愛で世界を救っちゃおうよ


「呪いの解き方?ナマエちゃんのことじゃなくて?」
「そう。アンタなら知ってるでしょ。呪いも治療対象だ」
「そうねえ…んん…」
「……教会でも解けない呪いは、どうしたらいいんだよ」
「ん〜、古代呪文ぐらいしか、他の先生に聞いても出てこないと思うわよ?」
「………そんなの、一般人が使えるわけないってか」
「そうね、本当に特殊な呪文だし…でもどうしたの?」
「別に、アンタには関係ない」
「関係ないことはないわ。全てラブで解決できるんだもの!」
「無理だってば…」

「…ラピス、どうしたんじゃリソルは。いつもチェルシー先生のことは苦手そうにしておるのに」
「………?」


首を傾げるラピスとメルジオルの視線の先には、チェルシーと向かい合うリソルの姿。ラピスは丁度、ナマエが寝ていたというベッドに腰掛け、二人のやり取りを見守っている。

こういった類の質問は、魔法を専門とする教師に尋ねるべきか、治療を専門とする教師に尋ねるべきか。リソルは後者を選択し、ラピスと共に救護室を訪ねていた。「…はあ」結果、その選択を後悔しているリソルである。ラブよ!と胸を張り、巨乳を揺らすチェルシーは自信たっぷりで、愛さえあればなんでもというスタンスを崩さない。苛立ちでオバサンとチェルシーのことを呼びそうになるリソルだが、ここでチェルシーの機嫌を損ねるようなことになりたくないのでぐっと堪える。怪我や癒しについて深い知識と理解がなければ、学園長がここに連れてくるはずはないのだ。


「…愛じゃ何もできないんですけど?」
「あら、そんなことないわよ。ラブは世界を救うんだもの」
「……オバサンさあ」
「やだ、怖い顔しないで!…そうねえ、きちんとラブについて考えたことはある?」
「あるはずないでしょ、時間の無駄だし」
「ふふ、どうかしら?」


意味深な笑みを称えたチェルシーが、緩やかな動きでラピスを振り向いた。「そうね〜、…例えばだけれど、彼女。学園トップクラスの魔法の使い手で、そんな彼女は体の中に、たくさんの魔法力を巡らせているわ。普段は一定のエネルギーで動いているその魔法力が、例えばコントロールの出来ない範囲外まで暴走するとしましょう。ねえ、それはどんな時だと思う?」「…どうって」――…コントロールの出来ない、魔力の暴走?


「………感情」
「ラピスさん、正解よ」


例えば、強靭な精神で安定させている感情。例えば、生まれつき表現が苦手なことで押さえられている感情。例えば、崩れ去った自我にしがみ付いた、本能だけで動くそれ。
静かにラピスを振り仰いだリソルは、ラピスが魔力を暴走させた時のことを想像した。平坦な声が怒りや悲しみの感情に狂い、自らの身を滅して、――世界をつくりかえてしまいそうな。


「怒りや哀しみ、そういった激情から火事場の馬鹿力ってところかしら。人間の持つ本当の力を手にして、本能の赴くままに動く。――その激情を一番強く呼び起こすのは、愛よ!」
「……一理ある」
「精神論じゃん。つまり強い意志で何でもなんとかなるってことでしょ」
「…でもリソル、………ある」
「一理あると主張したいそうじゃな」
「ナマエ、だいすき…」
「…アンタの気持ちだけでも、想域から鍵取って来れそうだよね」
「……リソル」
「それだけでは足りない部分をお主が、補ってくれるのじゃろうと言っておるようじゃ」


………うん?


「その話の流れってさ、オレがあのセンパイのことを愛で以て救えって言ってたりする?」
「…………!!!」
「何その目。無いよ愛とか。あんなセンパイに」
「………………」
「…………だから、何その目。愛とかは無いけど、怒りならあるよ」
「……?」
「ほんと、なんでオレがあんな…ああクソ!」


腹の底から沸々と湧き上がる、マグマのようなこの感情の名は怒り以外のなんだ。

ありがとうと笑った時、今にも泣きだしそうな顔をしていたことをナマエは知っていたのだろうか。視線だけで必死に、助けてと泣き叫んでいたくせに、放り出せと殻に閉じこもる。何がナマエをそうさせるのか、リソルには分からないし理解してやろうとも思えない。たった一言、声に出して、助けてと言うことは確かに難しいのだろうが、ナマエはそうすべきだったのだ。それだけでリソルはナマエの手を掴んだはずだ。そして安全な場所に行くまできっと、その手を離さなかった。

他人のことは両手を広げて、いっぱいいっぱいに受け止めようとするくせに、自分のことは触れさせたがらない。誰にも、見せようとしない。孤独でいるのが好きなのか、孤独に愛されてしまったのか。ナマエが人を頼ることが出来ないのは、今までの環境が、ナマエの歩いてきた道がそれをさせなかったからか。――自分で全て何とかすることを、強いられ過ぎてきてあの人は、きっと感覚が麻痺している。勇者でさえ一人で戦うことの出来ないこの世界で、たった一人でいなければならないと、思っている。


「…差し伸べられた手振り払って、それで自滅したんだろ、あの人」


やっぱりバカじゃん、センパイ。オレさあ、バカって嫌いだよ。苛々するし、面倒だし、関わっても何も良いことがない。思う通りにならないし、支配するのが難しい。そんなバカの代表格みたいなアンタを、助ける義理なんて、これっぽっちもない。
…これっぽっちもないけど、アンタに掃除を押し付けて、それを適当なところから眺めてるあの生活は、嫌いじゃないしまた見たいんだよね。なんでだろーね。

――アンタの抱えてるもの、それがどんなものでも、別に離れていかないよ。


「はー、…くっだらない精神論聞いた」
「―――…リソル」
「……激情で何かが変わるなら、鍵なんていらない」
「?」
「行くよ。一応、他の教師にも話を聞く」


踵を返し、すたすたと救護室の入り口へ歩いていくリソルを慌ててラピスとメルジオルが追う。「忘れないで、ラブは世界を救うのよ〜」…背後から響いた、呑気なチェルシーの声がリソルの耳の奥で微かに反響した。愛は世界を救う。激情は何かを変える。精神と魔法が深くつながる、この世界では、この場所では、


20161117


全呪文の教師も、歌術の教師も、皆渋い顔で首を振った。法術の教師だけが唯一、最近ツスクルの学び舎出身の研究者が、解呪の古代呪文を復活させたという情報をくれた。同時に古代呪文復活のきっかけとして、ナマエの名をその研究者が口にしていたということも。
膨大なエネルギーを消費するその呪文が発動されたことはまだ、数えるほどしかないという。しかし逆を返せばそれは、何度か発動したということ。
ナマエがその呪文を受けていたとするなら、ナマエの身体に呪いを繋ぎ止めているのはもしや、ナマエ自身なのではないだろうか。