其の五
「……なにこれ」
「まあ、見ての通りというか、下駄箱に入っていたといいますか」
「ラブレターじゃん。……どこの誰が」
「うんラブレターなんだけど、私○日って絶対登校出来ないんだよね」
「は?行くつもりだったの?」
「そりゃ無視は悪いだろうし、丁重に断りに――」
「その場で勢い余って襲われたりとか、考えないわけ?」
「えっ、私が襲われると思う?返り討ちじゃない!?」
「そういう問題じゃないっての!」
「ええええ!?」
――リソルの荒い声に、ナマエはどうしようもなく困惑を声に出す。
ラブレターの事を打ち明けた後、リソルが不機嫌になるのは分り切っていたのだが、どうやらリソルはラブレターの差出人に対してよりも、ナマエの危機感の無さに対しての怒りの方が大きかった、らしく。荒げられた声と共に叩かれた食堂のテーブルに、申し訳無さを覚えながらナマエは、まだ出来上がっていないパスタの食券を胸に抱き抱え身を引いた。当のラブレターはリソルの手の中。ナマエの意見は許されない空気。
「…何、今時白の封筒にハートのシールって。女子かよ」
「あー…女子は前例あるねえ…」
「あるんだ」
「ほら、一番最初の。リソル、屋上で告白されたでしょう」
「忘れた」
「まあそう言うだろうとは思ったけど、その時リソルに告白するためにあの子が私にラブレター送って、屋上を解放させたの」
「…うわあ」
「哀れみの目で見ないでほしい!」
半ばやけっぱち、テーブルの上に置かれたグラスを掴んで、傾けたら中の水を一気飲み。「…問題は、送り主が誰だか分からないってこと!」…リソルにそう言い切ったナマエは、心当たりも何もないよと、力無い言葉で付け足しておく。「まあ、私にラブレターなんて、物好きだよねえとは思った…前回もだけど、今回は特に」「ふうん」特に興味の無さそうなリソルは、もしやこういった手紙の類を貰い慣れているのではないかとナマエは思う。「…物好きを牽制するのも楽じゃないんだけど」「ん?」「なんでもない」ナマエにはよく聞こえなかったが、とにかく、と独り言をぼかしたリソルが場を仕切り直す。
「で、結局どうすんの。行けないんでしょ」
「…リソル、どうして学校に来れない日があるのかとか、聞かないんだ、やっぱり」
「別に興味無いし」
「うそつけ」
「……気ィ遣ってんだから、ありがたく受け取りなよ」
「うーん、でも私リソルがすごく大切だし、ずっと甘えてるのもどうかと思ってるんだよ、最近」
「…………………………」
「え、どうして黙り込むの」
「いきなりアンタが恥ずかしいこと言うから、変なモン食ったかと思って」
相変わらず失礼な物言いではあるが、その頬が微かに赤いのでこれは単なる照れ隠しだろう。「…ふふ」思わず笑みを零したナマエに対し、どことなく気まずそうなリソルは目を逸らし、しかしすぐにナマエを睨みつけた。まったく怖くないその睨み顔に、再びナマエは笑わずにはいられなくなる。リソルはまったく、本当に可愛い後輩である。
実はメギストリスの国会に招かれているのだと、ナマエが語った瞬間うわあとリソルが肩をすくめた。「引いた?今引いた?」「引いた」「失礼な」「いや、引くだろ…」ナマエの事情はどうやら、リソルの予想の斜め上であったらしい。
「まだまだたくさんあるよ、秘密。ドン引きもののやつ」
「別に、だからって手放さないけど」
「…リソルってさあ、」
「何?」
「……なんでもない」
百戦錬磨の盟友が、年下の学生に形無しである。リソルには一生敵う気がしないナマエは両手で顔を覆い、ああもう、と唸るばかり。「ま、アンタがオレのものだって知ってるやつ、少ないしね」「そうだねえ…」余裕を取り戻し、どうしたもんかと自分の食券を指先で弄ぶリソルの言葉に、頭の回らないナマエは同意するばかり。ごった返す昼時の食堂で、二人のあいだに一瞬だけ、沈黙がおりてくる。
「探すのも分からないし面倒だし、手紙で来たってことは誰にも知られたくなかったんだろうし」
「どうすんの。貰ったの、アンタじゃん」
「うーん……会議が早く終わること祈るしか、ないかなあ…団長になんとか話を…」
「○日、放課後だっけ」
「そう」
「ま、覚えとくよ。気が向いたら助けてやらんこともないかもね」
「よろしく、リソル。頼りにしてます」
「……ナマエ」
「な、なにいきなり名前呼んだりして」
「別に。アンタは本当、ずるいなあって思っただけ」
20170120
――結論から言うと。
ラブレターの差出人は、手紙を入れる下駄箱を一つ、間違えていたらしい。
その日のナマエは普段より更に真面目に議題に向き合い、意見を纏め上げ、挨拶もそこそこにルーラストーンでメギストリスから学園へ向かった。あいつも忙しいねえとナブレットに心配されているとも知らぬまま、ナマエが学園に着いたのは既に日も傾き、生徒達は部活動に精を出している頃。
階段を駆け上り、ナマエは自分の教室に飛び込んだ。手紙を片手に、ごめんなさいを伝えるつもりで。ところがどうだ、教室に残っていたのは女子生徒だった。暫しお互いを見つめ合い、あなたが手紙の、とナマエが問うたところで相手は全てを理解したようだった。ごめんなさい間違えましたとナマエが謝罪を受けたところで、影に隠れていたリソルが吹き出し、ナマエはそこからどうやって帰宅したのか、よく覚えていない。つまりナマエが手紙を手にした一番最初に覚えた面倒くささの予感は、大正解だったわけである。
「ナマエちゃん、締まらないねえ」
「クラウン先輩、傷口に塩を塗るって言うんですよ、それ」
やはり自分にモテ期だのなんだのはないのだと、真剣に断りの言葉を考えていた分ショックの大きかったナマエはやさぐれ、へこんでいた。やけっぱちも極まれり、ナマエは自らラブレター再来の話を振り、クラウンに慰めて貰っている。――ダメージは増えているが、心はどことなく軽くなっている、気がしないでもない。
「ナマエ、元気出せほら。お前は……最高だ!」
「アイゼル!褒めるんならきちんと褒めて!ナマエちゃんがますます落ち込むから!」
「いや、下手なこと言うとリソルが怒るかと思ってな」
「……へたれ」
「ラピス、もっと言ってやれ」
「ミラン、ラピスは何を言うことも出来ないお主に言っておるようじゃぞ」
「ひどいな!?」
「…今日も賑やかだねえ」
「やっぱり、ナマエさんが居ると皆さん、楽しそう」
告白を断られてもなお、ナマエに迫る男であれば目の前のこの女は自分のものだと。見せつけてやることも考えに入れていたリソルは、予想外の結果に終わり少しばかり複雑であったものの、目の前でフランジュが嬉しそうに笑うのを見て、まあいいかと収めることにする。