"特別"を考える日


小学校に上がる一ヶ月ほど前からだろうか。"しょうとくん"は週に一度ほどの頻度で、うちに叔母さんと来るようになった。叔母さんの表情は来るたびに少しづつ暗くなっているようで、でも帰る頃には少し明るくなっていたから…子供心になんとなく、触れてはいけないものとしてインプットされた私を少しだけ叔母さんに近寄り辛くさせたと同時に、私に何か出来ることはないかと考えさせるようになった。母さんと同じ障壁の能力に、父さんの熱の力が同居しているのを知ったのもこの頃だった。


「へえ、ねつもこおりもきかないんだ」
「でもきっと、オールマイトみたいにつよい人ならばらばらってしちゃうよ」


この頃はまだ障壁のパネルを一枚出すのが精一杯、しかも幼いせいでコントロールが効かず出すたびに大きさはばらばらだった。それでも自分の力を通さないそれに"しょうとくん"が興味を示してくれるのが嬉しかったし、何よりお互いにオールマイトが好きだということで共通の話題がひとつ生まれた。いつかオールマイトみたいに、と録画してあったオールマイトの出ていた番組を観ながら小さく呟かれたその言葉に、お父さんじゃないの、と聞かなかったのはなんとなく、叔母さんの抱えている問題が叔父さんのことであるのを察していたからだろう。叔母さんも、しょうとくんも、うちに来るたびに毎回、別の傷を抱えていた。叔母さんは母さんが、しょうとくんは私が。救急箱が家に二つ、置かれるようになったのはその頃からだったかもしれない。

たまに叔母さんがしょうとくんと一緒にお兄ちゃんを連れてくることがあった。全部漢字で書けたらかっこいいな、って私の名前を漢字でノートに書いてくれたお兄ちゃんと向かい合った私としょうとくんは、並んで漢字の勉強をした。…こっそりお兄ちゃんに、しょうとくんの怪我のことを聞いてみたことがある。あまり強く踏み込んではいけない、でも怪我のことを何も知らないままでいたくなかった私はお兄ちゃんに、しょうとくんは家で何をしているの、と聞いた。お兄ちゃんはすごく難しい顔で、あいつは父さんの特別なんだ、と言った。特別、のその意味をその時ほど必死に考えたことはなかったかもしれない。


私は一人娘で、母さんと父さんの特別で、とても大事にされていた。しょうとくんは?――叔母さんが日に日に弱っているのは、子供の私にも分かる。母さんは叔母さんのことを、遠くから連れて来られて、周りに頼れる人がいなくて、ここでしか息を吐き出せないのととても悲しそうに言っていた。だからここは叔母さんにとって、少し休むことのできる特別な場所なのよ、って。特別。特別って、たくさんの意味があるんだと知った。

なら、彼は?しょうとくんは?しょうとくんは、どんな特別なんだろう。脳裏を過ぎった彼の怪我。あれは、叔母さんから与えられたものじゃないはずだ。だって叔母さんはしょうとくんを、とても大切に思っている。…じゃあやっぱり、叔父さんなのかな。叔父さんの特別は、しょうとくんを傷付ける特別なのかな。叔母さんはどうなのかな。叔父さんにとって、叔母さんはどうなんだろう。叔母さんの怪我は、……
ここまで考えたところで、幼い思考回路は限界を迎えた。特別、の意味を履き違えそうで怖くなったのかもしれない。特別。優しい意味に満ちた言葉だと思っていた。


「あのね、しょうとくん」
「…?」
「しょうとくんがケガしないように、わたし、がんばる」


彼の家庭事情を何一つ知らない、何も出来ない子供だった。彼はまだ、私に壁越しで接していた。それを取り壊して、隣に行きたかったのかもしれない。私の言った無責任なその言葉を受け止めた"しょうとくん"は、少しだけ口元を緩めて嬉しそうに笑った。今にも消えそうなほど悲しい笑顔は、今も鮮明に思い出せる。

――小さな部屋、透明なパネル越しの笑顔は私にとって特別だった。



(2015/05/20)