、ラゼルのために聞かなかったことにする。


「…やっぱ、飯は暖かいのがいいよな」
「そうだな。あと、誰かと食うのがいい」
「ククール、珍しいね、そういうこと言うの」
「誰かさん達の影響が強いんだよ」


ココットのパイ生地をスプーンで崩しながら、ククールが少しだけ遠くを見る。「ナマエ、料理うまいな」「褒めてもらえて嬉しいよ」「やっぱ、旅のあいだも料理してたのか?」「食材と、場所がきちんとある時だけ、だけどね」口元を緩ませ、ククールと同じように少しだけ遠くを、少しだけ過去を、記憶で遡って見つめたナマエは、かつての旅のことを思い返していた。小料理屋の跡継ぎ候補として必死にレシピを捻り出していた、ナマエの料理をどうしても食べ続けたいとトロデに願われなければきっと、ナマエは今こうしてラゼルとククールと、――共に戦場を駆けてくれる仲間と、食卓を囲むことはなかっただろう。

戦いで心が疲弊した時こそ、食事の大切さは身に染みるとナマエは考えている。食料が尽きて草を食べたことだってあったし、水だけで何日か凌いだこともあった。その記憶は色濃く、だからこそ暖かな食事を口にするだけで美味しいと思うし、幸せを噛み締めるし、生きていることを実感する。…そう振り返ったところでナマエは、ラゼルが『ナマエの手料理が食べたい』なんて言い出した理由に辿り着いた気がした。ちらりとラゼルに視線を戻すとラゼルは一番乗り、ナイフでククールが切り分けたチキンに、大口を開けてかぶりついている。


「うまい!」
「おいラゼル、もっと丁寧に、」
「ククール、私も!」
「…女が大口は勘弁してくれよ」


肩をすくめたククールはすっかり、この食事会の世話役だ。皿にククールが取り分けてくれたチキンを口に運び、ナマエは我ながらおいしく出来たと、満足感を得て頷く。噛むたびに溢れ出す肉汁は、野菜の旨みと絡み合い、飲み込むたびに元気になっていく、気がする。――エイトが特に、チキンが好きだった。クリスマスの夜にトロデーン城で、旅の仲間だけを招いて、手料理を振る舞った時のことをナマエはふと思い出す。家族のいないナマエだが、旅の仲間と過ごしたあの夜は暖かった。――本当の家族と、過ごしているに違わない時間だった。あの瞬間が、例えば誰にでも平等に与えられる幸福だとするなら、


「ナマエ、俺さ、…上手く言えないけど、こういう時間を守りたいって思ったから、騎士になるために頑張ってる」
「…うん」
「それは多分、ずっと変わんないしさ。だから、…これから先は多分、今まで以上に厳しい戦いになると思う。でも俺は、みんながいるから、自分の意思を貫き通したいって思う」
「……言ったな?」
「ああ、言った。だからさ、今日は三人だけど!この戦いが終わったらみんなで、ナマエの料理が食いたい!」


だから、改めて、今後ともよろしく!

ラゼルが何もかもを吹き飛ばしてしまいそうな、太陽みたいな笑顔で笑うものだから、ククールとナマエは思わず顔を見合わせた。そして、同時に吹き出した。「当たり前だろ」「これだけでも結構大変だったんだから、次はラゼルも手伝ってね」「げ、それは…」「目を逸らすんじゃない、こら」――…可愛らしい、導き手の姿に、ナマエとククールが自分達の勇者の姿を重ねて、頷いたことなどラゼルは知る由もない。


20170404/ユリ柩



コウさん!いつもお世話になっております!
遅くなってしまってすみません…!あらためまして、企画リクエストありがとうございました!ラゼルくんとククさんと、楽しくお食事なお話です!
深夜に書いて、書いた本人がごはんを想像し、お腹空きすぎてチョコレートをつまみながら書き、寝落ち、朝起きてうえええ口の中がチョコレートだ…なんでだ…と困惑していました(いらん余談)ラゼルくんは太陽…
サイト復帰も本当におめでとうございます、良かった〜!!;;またコウさんの小説を読むことが出来て、本当に嬉しくて!これからもぜひともお互いスローペースマイペース、まったり続けてゆきましょう…!リクエスト、お祝いの言葉、本当にありがとうございました!
コウさんのラゼルくんすっっごいすきです!!!