其の四
「若き哲学者の告白、若き哲学者の告白…ううん」
「ナマエさん、どう?見つかった…?」
「こっちには無いみたい。向こう、探してみるね」
「うん、お願い」
現在地、図書室。ナマエはコロネと共に図書室に赴き、キューピッドさんのお告げの本を探している真っ最中である。
リソルの言葉をキューピッドさんからのお告げとして、コロネに伝えに行ったナマエは自分だけではその本を探せるか不安だと言うコロネに付き添い、図書室まで着いてきてしまった。いっそリソルも引っ張って来ればよかったと思うほど、本探しは難航中である。教えられたのはタイトルだけ、ジャンルも著者も分からないまま探すというのはなかなか難しい。しかしリソルがどう足掻いても無理という難題を押し付けてくるタイプではないことを、知っているのも事実である。まあどこかにあるだろうと、楽観的に考えてしまうのもやはり惚れた弱みか。…こんなことを考えていると知られたら、リソルは怒るだろうが。内心で苦笑いを漏らしながら、ナマエは棚に並んだ本のタイトルを、ひとつひとつ目で追い、潰していく。若い、若き、若くして、若さ――…あれ?
「アンタさあ、通り過ぎてる」
「っわ!?リソル!?」
突如背後から聞こえた声に、思わず振り向いて驚きの声を上げたナマエに何人かが振り向いた。即座に口を手で覆ったナマエは目を逸らし、素知らぬふりをしようとするが、流石に通じるはずもなく。これだから、と呆れた目で自分を見るリソルの視線をなんとか誤魔化そうと、ナマエはわざとらしく咳払いをひとつ。
「リソル、心配して見に来てくれたの?」
「アンタもあいつも本、探せないまま放課後になるんじゃないかと思って」
「先輩に向かって失礼な」
「実際通り過ぎてただろ。ほら、三歩下がって。左見て」
「あ、ほんとだ。"若き哲学者の告白"」
本の場所を確認するなり、すぐに踵を返したナマエは少し離れた場所で本を探している、コロネの元へ向かう。素知らぬ顔で図書室に来たばかりの生徒を装ったリソルも、本を探しているふりをして、二人の方へと歩いていく。二人が棚から離れたと同時、薄青の髪の少年が棚へと近付いていく。リソルはそれが誰だか知っていたが、口に出すことはない。
「コロネ、本見つけたよ」
「本当ですか!?」
「うん、あの棚」
「じゃあ、早速借りて――あ、」
ナマエが声を掛けるなり、難しい顔から即座に喜色満面。ぱっと花開いたように笑ったコロネはナマエが指し示した棚――正しくは、棚の近くにやってきた少年――を見た瞬間、ナマエの背後に隠れてしまった。「え、どうしたの」「あ、あの、あのナマエさんその、あの棚の…近くにいる人がその、私の好きな…」狼狽え、動揺を溢れさせたコロネの言葉にナマエはリソルのお告げについて、深く納得する。まあこうなれば、後は押すだけ。リソルが成しえぬものに協力するとは思えない分、ナマエも自信を持って送り出せるというもの。
「コロネ、頑張って」
「む、むむ、無理ですナマエさん!」
「キューピッドさんも私も応援してるよ」
「で、でも、でも…」
なおも迷うコロネをなんとか背中から離し、ナマエはコロネの背後に回り込む。「ああナマエさん、あの、せめて一緒に…」「それじゃ意味ないよ」「うう、」背中を押すナマエと、なおも迷い、渋るコロネ。どうしたものかとナマエが考えを巡らそうとしたとき、素知らぬ顔で現れたリソルが踵を返すふりをして、コロネに足を引っかけた。「わ、わ、わっ!?」…――その鮮やかな動きに、ナマエさえも思わず目を瞠る。流石としか言いようがない。バランスを崩し、大きく前に一歩踏み出したコロネは勢いそのまま、若き哲学者の告白が並ぶ本棚、恋慕う相手の目の前へ。
「流石、キューピッドさん本家は違うね」
「お褒めの言葉、どーも」
「でも良かった、リソルのおかげで一件落着……あ、」
「何、あいつ上手くいってるみたいじゃん」
「や、私の問題は何も解決してないってことに気が付いて…」
真っ赤な顔でローワンなる男子生徒から本を受け取るコロネを、リソルと共に眺めながらナマエはポケットの中に忍ばせたままの手紙の存在をようやく思い出した。こちらは大縁談、コロネの悩みは解決、キューピッドさんはもうコロネには必要ないわけだが、ナマエには早急にキューピッドさんが必要なのである。
本を胸に抱き抱え、なおローワンと言葉を交わしているコロネに羨ましさを感じたナマエは深く、深く息を吸い込んで――…「はああああ…」――大きな、溜息を吐き出した。そんなナマエになんだと言わんばかりのリソルの視線。
「なに、問題って。オレに相談できないこと?」
「……あ、」
コロネがローワンと上手く行って、気が抜けたからぽろっと漏らしちゃいましたなんて、まあ言えるはずもなく。
即座に口を手で覆うももう遅い。リソルの突き刺すような視線は、後でちゃんと聞かせてもらうからと暗に物語っている。――間違いなく、逃げられない。やらかしたと悟るも遅すぎる。ここは当然、ナマエの負けだ。少し迷ったものの、やがてナマエは手を挙げ、リソルに降参の意を示した。「じゃ、また後で」「…ハイ」力のないナマエの声に満足そうなリソルは頷き、踵を返す。
「…逃げられると思わないでよ?」
「……存じております」
「ナマエさーん!」
「あ、アイツ返ってきた。行ってやれば」
一時の赦しを与えてナマエを解放したと同時、ひらひらと手を振り、去っていったリソルに入れ替わり、コロネがナマエの元に戻ってくる。「ナマエさん、本当に、本当にありがとう…!」ローワンさんと話せちゃったと、頬を染めるコロネは正に恋する乙女、非常に愛らしい表情でナマエに礼を言う。「大したことしてないよ」「そんなことないよ!ナマエさんと、それからキューピッドさんのおかげだね!」ナマエの謙遜に大きく首を振り、再びありがとうを繰り返し、最後に本の貸し出し手続きをしてくるとナマエに報告したコロネは本当に心底嬉しそうで、ナマエは心にぽう、と優しい火が灯る感覚を覚える。
こうして喜ばれるときが一番、――生きていると感じるのかもしれないとナマエは思う。戦いの中で覚える生々しい生命の鼓動とは違う、人と関わり生きていることで、現世に繋がれているような。
20170120