To dearest heart


- 待つ -




「旅立たれるのですか」
「うん」


新調した装備と装飾品を確認しながら、頷いたセナに声を掛けたのはトビアスだ。ナドラガ協団の客間を侵食していたセナの私物はほとんどその姿を消しており、部屋に残されているのは旅支度を終えたセナとセナの荷物だけ。あとはテーブルの上でエテーネルキューブに腰かけうつらうつらと船を漕ぐキュルルの姿が見えるぐらいだ。


「…不思議だな。元々は外から来たあなたが、今はもうこの協団の一員のように馴染んでいることも、こうしてまた出ていくことに違和感さえ覚えるようになっていることも」
「そう言ってもらえると強引に住み着いた甲斐があったってものだよ」
「致し方なかった。ナドラガが討ち果たされたとはいえ各地では魔障による異常が起きていたし、…我々だけでは対処しようのない魔物はセナ殿の助けがなければ、」
「まだ竜族は歩み始めたばかり、この厳しい世界で団結して生きていくためには時に外部の力を借りたほうが上手く事が進むことだってあるよ。最初だからそれが少し多いだけ。神様を討ち果たして魔障をまき散らした原因なんだから、いくらでも頼ってほしいんだけどね」
「またも、そのような事を」
「ルビーにも父ちゃんを頼む、ってお願いされてるし」
「…あの子の名前を出すのは卑怯かと」


困ったように笑うトビアスに、セナは本当のことだもん、といたずらっぽく笑う。――ルビーを失った協団の傷は、時が緩やかに癒している最中だ。セナも自らを生みだした"本当の父親"ナドラガの柩で深い、深い眠りについたルビーの帰りを待ちわびているうちの一人。ルビーの父ちゃんを助けてやってほしい、という願いを一時置いて、再び旅立つのには罪悪感を覚えてしまうものだけれど、最後に戻ってくるのはここだと、トビアスの隣だとセナはもうとっくに決めている。そしてトビアスも、まだ言葉としてはいないが、それを受け入れている。


「アストルティアの運命を救えるのは、あなたと…アストルティアの勇者姫だけだ」
「世界がそれを決めちゃってるから、やるしかないよね」
「ルビーの時もそうだが、無力を痛感するばかりだ。…守られる立場だというのは、どうにも」
「そんなことない。トビアスが待っててくれるって言ってくれるだけで、私は世界で一番強くなれるよ」
「…あなたはまた、そんなことを」
「本当だよ、嘘じゃない。帰らなきゃいけないから、どんな傷でも、どんな敵の前でも立ち上がれる。待っててくれる人がいるのなら、いくらでもこの身を戦場に捧げられる。今のトビアスなら分かるでしょう、大切な人を守りたいっていう、単純な願いは強いってこと」
「………」
「私の場合はそれがどこにいるか分からない兄さんと、私を知っている大切な人が望んでいるのが平和な世界であることと、あとここにいつでも来ていいって言ってくれるトビアスだってだけ。自分勝手に出ていくけど、自分勝手に戻ってくるよ。その時はきっと、アストルティアも滅びの運命から逃れて平和を手にしてるはずだから」
「…確かに、セナ殿の考えも分かります。しかし、」
「……しかし?」
「あなたは分からないのか?私のなかで名前殿は確かに英雄だ。しかし同時にただの竜族の男を好いた、一人の女だ」
「まあ、それは…」
「私が何も言えぬ理由は、この関係性が続いているからに過ぎない。セナ殿はセナ殿である限り、自ら英雄を辞めることはない。――私が行かないでくれと言えば、あなたは行かないでいてくれるのか?この世界を共により良くしていくなかで、傍らに居てほしいと願えば、あなたは」
「………」
「…心配だ。しかし、私ではあなたの代わりに世界を救うほどの大役は果たせない。それが酷くもどかしいし、待つばかりではなく本当は共に行きたい気持ちがある」
「…トビアス、」
「それが出来ないから、このような焦燥感が胸に燻るのでしょう。…セナ殿、いや、セナ」


一歩、セナとの距離を詰めたトビアスが静かな瞳でセナを見下ろす。


「――待っています。あなたの旅路が何千年の時を遡ろうと、あなたが帰る場所をつくって待っています。なるべく怪我のないように、…いえ、無事でいてくれればそれで。どのような姿になろうとも、あなたの帰りを待っています。ルビーと共に、いつまでも。我らの英雄を、――私の伴侶を、いつまでもここで待っている。…どうか、無事に帰ってきてくれ」


20180327


Ver.4中盤のイメージ。3終了後くっついてるルート+吼えろ終了後。
エテーネのくだりやキュルルの存在、兄との関係性をトビアスは全て把握済み。