04
「はー!やっぱ最高ね、ナマエの音は!」
「マーニャの踊りも最高!…ちゃんとあの時と同じ、音が出せた」
二人で使うことになった客室に、戻ってきたナマエとマーニャは部屋に入るなり二人してベッドに座り込んだ。ふわりと柔らかな羽毛のベッドで、二人は向かい合い、安堵と達成感と、重なった波長の快感を忘れられずに笑い合う。
――素晴らしき舞い、素晴らしき曲であったぞ。お主らが友であるということを認め、そこの吟遊詩人…ナマエ、そなたの疑いを晴らすとしよう。面倒事に悩まされ、痛む頭の事を妾に、一時ではあるが忘れさせた。部屋をそのまま貸し与える。何かあれば、お前達を呼ぶことにしよう。食事は必要なときに言いつけるが良い。――もうじき、一波乱起きそうな気がするのでな。あの予言者の存在もある。戦いにおいても混乱した国の最中で民の心を和らげるにも、そなた達は随分と役に立ってくれそうだ。
女王の言葉から剣呑さが薄れ、ナマエはようやく息を吐き出せたのだ。この国に害を成す存在ではないと立証することが出来たのは自分の音の力だけでは決してなく、マーニャの舞あってこそだった。顔と胴体が引き離されることがなくて本当に良かったとナマエは思う。
「上手く思い出せないのに自然に動けるの、すごいわよ」
「…マーニャが踊るのに合わせて、吹きたいって」
「誰かの腕を引っ張って、ぐるぐる回ったのよ…賑やかなメインストリートの真ん中で、ナマエは誰かに風船を押し付けて、アタシはナマエにウインクして、」
マーニャが記憶を探るように言葉を並べたことにより、ぼんやりとナマエの中にもその情景が浮かび上がった。別れの確信を得ていたあの日、確かに――…確かに曲を、終わらせたくないと思ったはずだ。楽しそうなマーニャと誰かが笑って、その周りを"みんな"が取り囲んでいた。…テリーも、そこにいたはずだ。そこでテリーと、何かが変わったはずだ。…どうしてこんなにも朧げなのか。
―――だというのに、自分の紡いだ音は確かにそれを覚えている。
「ねえ、マーニャ」
「んー……もうアレよ、考えないようにしましょ。夢じゃないことは事実だし、アタシはナマエとまた会えて、こうして一緒にいられてそれだけで今十分満足しちゃってるの」
「それはそうだけど、いいの?それに女王様だって、何かあれば呼ぶ、って」
「ああ、それね。この世界は随分と平和だったみたいだけど、今ちょーっと面倒事が起きてるみたいなのよねー。それで女王様、狙われてるみたいなのよ。世界的にも均衡が崩れそうになってるみたいだし、そこで女王様が倒れちゃったら取り返しのつかないことになっちゃうみたいでねー。一人じゃ不安だけど、ナマエがいるなら心強いわ」
「えっ、戦うの!?」
「女王様にお願いされたら、ね」
「……ご褒美とか言われたりした?」
「あ、あらやだ、何の事かしら」
当然ナマエにも分けてあげるわよ、と誤魔化すように笑ったマーニャはとにかく、とすぐに表情を真面目なものに切り替えた。普段の雰囲気とまったく違う、彼女の纏う雰囲気はナマエの手元にある、笛とハープを視線と共に射抜く。
「安心しなさい、何かあってもこのマーニャちゃんがばっちり守ってあげるわ」
「…マーニャ、今のすごくかっこいい」
「あら、今更?まあご褒美も捨て難いけどね。ほら、綺麗な宝石とか!」
「でも本当は、宝石より踊るマーニャの方が綺麗だもんね」
「ふふん、さっすがナマエね。分かってるじゃない」
マーニャちゃんの踊りに値段は付けられないわ、とご機嫌に呟いたマーニャはごろりとベッドに寝転がった。「あーあ、気合い入れて踊ったらやっぱ疲れちゃうわー…気持ちいい疲れだけどね」「ん、ゆっくり休んでよ」頷いたナマエはベッドから降り、ハープと笛を手に立ち上がる。一瞬だけ無くした鞄を目で探し、着替えもここで借りてしまえばいいかとナマエは考え直した。女王の庇護下に置かれたのであれば、精神的に疲れていようがどうしようが、やることはたった一つ。
「私、城下に降りてくる」
「…言うと思ったわ」
「一人でも大丈夫だよ、流石に」
「まあ、別にこの国は危険ってわけじゃないし…ああナマエ、怪しいヤツにはついていかないように」
「マーニャって、結構心配性だよね」
「だって、怖いじゃない。アンタに傷ひとつでもあったら、…誰かにすっごい怒られそうなのよ」
「それって、テリーのこと?」
「…あんたの後ろで、すっごいあんたのこと愛おしそうに見つめてたわね」
「そ、そこ思い出すの!?」
「あーあ、アタシにもいい男が現れないかしら」
「いやちょっ、マーニャ!私とテリーは、…いやそういう仲だけど!」
「はいはい、ごちそうさま。そんなことよりナマエ、早くこの城出ないと日が暮れちゃうわよ」
「……う、あ、い、ま、いっ、……いって、きます」
20160606