イバラを伝うあかと


遺跡に踏み入ったナマエ達を阻んだのは、強い魔力で封印された大きな扉だった。扉と繋がっていると思われる彫像に浮かんだ鍵穴、ナマエが触れた瞬間脳裏に直接響いた声。ミッケ君に変わる新たなアイテムを手にナマエ達を追ってきたシュメリアと新アイテム、ゲッチュ君の写真に導かれるまま、ナマエ達は一度遺跡を後にし、指定された"第二ボタン"を探すべく一度対策室に戻ることになった。解明せよ!と高らかに宣言したシュメリアの声にラピスが嬉しそうに頬を緩ませていたのは余談。


「それじゃ、俺とナマエはちょっくら生徒会室行ってくっから」
「っ…」


写真を手に、対策室を出て行いったアイゼルに、声を上げようとしたリソルが咄嗟に胸を抑えたところを、ナマエは視界に捉えてしまう。「………リソルのこと、見ててあげてくれる?」「もちろん!」「任せてください」「……なるべく、はやく」明るい笑みで頷くクラウン、微笑んだフランジュ、拳を握り締めたラピスにリソルを託し、心配そうにリソルを見つめるミランと目配せしあい、ナマエはアイゼルの後を追い対策室を出る。何か言いたげな視線が自分の背を追いかけているような気がしたが、自意識過剰かと首を振りながら。

全員で動かなかったのは、リソル以外の全員が、明らかに悪くなっているリソルの顔色を心配したからだ。写真の場所は間違いなく生徒会室、ならばとアイゼルが名乗りを上げ、ナマエと二人でさっさと第二ボタンを回収してくると言い出した。アイゼルなりの気遣いだと、リソル当人も理解しているのだ。――不満があるかないかと言えば、あると言わんばかりだったと、ジェラシーの視線に晒されたアイゼルは小さく笑う。今も変わらずアイゼルにとってナマエは想い人であるのだが、可愛い後輩の女に手を出そうとは考えない。


「なんだかんだ言いつつ、アイゼルの第二ボタン巡って争いは起きそうだよね」
「ただのボタンなのにか?」
「……アイゼルを好きになったら苦労しそう」
「おいおいどういう意味だ」


軽口を叩き合いながら、ナマエとアイゼルは第二校舎の階段を上っていく。「第二ボタン、かあ」「第二ボタン、なあ」「…青春だね」「そういうもんなのか」「そういうもんなんじゃないかな」ナマエの言葉の外に、憧れの気配を感じ取ったアイゼルは卒業式の日にくれてやろうかと、口に出そうとして寸でのところでそれを飲み込む。――おそらくこの流れからしてそんな口約束を交わしたとリソルに知れた日には、槍が飛んでくるだろう。卒業式の日に第二ボタンを貰ったって何になるの、無意味なボタンより連絡先渡す方がよっぽど意味があると思うけどとリソルは言っていたが、女性陣の反応を見るに、大切なのはそこではない。…のだろう。たぶん、おそらく。


「卒業するとき、リソルに第二ボタン押し付けてやれ」
「連絡先も添えて押し付けなきゃ」
「俺の卒業の時も連絡先ぐらい、押し付けてくれよ」
「…いらないんじゃないかなあ、アイゼルなら」
「おいおい、なんだ、寂しいこと言うな」
「変な意味じゃないよ。アイゼルぐらいの実力があるなら、きっとこの学園を出てもすぐに――…また会えると思う。私は世界を駆け回ってるし、これでも結構顔が広いし」
「つくづく思うけどよ、お前って――…」
「そこから先はまた今度ね。ほら、生徒会室着いたよ」


分かりやすい言葉で隠された秘密にアイゼルが辿り着くのは、きっともう少し先のこと。


**


第二ボタンを手に、再び遺跡に出向いたナマエ達だったが、ナマエが何度鍵穴の前に古びた第二ボタンを翳しても、彫像はうんともすんとも反応を示さない。「…特に、何も起きないね?」「ここで手詰まりってことか?」ナマエの両側から鍵穴を覗き込む、クラウンとアイゼルも首を傾げて鍵穴を穴が開くほどに見つめる。ここでナマエの脳裏に過っていたのは、以前ミランが封印の中に囚われた時の記憶だった。数ヵ月前、似たように思い出の品を手に――武道場に潜った、ような。正直石化の呪いやクラウンの抱えていた事情、唐突なルナナの来訪。その前の記憶をゆっくりと探り、ようやく手のひらの第二ボタンの使い道に気が付いたナマエの背後で、ラピスとメルジオル、フランジュが顔を見合わせる。


「カギ穴は、カギを使うところ」
「やはりカギ穴には、カギが必要…ということじゃな」
「確かに…でも第二ボタンをカギ穴に差し込むわけにもいきませんし」
「……はぁ〜あ」


