心操くんと名前
「名前、名前……ううん……クロ?シロ?ミケ?」
「安易。それにこいつキジじゃん」
「もふもふ、とか。あっオールマイトってどう!?」
「猫にヒーローの名前はちょっと」
じゃあイレイザーヘッドのイレイザーとか、シンリンカムイのカムイとか!とヒーローの名前から子猫に名前を付けようとし始めた緑谷の手元には既に、随分少なくなった麦茶のグラスが握られている。すうすう寝息を立てる子猫は目の前の…友人?って言うには緑谷はちょっと微妙なポジションにいる気がする。いやまあそれはともかく。子猫は既に緑谷の腕から俺の腕の中に移り、自分の名前の候補がどんどん派手になっていこうとも関係無しに俺の腕の中で睡眠を貪っている。どうしてこうなっているのか分からないが、事情はこうだ。
偶然校門のところで鉢合わせたのだ。いや…鉢合わせたというより、待ち伏せされていた可能性の方が高いかもしれない。あっ心操くん、気になってたんだけど!と。俺の部屋に子猫が匿われているのを確認した緑谷は、飼い主探しに協力すると申し出てきた。…一人より二人の方が効率がいいと言われて、頷いたところまでは覚えている。
「やっぱりオールマイトが!」
「緑谷、こいつメス」
「なら……」
次々と緑谷の口から流れ出てくる女性ヒーローの名前を右から左へ流しながら、残り少ない麦茶のポットを確認する。ヤカンから足すのに下降りるかな、いやでもこいつ寝てるしな…膝の上で丸まったふわふわの、微かに動いている腹は息をしている証明だった。…おそらくメスであろうそいつは、きっと切り捨てられる際に性別を重視されたんだろうと思う。……無責任に増やしたやつがやることか。…やることなんだろう。
情のない人間だと思う。新聞で里親を募集するなり、動物病院で募集するなり、手はいくらでもあるだろうに。…飼えないのに拾った俺が言うのもどうかって話だけど。ああでも、そうだよな…とりあえずなんとかしてこいつを飼ってくれる家を探さなきゃいけない以上、俺はこいつの主人になれない。いつか必ず別れるのだ。別れがあるのを知っているのであれば、名前を付けて更に情を深めていいものか。
――それは俺ではなく、こいつの主人となるべき人間がやるべきだ。
「それで……あれ、心操くん?」
「緑谷、こいつに名前はいらない」
「えっ」
「……情が移るだろ」
「僕はいいと思うけど…」
「なんで」
「なんでって、名前があった方が呼びやすいし…」
「それだけ?」
「こいつ、とかそいつ、より良いと思うし」
「…………」
「情が移った方が、この子の飼い主探す時も一生懸命になる、気がする」
離れる時に辛くなるかもしれないけど、と小さく続けた緑谷は拳を顎に当てて考え込むようにして言葉を紡ぐ。「ほら、その!…思い出とか。一時的にかもしれないけど、心操くんはこの子の…飼い主だし」どうかな、と伺うように俺ではなく子猫を見つめながら呟いた緑谷の言葉に、どこか喜ぶ声を上げたい自分がいたのだ。理由が出来た。見つかった。確かに、名前を付けたかった。でも付けてはいけないと言い聞かせていた。
「…じゃあ緑谷、オールマイト以外にいい名前の候補上げてよ」
「え、ええ!?僕!?…心操君は?」
「は?俺?…キジとか。チビとか。……ナマエ、とか」
「ナマエ?」
「ぱっと思いついただけ」
「いいんじゃないかな!ナマエ、って!」
「……まあ、緑谷がそう言うんなら」
(2015/06/21)