わたしの春を青くしたひと

「こんなところにいた。探したんだよ」
「…騒がしいのは苦手だ、知ってるだろう」
「だから人気の少ないところをさんざん、探し回ったの」


肩で息をするナマエは、どうやら走り回っていたらしい。それも、自分を探すために。「もう、誰もテリーを見てないって言うんだもの…」――ぶつぶつと文句を言いながら、テリーの隣にやってきたナマエは、テリーと共にバルコニーから宴会の真っ最中である、レイドック城の大きな庭を見下ろして、ほう、と大きく息を吐いた。

溢れんばかりの人が喜び、笑い、歌い、踊り、食べる輪の中心には、仲間達の姿がある。レックは国王と女王の傍で恐らくこれまでの旅の話をしており、ハッサンはその筋肉を若い女たちに褒めそやされ、赤くなっている。バーバラは並べられる料理に目を奪われ、本能のままに手を伸ばそうとし、チャモロに引き留められ取り皿を手渡されていた。アモスはモンストルからレイドックまで足を伸ばした顔見知り達と飲んでおり、既に出来上がっている。…ミレーユの姿が見えないがそれはおそらく、自分と同じように賑やかな場所を、少し離れたところで見ているのだろうとテリーは結論付けていた。そう、ナマエが誰か――いや、この表現は意地が悪い――自分を探して、あちらこちらを彷徨っているのもテリーにはしっかりと見えていた。こうして隣に、来て欲しかったような。そうでないような。


「…今夜は、本当に良い夜になったね」
「………まあ」
「頑張ったことが証明されて、認められたんだもの。嬉しいな、私」


顔を綻ばせたナマエから、テリーは静かに目を逸らし、空を見上げた。深海の絨毯の上で、様々な形の鉱石が鮮やかに、輝きで存在を証明している。

テリーはふと、ナマエと出会った日のことを思い出した。半透明で、誰からも存在を認識されず、途方に暮れて何年も過ごしていたナマエを見ることが出来たのはテリーだけだった。付きまとう形でテリーと共に過ごすようになったナマエが最初は疎ましかったテリーであったが、その本質に惹かれていくようになるまで時間はそれほど、必要としなかったのではないかと思う。

触れたいと思うようになって、しかし触れることの出来ないナマエがいつ自分から離れていくのか、そんなことばかりを考えた時期もあったなと、テリーは旅の終わりであるこの場所から振り返り、思わず苦い笑いを漏らした。「あ、テリーも認めてくれる?」「…ああ」嬉しそうに自分を覗き込み、肯定を望むナマエが愛おしく、自然な頷きがテリーのなかに生まれる。テリーの肯定に嬉しいな、と。笑い、同じように夜空を見上げたナマエの身体には今、夢見の雫によりもたらされた実体がある。

触れることが出来るのだ。――触れることが出来るのに、そういえばあまりナマエに触れたことは無かったと、テリーは少し考えた。例えばこの場からナマエが去ろうとするなら、テリーはその腕を掴み、引き留めることが出来る。…つまり、そういうことなのに、今なおテリーはナマエに触れることを躊躇っている。

何故か。


「テリー、見て。すごく綺麗な満月だよ」
「…口説いてるのか?」
「……すごく綺麗な満月と、すごく綺麗な星がたくさん」
「そんなに意味は変わらないだろ」
「指輪のひとつぐらい、くれたっていいのに」
「縛られたくないからな」
「テリーが?」
「まあ」


曖昧な頷きに、ナマエはふうん、と小さく鼻を鳴らし、テリーらしいねと口元を緩めた。――旅の終わりに。最初は幽霊だと思っていた女と、このような会話を交わすことになるとは。テリーは想像もつかなかったと、一人考え、一人再び苦い笑いを伴い目線を夜空から宴会の庭へ戻す。


「こっち、見てくれないね、テリー」
「…あまり、必要性を感じない」
「そっか」


確かに、と同意した声も夜空から、宴会の庭へ視線を戻したようだった。賑やかな人の輪のなかに、ミレーユの姿も加わっているのが見えた。どうやら影に居たのに見つけられ、バーバラに輪の中心へ引っ張られてしまったようである。拙いステップで輪のなかに飛び込み踊るバーバラを、華麗にリードするミレーユは、さながら一等星の輝きを放っていた。誰もが彼女を美しいと称えるだろう。恋人たちが月の美しさを称え、愛を囁くことに同じの自然な流れを以ってして。


「あのね、…夜はね、同じだよ。星の色も、数も、なにもかもきっと」
「…そうか」
「私は、そう信じてるから、…夜が巡るたび、夢で逢いたいって星に願うことにする」


上の世界でも下の世界でも、夜空に輝く星の数は同じ。

ナマエはそれをテリーに伝えて、どうしたかったのか分からない。テリーはその言葉を受け止め、何を返せば良かったのか分からない。レイドック城のバルコニーで、並んで見上げる夜空のなかに、ナマエの身体が溶けていく。還るべき場所へと魂で昇っていく、恋人の姿をテリーは最後まで見ることが出来なかった。ただぼんやりと、これから夜が巡るたびに、ナマエへ思いを馳せるのであろうと、これからの自分を想像するだけだ。

2017.01.10/T.星食

霜月さん〜!企画参加本当にありがとうございました!ドツボなテーマだったのもあって、特に指定なしというあたりに好き勝手書いていいよという促しも感じ(?)、一番最初に書かせて頂きました…!楽しかったです!霜月さんのドラクエ短編で、実は一番好きなバーバラのお話を書く前に読み返しまして、あああ好きだ…と再認識、霜月さんはいつもいつでも私の憧れです…霜月さんの文章が!すき!です!!!言葉選びとか会話とか、些細なところにたくさん、キャラクターへの愛情を感じるのがたまらないです…
嬉しいお言葉も本当にたくさんありがとうございます…!霜月さんから褒められるたび、霜月さんはべた褒めの天才だよなあとしみじみしますいやほんと恐れ多い…私にはもったいない言葉をたくさん頂いている気がします。お祝いの言葉、本当にありがとうございました…!
0113 テラス→バルコニー テラスは一階部分に突き抜けている場所だと知ったのでこっそり訂正…すみません知識不足がばればれだ…