主に物理思考のフランジュに向けて、リソルが深い、深い溜息を吐いたのを聞いたナマエは、体調の悪いであろうリソルが元々"それ"に気付いていたことを知った。自分達に気付かせようと何も言わなかったことを察し、その付き合いの良さが本当に分かり難いだけに、リソルは誰よりもこの顔ぶれで過ごす時間を大切にしているのではないかという錯覚さえ、覚える。「…もうちょっと、頭使ったらどうなの?」「おうおう、調子悪そうなくせして相変わらずの毒舌だな」逆に安心したぜ、とぼやきながらナマエの横で顔を上げ、背後のリソルを振り向くアイゼルに合わせてクラウンもリソルを振り仰ぐ。


「そこまで言うならリソルくんには、何か良いアイディアがあるんだよね〜?」
「アイディアも何も…アンタらがクックルー並みの記憶力でビックリするね。三歩歩いたらどうせ忘れるんだろ」
「クックルーって三歩歩いたら忘れるんだ…」
「ナマエ、反応するところはそこじゃない」


ミランの窘めにリソルがじろりと、アンタも気付くのが遅いよとナマエを睨む。「…前にも、同じようなことあったじゃん。王子サマが扉の中に吸い込まれて、消えちゃった事件の時、オレたちはあのカギ穴を開くために、王子サマの記憶と強く結びついた、刀を持って武道場で戦ったろ」「…あっ」思わず声を上げたクラウンに、なんでそんなに鈍いの、と言わんばかりの視線がリソルから飛ぶ。


「そういえばあの時はいつもの解放のカギじゃなくて、特殊なカギを手に入れたね」
「ナマエの時は…」
「それはセンパイが、何か一つに固執するとしたら、命だけだったってところじゃない」
「…なるほど、確かに」


深く深く納得し、頷いたナマエに若干引き気味のアイゼルは、ミランの事件を思い出し、次いでナマエの事件を思い出し、助かる可能性を比べた時、限りなく低くなっていたであろうナマエの事件にぶるりと体を震わせた。「ナマエ、お前ヤバかったんだなー、リソルがいなけりゃほんとにあのまま屋上で…」「おバカ会長、話逸らさないで」リソルの鋭い叱咤の中には、おそらく多少の照れ隠しも入っている。


「では、私達がこのボタンを持って遺跡の先へ進みたいと願い、武道場で戦えば新たなカギが生まれるかもしれませんね!」
「ようやく理解できた?アンタらって察しの悪さだけは一流だね」


意気込むフランジュに、それじゃさっさと武道場へ、と旅の扉へ踵を返したリソルへナマエの横から、一歩踏み出す気配があった。「…待ってくれ、リソル」「…?」唯一この場で先の例に挙げられた、自分の事件のことを知らない人物。声を上げ、リソルを引き留めたのはミランだった。不思議そうな表情で振り向き、なに、と言葉を急かすリソルに、言葉を探りながらミランが向かい合う。その表情がどこか緩んでいることに、その場の全員が気が付いていた。当然その中に含まれているリソルは、訝し気に眉根を寄せる。「なんだよ王子サマ、文句でもあるワケ?」「いや違う、その…」迷うミランに一瞬だけ、視線を送られたナマエは微笑んだ。リソル以外の全員が、同じ気持ちだと分かっている。


「…ありがとう」
「は、」
「キミはなんだかんだ言いながら、いつもフウキの活動に積極的に協力してくれるから」


ミランの率直なその言葉に、純粋な感謝に、リソルが一瞬固まるのをナマエは見た。「…はあ?何言ってんの」――言葉の意味をよく理解しているくせに、まったく素直じゃないなあとナマエの心をほんのりとした温もりが包み込む。生物として違う生き物だというだけで、通じ合えない根拠がどこにある?大丈夫、大丈夫、きっと、


20170512


ホント、やめてほしいんだけど。
仲間意識とか友情ごっことか、…勝手に親しまれても、迷惑なんだよね。


「リソル、……リソルってば」
「なに、うるさい」
「ひどい顔してるよ」
「ほっといて」


願いの想域を進む道すがら、静かに声を掛けてきたナマエを突き放したのは、全身を血流と共に巡る魔力があの日から、封じ込めていた力を全て解き放ちたいと叫び続けているせいだ。…もしもの事態が起きた場合、自分を誤魔化しやすくするために、脳は偽りの意思を紡ぐ。「アンタには、関係ないでしょ、オレの顔色なんて」「関係なくは、」「関係ないんだって」「……」口を閉ざしたナマエが何を言いたいかなんて、少し考えればすぐに分かる。しかし、今のリソルにそれを考えたいと思う余裕はない。口を閉ざし、わかった、と目を伏せたナマエの表情に、心臓の軋む音がしたとしても。


――流れる血の色が、違う事実は変わらない。