0701
「心操はさあ」
「なに」
「私を言いなりにしたいとか思わないの?」
「たまに思うよ」


学食のミートソーススパゲティをフォークに巻き付けながら名前が問えば、向かい側で定食の焼鮭をほぐしていた心操がそう答えた。名前は昼休みの一番騒がしい食堂の真ん中で心操と向かい合い、フォークに巻き付けたスパゲティを口に運ぶ。さっぱりトマトの風味が太めのに絡み、授業で消耗した名前の胃の中へと吸い込まれていく。


「…まあ、たまにだけど」
「それってどんな時?」
「例えば、今とか」
「ミートソース、おいしいもんね」
「うん。苗字さんが美味そうに食うから、パスタでもよかったなって」


まあ鮭も美味いけどさ、と少しだけ笑った心操が鮭の切り身を一切れ、白米の上に乗せそのまま白米と共に箸で摘まみ上げる。「別に余程の事じゃなければ、洗脳されたって構わないんだけどね」「よく言うよ」「んー、だって心操は常識あるし、洗脳しても変なことはさせなさそうじゃん」フォークで再びスパゲティを巻き取りながら、名前は口元を微かに緩めた。話の流れが、繋がりが上手く掴み取れない心操は、名前の次の言葉を待つ。


「まあ、洗脳とかしなくても、やって欲しい事が分かれば対処出来るしね」
「……つまり?」
「はい、どうぞ」


フォークに巻き付けられた一口分のミートソーススパゲティが、心操の目の前に差し出された。「ほら、ご所望のスパゲティだよ。全部ってわけにはいかないけど、まあ一口なら…あれ、違った?」首を傾げる名前は、まさか誰にでもそうしているわけじゃないよなあと心操は思う。誰とでも同じ距離感で、誰とでも仲が良く、誰とでも昼飯を共にする苗字名前であれば、こういったことは日常茶飯事なのかもしれない。差し出されたスパゲティの麺の隙間から、赤色のソースがぽとりと皿に落ちていく。純粋に美味そうだなあと思っていたそれが、心操の脳の奥を微かに揺らした。――それでも、素直にそれを受け取るわけにはいかない。


「や、合ってるけど…苗字さん、恥ずかしくないの」
「こうして差し出してるのに、心操が受け取らないから恥ずかしいかもしれない」
「別に俺達、付き合ってるわけでもないのに」
「付き合ってなきゃ、お昼ご飯の交換はしないの?」
「交換っていうか、……それはかなりハイレベルだと思うけど」
「そうかなあ」
「そうだよ」


頷く心操を見てなお、心操の目の前に差し出されたフォークはその場を譲らない。「じゃあ、心操が私を洗脳してあーんさせてるってことにしよう」「昼飯が足りないからって理由で個性使わないんだけど、俺」「うーん…じゃあ私がもっと仲良くなりたいから、お近づきの印に、お昼ご飯を分けてるってことで」「説得力ないなあ」味噌汁の椀を持ち上げた心操は、ふと一度動きを止め、味噌汁椀をお盆に戻す。


「…苗字さん、俺と仲良くしたいの?」
「うん。お世辞じゃなく」
「なんで?」
「や、体育祭とか、心操かっこよかったし。あーんとかそれっぽいことで、私の方も見てくれるようになるかなとか、そういう浅はかな考えの元の仲良くしたい、かな?」
「なんで疑問形なの」
「…いや疑問形になっちゃうっていうか、ああもうこれってほら」


公共の場で告白させるとか、と先程の勢いをどこかへやってしまった名前がそっと顔を伏せる。指先の震えがフォークに伝わり、麺が一本、だらりとフォークから垂れた。伏せられた名前の顔が真っ赤になっているのは、向かいに座っていれば嫌でも見えてしまう。


「前から思ってたけど、苗字さんはずるいよね」
「…なにが」
「純粋に、そんな風に可愛い女の子ってそういないよ」
「………褒めるんなら、さっさと食べてよ」
「…ありがとう」


名前の手首を掴んだ心操は、そのまま自分の口元へと引き寄せた。「…前から思ってたんだけど、心操ってずるいよね」「何が?」「や、…そういうとこ、全部」「苗字さんにだけだと思うけど」「……なら、いいよ」私も心操だけだし、と蚊の鳴くような声が呟いた数秒後には、普段通りの顔色の苗字名前が目の前で顔を上げていた。立ち直り早いなあ、と思いつつ心操は巻き付けられたスパゲティのために口を開ける。


「あのさあ、心操」
「ん」
「毎日、お昼分けてあげられるように、…それが当たり前の立場に私を置いてよ」
「…それってさあ、本当に俺でいいの?」
「心操が良いんだよ、ばーか」


20160701

ハッピーバースデー心操くん!おめでとう!おめでとう!!!